立ち退き【Uレイらいふ】

長編9
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立ち退き【Uレイらいふ】

 ムダに明るく鬱陶しい悪霊に棲み憑かれて三ヶ月──。

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 ひょんなことで妙なヤツになつかれてしまったばかりに、体は休まらなくても退屈はしない騒がしい独り暮らしを続けている。

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 何かと絡んでくる迷子霊のレイコには、流石の私もほとほと困っていた。

 掃除はありがたいけれど……。

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 その日もハーデストな仕事を終えて帰ると、玄関で死人が死んでいた。

 死人が死んでいるのは至極当たり前だが、わざわざ水溶きケチャップを玄関に撒き散らされては、たまったモンじゃない。

 「……あんた、何やってんの?」

 私がフィヨルドより冷たく見下ろしていると、ヤツはひょこっと無邪気な顔を上げて言った。

 「ビックリしました?」

 「驚きゃしないけど、ガッツリ引いた」

 「よかった♪」

 悪びれもせず、そうのたまった楽しそうな死人を何がどうよかったのか小一時間問い詰めたかったが、めんどくさいからやめた。

 「U子さん、ひょっとして怒ってません?」

 「怒ってはいないけど、呆れてはいる」

 冷たくあしらうと、レイコは血のりの上でお決まりのポーズを取り、私の行く手をふさぐ。

 「わたしはU子さんの代わり映えしない日常に、少しでも刺激を与えようとガンバったのに……」

 「いや、あんたがいることが既に非日常なんだけどね……てか、早くどけよ」

 いつまで家主を玄関に立たせておく気なんだ。

 疲れと苛立ちが悶々と渦巻く私を涙ぐんだレイコが見上げて言った。

 「今日、ネットで『疲れて帰る家主のために死んだふりをしてる同居人の歌』を見つけたんです」

 「大体は合ってるけど、肩書きが違う……あれは新婚夫婦の話だ。あんたは私の新妻か?」

 レイコの言い分に若干の訂正をしてやると、何故かパッと笑顔の花を咲かせた。

 「新妻?!ついにわたしにも苗字が!?」

 「ちゃんと日本語通じてる?……もう、めんどくさいから好きにしろよ」

 とにかく風呂に入りたい私は、勝手に喜んでいるレイコをまたいで部屋に入る。

 「……表札にイタズラしたらマジでコロスからな!」

 嫌な予感がした私が先んじて釘を刺すと、レイコはきょとんとして言った。

 「わたし、もう死んでますよ?」

 口の減らない死人に、私の極太の堪忍袋の緒が切れた。

 「じゃあ、叩き出す!!日本中の坊主と神主を総動員してでも、あんたを必ず叩き出すからな!!」

 「そんなに大きな声出さなくてもいいじゃないですか!!」

 思わず怒鳴った私の上をいく大声で、レイコが返してくる。

 そこから生意気な居候と口論していると、数日前に越してきたらしい隣の部屋から「ドンッ!!」と一発いただいた。

 

 ほら見ろ…怒られた。

 気まずい空気が流れ、しばし無言になっていると何を思ったのか、レイコが立ち上がり耳を疑う一言を発した。

 「わたし、謝ってきます」

 「やめろ!余計に面倒なことになるっ!!」

 私が慌てて制止するのも聞かず、レイコは隣の部屋の壁に頭を突っ込んだ。

 『うわぁぁぁあああっ!!!!』

 男の悲鳴と共に雑誌的な何かが壁にぶつかる音がして、レイコの頭が部屋に戻ってきた。

 「あービックリした」

 それは向こうの台詞である。

 「お隣さん、わたしを見るなり急にエッチな本を投げつけてきたんですよ……何だか怖い人みたいだからU子さんも気をつけてくださいね」

 「割りと普通なリアクションだと思うけどな」

 自分のやらかしたことを天に捧げてお隣さんをライトにディスるレイコに、笑顔が引きつった。

 「それと、お隣さんは東北の人みたいですよ?」

 「何で?」

 何の脈絡もないことを唐突に言い出すレイコに、興味もないのに、つい訊いてしまうとレイコは得意気に推理をひけらかした。

 「わたしにエッチな本を投げつけてから、うわ言のように『ナンナンダベ…ナンナンダベ……』って言ってましたもん!わたし、名探偵♪」

 どうやら、人は死ぬとバカになるらしい……。

 アホな迷推理をドヤ顔で披露され、疲労が倍になった私は、なけなしの力を振り絞ってツッコんでやった。

 「それって『ナンマンダブ』とかそういうヤツじゃねぇの?確かに『何なんだべ』って気持ちはわからんでもないけど……」

 満面のドヤ顔から一変して何かピンときたような顔になっているレイコをガン無視して、私はさっさと風呂に入って飯を食って寝た。

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 数日後の休日、ベッドでまどろんでいると乱暴にドアが叩かれ、意識がパチンと覚醒する。

 「うるせぇな……クソッ!!」

 安息の時間を邪魔されて不機嫌マックスの私は、高速で舌打ちを連発しながらドアに向かって声を荒げた。

 「朝っぱらからウルセェぞ!セールスならお断りだ!!次に私の眠りを妨げたら、お前を永久に眠らすぞ!!クソが!!」

 ナチュラルに飛び出した罵詈雑言を浴びせると、ドアの向こうから勢いの弱った男の声がする。

 「すみません、隣の者です。少しよろしいですか?……あと、今は昼過ぎです」

 低姿勢の割りには一言余計なお隣さんに、わずかに気持ちを落ち着けてドアを開けた。

 「何だ?」

 私が出ばなから覇気を噴き出させると、小男が申し訳なさそうに頭を下げる。

 「先日、引っ越してきた都成です」

 「引っ越しの挨拶に手ぶらとはいい心掛けじゃねぇか……大体、引っ越してきたのは結構前だったはずだが、今さら何の用だ?」

 相手がちょづかないよう、きちんと威圧することを忘れずに凄んでやると、隣の都成が後ろに控えたおっさんを紹介してきた。

 「こちらは霊能者の雨参久斎先生です」

 名前から滲み出る胡散臭さも去ることながら、出で立ちも輪をかけて胡散臭い。

 その山伏コスで電車に乗ってきたのかよ……何かの罰ゲームか?

 「先生に僕の部屋を霊視していただいたところ、どうやらあなたの部屋も怪しいらしくて……」

 「さぞかし霊にお困りでしょう?」

 確かに困ってはいるがメリットもなくはない……それよりも私には今の状況の方がよっぽど困る。

 「U子さん、どなたさま?」

 玄関でのやり取りに気づいて、またややこしいのが顔を出してきた。

 「むむっ!感じますぞ!悪霊の気配を!!」

 レイコの声が聞こえたのか、おっさんが部屋を覗き込んでくるので、体で防御しながら奥にいる悪霊に手で『隠れてろ』と合図する。

 てか、女の部屋をやたらと覗いてんじゃねぇよ……目ン玉エグるぞ?おっさん。

 「命に関わる危険はないから別にいいし、何かあっても自力で何とかする。帰れ!!」

 私が苛立ちを露にして言うが、おっさんは執拗に粘ってくる。

 「何かあってからでは手遅れ……今なら某が何とか致しましょう!」

 大した自信じゃねぇか……ソレガシ。

 「……わかった。部屋に入るのは許可してやるが、勝手にその辺を開けたりしたら速攻でポリスに突き出すからな?」

 爪の垢ほども信用してないが、微かな希望に賭けてみることにした。

 私が山伏コスのソレガシを中に入れようと体をずらすと、ソレガシは目の前のレイコを華麗にスルーしてズカズカと何の迷いもなくリビングへ向かった。

 「誰なんですか?あのアバンギャルドな人」

 奇抜な格好の不審者にビビっているレイコに、私が腕組みしながら答えた。

 「悪霊を退治するんだと」

 「え?ここにオバケがいるんですか?!」

 まだ自分のポジションが理解できていないトンチンカンなレイコに呆れつつ、私は黙ってソレガシを監視する。

 「ここですな!」

 ソレガシはレイコのテリトリーである押し入れを睨みつけ、何やらゴニョゴニョ言っていた。

 「何弁でしょうか……」

 「ある意味、宇宙人より不可思議なおっさんが何処から来たのかなんて興味ねぇよ」

 何もない押し入れのふすまに向かって「えいっ!」だの「やーっ!」だの一人コントしているソレガシを、流石にホラ貝でも吹き出したら全力で止めてやろうかと冷やかに静観していると、ソレガシがやりきった感の顔をこちらに向けた。

 「終わりましたぞ」

 「そりゃよかったな……満足したならとっとと帰れ!」

 リビングに立つソレガシにさっさと出るように言うと、ソレガシは越後屋みたいな悪い顔で私を見ている。

 キモい面をこっち向けんじゃねぇよ!

 「お代はオマケしておきますぞ」

 おっさんが女の部屋でハッスルしてるのを見せつけられて、その上金を払えだと?正気かキサマ。

 「はぁ?ふざけんのはカッコだけにしろよ?」

 貴重な休みを裂いてまで茶番につき合ってやったんだ。金をもらうのはこっちだ!クソめ!!

 「そう言われましても、悪霊退治は終わってますので……」

 まだ私の隣でピンピンしてんだろうが!肩から下がってるボンボン引きちぎるぞ!?

 「U子さん、せっかく悪霊退治してくれたんですから……」

 自分の立場を弁えていない悪霊までもが私を宥めるように言ってきて、温厚で慈悲深い私もついにキレた。

 「……じゃあ、あんた出てけよ?」

 何目線でいるのか不明な隣に引導の一言を突き刺してやると、ものすごい勢いでキレてきた。

 「何でですか!」

 「あんた、オバケじゃん」

 「……ハッ!!」

 ようやく身分を自覚したアホが事態を把握し、濡れた子犬のようにガタガタと震えながら私に涙目ですがりつく。

 「イヤだぁ~!出ていきたくないぃ~!成仏したくないですぅ~!!」

 「いや、成仏はしろよ……直ちに」

 何も知らない人が端から見たら、たぶん私もおっさんとやってることは大して変わらないだろうが、そんなことは気にしない。

 「あんたが出てくか、おっさんを摘まみ出すか、どっちかだ!」

 「じゃあ、あの人を追い出して、わたしが同居人に返り咲きますっ!!」

 一度もおっさんを同居人に昇格させた覚えはないが、やる気に満ち溢れているレイコには黙っておいた。

 「おい、ソレガシ」

 「雨参ですが何か?」

 ふてぶてしいニヤケ面を崩さず、クソレガシがにじり寄ってくる。

 「悪霊はいなくなった……間違いねぇよな?」

 「もちろんですとも!」

 吐き気を催しそうな厭らしい顔で自信満々なクソレガシに、レイコが近寄っていった。

 「とーうっ!」

 レイコはクソレガシの額のお椀みたいなヤツをえげつない高さまで引っ張り、パッと手を放す。

 パカーン!!

 名も知らぬお椀みたいなヤツがクソレガシの頭に超速で戻り、爽快な音が部屋に響き渡った。

 「いだっ!!」

 強かに打ちつけられ悶絶するクソレガシの頭上に、レイコはほくそ笑みながら、こないだ使った血のりの残りを容赦なく追撃する。

 ブヂュゥ……。

 最後の一滴まで使いきったレイコを叱るのは後にするとして、突然頭が真っ赤に染まったクソレガシは、情けない悲鳴を上げながら血相を変えて部屋を飛び出して行った。

 とりあえず、イッコ片付いた。

 「おい、隣の都成」

 私は振り向き様に、玄関で呆然としている都成の耳元で優しく囁いてやる。

 「悪霊はそうとうお怒りのご様子だ……これ以上関わると、お前ンとこに行くかも知れねぇな」

 私が言い終わるや、都成もゴブリンみたいな顔で慌てふためきながら自分の部屋へ飛び込み、ガチャリと施錠したようだ。

 「まったくもぉ!結局、悪霊なんていないじゃないですか!!」

 むくれているレイコに「そこにいるじゃねぇか」と言いかけ、私はプッと噴き出した拍子に腹を抱えて笑ってしまった。

 「笑いごとじゃないですよ!U子さん、騙されそうになってたんですからねっ!!」

 騙されかけてたのはお前だよ、レイコ。

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 それから一週間も経たない内に、隣の都成は逃げるように引っ越して行った。

 我が家にはまた平和が戻ったが、私に平穏な生活は未だ戻りそうになかったのだった。

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あ、私もA子と眼鏡ちゃんにゲスト出演してもらいたいです♪

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