無き亡骸に泣き、泣く亡骸は無く【後編】

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無き亡骸に泣き、泣く亡骸は無く【後編】

「ねぇ。先生…。」

呼び掛けにAくんを見ると泣いている。

「どうした?」

彼はなるべく普通に言った。普通に言おう言おうで、不自然だったかもしれない。しかし、彼に今出来る渾身の演技だ。

「ミーがいないの。」

「ミー?」

「家で飼ってる猫…。」

「…そっか、忘れ物ってのは嘘だね。猫を探してたんだね。」

「うん…。猫は人のいないところで死ぬって本当?」

「…うーん。でも、ただ、どこかに隠れてるだけかもよ。迷子になっちゃったのかも。」

「うん。…僕も人がいないところに行きたいな。」

「…えっ?」

「………。もう家にお帰り。明日、先生も一緒に探してやるから。」

「ありがとう。」

Aくんは笑顔になった。

Aくんの家の近くまで行き、「もう大丈夫です。」というので、そこで別れた。背を向けて帰っているときにすすり泣くような声を聞いた気がする。

次の日、電話の音で目が覚めた。

「Aくんが家に帰っていない。」

教頭からだった。小さい島なので、島の人間全員で探す。漁船で海に出る者もいれば、山に分け入る人間もいる。手当たり次第、皆で探す。

日が落ちる頃だったか、その島が所属する市の消防団が本土から来ていた。

無線が入る。

「少年発見。至急、救護ヘリ呼ばれたし。」

見付かったのは山の中だった。小さい洞穴。Aくんは安らかに永遠の眠りについていた。頬には涙の跡が付いている。

その100m先には死んだ猫がいた。

多分、この猫がミーだろう。一生懸命、探したのだろう。後少しで届いた亡骸に、くしくも辿り着くことが出来なかった。

数日間、島全体が暗い雰囲気に包まれていた。島の人は皆知り合いで、Aくんの死に涙をしたが、火葬されればそこにあのAくんの亡骸は無く、ただ白骨のみぞ残れり。

葬儀の後、気になることを聞いた。Aくんの親御さんは非常に厳しく、Aくんは学校に行く時以外は家で勉強を強要され、心の支えは飼っていた猫だけだった。その猫がいなくなることはAくんにとって地獄だったのだ。

しかし、その話とAくんの死とは関係ない。猫を探しに出て迷子になった事故死として片付けられた。

「俺は教員を続けて良いのだろうか?」

話が終わると私に問われた。

「そう言っても、お前は今も続けているし、これからも続けるしかないだろう。」

そう言うと、

「ありがとう。気持ちが軽くなったよ。」と言って笑顔で一言。

私も笑顔で返し、すぐに二人でも十分だろうというお金をテーブルに置き、帰るための身支度をする。

「おい!これっ!」

彼はテーブルのちょっと多目におかれたお代を私に返し、自分の分を払おうとしたが、私は「俺は公務員のお前と違って儲けてるからな。」と嘘を言い、店を出た。

帰り道、その話を頭で考えていた。

大学時代の彼ならその信念と自分の思い描いた教員像、燃えたぎる情熱で、Aくんの涙の不自然さに気付き、Aくんの話を聞いていただろう。そして、親御さんとのぎくしゃくした関係もほどいてやれたかもしれない。

そう考えると、自分が彼を買いかぶり過ぎていたのか、私自身が変わってしまったのか、自分で商売を始めて色んな人に出会い私の人間に対する感覚が変わったのか、公務員という安定した仕事もしくは教員という忙しい仕事が彼を変えてしまったのか。

もちろん彼が悪いわけでもなく、私自身の考えが不自然で、やりきれない、割りきれない気持ちになっているだけだ。でも、この私の違和感はなんなのだろうか…。

いずれにしろ大学時代のいつも並んでいた仲の良い二人には戻ることはないだろう。

少し多目のお代は私の手切れ金だったのかもしれない。

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