深夜のテレビショッピング その6

中編7
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深夜のテレビショッピング その6

「この老いぼれ……何回同じこと言っても分かんないんだから!」

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深夜二時。広い台所の流し台の前。

薄いピンクのエプロンの久美子はぶつくさ独り言を言いながら、四つん這いで必死に床に雑巾をかけていた。

髪は少々乱れており、上気した顔やエプロンの胸元には、血しぶきが点々と付いている。

流し台前のキャビネットや冷蔵庫にも、あちこち飛び散っていた。

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久美子の傍らには、作務衣姿の義理の父、源次郎がうつ伏せで倒れており、横には、先端に血の付いた金属バットが転がっていた。

源次郎の白髪の頭の下にはどす黒い血だまりが出来ており、ときおり、ビクン、ビクン、と体が痙攣している。

腰の下からは、失禁したのだろう、尿が流れ出てきていて、ほんのりとアンモニア臭が漂っている。

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「ああ、もう!とれないじゃないの……」

憎々しげに言葉を吐きながら、久美子は立ち上がる。すると、

台所の向こう側のリビングの間にある大型テレビから、賑やかな行進曲が流れてきた。

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「さあ、皆さん!いよいよ、春到来です!」

いつもの赤い鉢巻きに青いハッピ姿のスマイル藤田が上げ上げテンションで、画面の中央に立っている。

隣には、少々薄めになった茶髪をオールバックにした、黒い革のジャケットにパンツ姿の、初老の男が立っていた。

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「今日はゲストとして、かつて、あの『失恋ビストロ』が大ヒットした汚水健太郎さんをお呼びして、スタジオからライブで中継しております」

拍手と歓声が沸き起こる。

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「いやああ、汚水さんといえば、ギターをつま弾きながら歌っている姿が印象的でしたね。

かっこよかったですよお。私、よく真似してましたねえ。

そして、汚水さんと言えば、もう一つ。世間を賑わせた事件がありました」

「まあ、それはもう良いじゃないですか。過去のことですし……」

汚水の顔色がサッと変わった。

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「いやいやいやいや、私、今も覚えていますけど、あれから例のアレ、もう止めること出来ましたか?」

「当り前じゃないか!ちょっと、あんた、失礼だよ」

「どうも、すみませんねえ。でも、アレって、ほら、一回やっちゃうと、中々止められないって、言うじゃないですか……何回も警察のお世話になる方もおられるみたいですし」

「……」

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「まあまあまあまあ、その話は置いといて!ところで、やっと春が来た!という感じですねえ」

「そうですね。僕なんかこの間、仕事が休みの時、部屋の掃除したんだけど、中々汚れが取れなくて大変でね」

「そうでしょう、そうでしょう。でも、汚水さん、今は仕事もあまりないでしょうから、掃除にも十分に時間を取れますよね!一週間くらい掃除ばかりできるんじゃないですか?」

「ちょっと、あんた、それ、どういう意味なの?」

また、汚水の顔が曇る。

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「いやいやいやいや、それでは、こちらの画面をご覧ください!」

言いながら藤田は、背後の大画面に手を差し向けた。

大げさなファンファーレの後、どこかの事務所の中の様子が映し出された。

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中央にはブラウンのソファーセットがあり、大理石のテーブルには、黒いスーツ姿の男が覆いかぶさるように倒れている。

男には首と左腕がなく、切断部からはポタリポタリと血が落ちていて、毛足の長い白のカーペットは真っ赤に染まっている。

事務所奥には、マホガニー材製の幅の広い机が置かれており、その背後の壁には、「任侠道」と書かれた大きな額が

飾られていた。

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大理石のテーブルの傍らには黒の紋付き袴の男が左手に日本刀を握り、肩で息をしながら仁王立ちしている。

顔にはモザイクが掛けられていた。

もろ肌を脱いだ肩から背中にかけて、弥勒菩薩が優し気に微笑んている。

ソファーには、大きく目を見開いた生首が転がっていて、奥のマホガニーの机の上には、書類に紛れて切断された左腕が無造作にあった。

ベージュ色の壁やカーペットには、あちらこちらに血しぶきが飛び散っている。

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突然画面の端から、割烹着に手拭いを頭に巻いた若い女がマイクを片手に現れた。

「スタジオのみなさ~ん、藤田さ~んお元気ですか~?今年の春から局に入社した、新人の安養寺ミカです。

ミカリンと呼んで下さ~い♡

今日はわたくし、歌舞伎町にあります、『ピーー!』組の事務所にお邪魔しておりま~す」

画面下のテロップ☞番組中に聞こえるピー音はご紹介する方のプライバシーに配慮しまして、鳴らしております。

安養寺が、テーブルに伏している男の傷口下の、血に染まったカーペットを指さす。

「みなさん、ご覧ください!これ!」

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おお!

スタジオ内から、ざわめきと驚きの声が起こった。

「それから、ここにも!ここにも!」

歩きながら、安養寺は、血しぶきの付いたベージュ色の壁を指さし、

テーブル横に立つ男の胸元の血しぶきを指さした。

「それでは、こちらの、シブい藤竜也似の着流しのおじ様にお話を伺いたいと思います」

と言って、安養寺は、紋付き袴の男の隣に立ち、

「こんばんは!お仕事中突然お邪魔しましてすみません。よろしければ、お名前を」

と言って、男にマイクを向ける。

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「わしか?わしは、『ピーー!』組歌舞伎町支部 切り込み隊長、『着流しの松』こと、『ピーー!』というんや」

「わあお!『着流しの松』さんですかあ。素敵ですねえ!わたしはミカリンです。よろしくお願いします!」

「お……おう」

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「ところで、『ピーー!』さん。この胸元の汚れですけど、どうなさったんですか~?」

「おう、これか?これは、今しがた付いたんや。このカス野郎が、組の金を持ち逃げしよってな。

きっちり落とし前つけたんやけど、そんときに付いたんや」

男が、テーブルの男を指さす。

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「落とし前って?どうされたんですか?」

「ボケ!見たら分かるやろ!わしのこの『政宗』で、このカス野郎を楽にしてやったんや」

そう言って、男は誇らしげに左手の日本刀を高くかざした。

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「わ~!『ピーー!』さん、かっこいい!ヒュー、ヒュー。

ところで、『ピーー!』さん。この素敵なお着物とか、このカーペットや、あの壁に付いた汚れですけど、どうされるんですか?」

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「これか?……う~~ん、そやなあ。着物は、うちのかあちゃんが洗ってくれるが、あの壁とか絨毯は、どうするんやろうなあ……」

そう言って、男は腕を組んで考え込んだ。

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「このように、洋服や壁、カーペットの汚れには、皆さん、悩んでおられるようです。

以上!安養寺ミカが、お送りしました」

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「ミカリンありがとう!

衣服や家具の汚れには皆さん、お困りのようですね。そこで、今回ご紹介するのが、こちらの商品です」

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藤田の言葉の後、スタジオ横手から、女性スタッフが、白い布の被せられた台車を押しながら現れた。

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「さあ、汚水さん、こちらの布切れを取ってください」

言われるとおり、汚水は、台車の上の布を取り去る。

スタジオ内に、拍手と歓声が起こった。

そこには、一見、普通のコードレス掃除機があった。

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「藤田さん、これは、もしかして?掃除……」

「さすが、汚水さん!おっしゃる通り、コードレスの掃除機『残さNICEくん 2号』です。

ただ、こちらはただの掃除機ではないんです」

「と、言うと?」

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「実は、昨年ご紹介しました、遺体専用ジューサーミキサー『残さNICEくん 1号』。

大好評でしたのですが、しばらくして購入者の方々から、クレームの電話がありまして……」

「クレーム?」

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「そうなんです。解体した人体パーツを証拠を残さずきれいに処分してくれるのはいいが、殺害の時に床や壁に付いた血液や体液も何とかならないのか?ということなんです」

「なるほど」

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「そこで急遽、大江戸大学工学部の研究室の方々に頼みまして、開発されたのが、この『残さNICEくん パート2』なんです。それでは、お願いします!」

再び、女性スタッフが台車を押して現れた。

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その上には、畳のようなものが乗っている。

半分は正に畳そのものであり、半分は白いカーペットのようだ。

ただ、両方とも、その中心辺りはどす黒い血で染まっていた。

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「これは、実際の人間の血で一部が染まった畳とカーペットです。それでは実演してみましょう!」

藤田は『残さNICEくん 2号」の本体を、血液の付着した畳に置き、スイッチを入れる。

凄まじいモーター音が鳴りだすと、藤田は取っ手を持ち、ゆっくりと動かし始めた。

吸引口が通り過ぎた部分は、見事に血の汚れが取れていく。

わずか数分で、そのサンプルは新品同様に変わった。

スタジオ内を、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。

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「藤田さん、これ、すごいんじゃないですか?」

「でしょう、汚水さん。この『残さNICEくん 2号』には特殊なセンサーが内蔵されており、カーペットなどの繊維の奥の奥にまでこびりついたがんこな『人間の』血液や体液のみを選別して、ナノレベルで残らず吸収していってくれるんです。

ですから、警察の検視官が行うルミノール反応テストやDNA鑑定にも決して物証が現れません!

さらに、付属のアタッチメントを使うと、コンパクトに変身!狭い車の中でも楽に使えます」

「まさに、完全犯罪の強い味方ですね!」

「そのとおり!汚水さん、憎いこと言いますね!」

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「でも、藤田さん、これ、やはりお高いんでしょう?」

「と、思うでしょう!でも、今回は春の特別価格として、メーカー小売価格二万九千八百円のところ、

ジャスト二万円!もちろん税込みにてご提供させていただきます!

もちろん、分割でのお支払いも百二十回までOK!

さらにさらに、今回、三十分以内にお申し込みのお客様には、イタリア製のファッショナブルな人体解体用工具セットと、

新曲『失恋大衆食堂』でリベンジを狙う汚水健太郎さんのニューアルバム『さらば愛しき白い粉』を漏れなくプレゼントいたします。

さあ、フリーダイヤルのご案内ですよ。メモのご用意を!」

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久美子は奥で寝ている旦那を起こしに行った。

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今回はプレゼントより汚水さんに惹かれてしまいました!

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