中編5
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斎場の斉場4(完結)

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三月某日の夜のこと。

午後から降り出した雨は、日の沈むころから勢いを増してきていた。

市斎場「やすらぎの園」のある山間にも激しく雨が降っており、ときおり走る稲光の後、

凄まじい落雷の音が施設ホール内を響き渡っている。

施設内は既に照明が落とされており、廊下沿いの壁に一定区間ごとに埋められた青いLEDの間接照明だけが、不知火のごとく点々と不気味に灯っていた。

ただ、炉前ホール裏手にある制御室天井の蛍光灯だけは、しっかりと点されているようだ。

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制御室では、火葬技師の古澤が炉のハッチを開けて、内部の清掃を行っていた。

棺を乗せる大型の台車の上の、受け皿台に残っている大量の灰や骨片を、専用の卓上ほうきで慣れた手つきでかき集めて、ちりとりに収めては、足元に置いた足踏み式の金属のゴミ箱に、入れていく。

受け皿台の端には、飲みかけのものと空の缶ビールが二本、置かれていた。

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「あの葬儀屋の若造どもめ、一時間も棺の搬送遅れやがって。

いつもだったら、とっくの昔に家の炬燵で焼酎のお湯割りかっくらいながら、テレビでも見てるころだ。

おかげでこんな時間に掃除しなきゃならねえじゃねえか!

葬儀をなめんじゃねえぞ、まったく……」

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吐き捨てるようにぼやきやながら古澤はまた、缶ビールをグビグビと飲むと、受け皿に残る灰を粗方ゴミ箱に入れ終えて、

次にモップで床部分を拭き始めた。

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「だいたい、あの斉場という野郎、まだ見習いじゃねえのか?

見習いだったら、炉の掃除くらい手伝って帰れよ!

なんでベテランの俺様がこんなことやんなきゃなんねえんだ?」

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力任せにモップを動かしているのだが、酒が回ってきているのか、古澤の足元は少々ふらつき始めていた。

その時だ。

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shake

プアン!

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突然ガランとしたホールの廊下を、乾いたクラクションの音が鳴り響いた。

古澤の肩が思わずビクンと動いて、モップを動かす手がピタリと止まった。

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あの音は、まさか!……

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彼はしばらくの間、凍り付いたかのように固まっていたが、やがてそっと炉内を出ると、

薄暗いリノリウムの廊下をヒタヒタと小走りで歩き、炉前ホール側にまわった。

そして透明の自動ドア越しに、正面玄関前のロータリーに目をこらす。

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暗闇に激しく降りしきる雨の中、いつの間にか真っ黒い大型のバンがひっそりと停まっている。

その前には、大小二つの人影が陽炎のようにユラユラと立っていた。

黒いつば広の帽子に黒の革のコートの女と、

白いシャツに半ズボンの男の子。

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やっぱり、あの女だ!

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古澤の体はガタガタと震えだす。

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だめだ……逃げないと……

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そんな切なる思いとは裏腹に、彼の体は夢遊病者のように、フラフラと自動ドアの方に歩いていく。

そして鍵を外し、ドアを開けると、

ゆっくりと女の前に立った。

雨の音だけが、ザーザーとうるさいくらい鳴り響いている。

ときおり起こる稲光と閃光が、女の不気味な白い肌と血のような唇を、あからさまにした。

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しばらくの沈黙が続いた後、

女は俯いたまま、ゆっくりと白い手袋をした指先で車の後部を指した。

古澤は車の後ろ側まで歩いて立ち止まると、ドアの取っ手に手を突っ込んで、一気に持ち上げる。

その途端に車内から漂ってくる強烈な臭気に、彼は思わず鼻と口を片手で押さえ、二、三歩後ずさりする。

なんとか態勢を立て直し改めて車内を見たとき、彼の心臓は急激に鼓動を早め出した。

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初めは子供の人形が置いてあるように見えた。

だが、そうではなかった。

暗い後部シートの床には、まだ幼い男の子が数人、裸で転がっていた。

たまに起こる閃光が、横たわる子供たちの腐敗したどす黒い顔や腕や脚を露わにする。

どうやら臭気はそこから起こっているようだ。

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いつの間にか女は古澤の後ろに立っていた。

驚いて彼が振り向くと、空洞のような黒い目でボソリと呟く。

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「焼いて」

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古澤は虚ろな目で静かに頷くと、ゆっくりと歩き出し、炉前ホールに向かう。

先ほど掃除をした炉から台車を一台引っ張り出すと、ガラガラと押しながら、車の後ろまで持ってきた。

それから車内に横たわる男の子の骸を、一体、一体、乗せていく。

骸は全部で四体あった。

全てを乗せ終わると再び、台車を押して炉に向かう。

その間、女と男の子はただじっと、その様子を見守っていた。

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古澤は燃焼炉の耐火シャッターと化粧扉を開けると、男の子の骸たちが乗った台車を炉内に格納し、扉を閉じる。

そして点火のために、制御室に回り、スイッチを入れようとした時だ。

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「古澤さん!」

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制御室前の廊下を、男の声が響き渡った。

コントロールパネルの前に立つ古澤は驚き、振り向く。

後ろには斉場が立っており、その背後には、蜂谷刑事の姿があった。

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「斉場……」

一言ボソリと呟くと、古澤は二人の顔を交互に見る。

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「古澤さん、お願いだから、それは止めてください!」

ヨレヨレのコート姿の蜂谷刑事が仏頂面で言う。

古澤はコントロールパネルと二人の間で、母親からはぐれた幼児のようにオロオロとしていた。

すると、

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「焼いて」

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薄暗い廊下のどこかから、あの女の低い声が響く。

斉場と蜂谷は驚き、辺りを見回した。

「焼いて」

暗がりの中から再び声は聞こえた。

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「里子さん……ですね」

蜂谷が暗がりに向かい、言う。

「……」

「里子さん、あなたの息子さんが亡くなったのは事故だったんです。あなたが悪いのではない。

だから、これ以上、悲劇を繰り返すのは止めてください!」

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「私は……私はちゃんと、ちゃんとしていた。

だけど……

ぅぅぅああ……あの子は、あの子は……」

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「私は憎かった。

凉太と同じような年頃の子をいい加減に子育てをしている母親らが。

だから……」

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「あなたと同じようなめに、あわせてやりたかった」

蜂谷が女の言葉を続けた。

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突然、凄まじい落雷音がホール内に響き渡る。

一瞬、制御室天井の蛍光灯が消え、すぐまた、パッと点いた。

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「……焼いて……焼いてください」

地の底から湧き上がるような女の声に、

とうとう何かを振り切るように、古澤はコントロールパネルの方を向くと、点火のスイッチを押した。

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「やめろー!」

蜂谷は叫び、古澤のところまで走ろうとするのだが、なぜかその体は金縛りにあっているかのように、動かすことができない。斉場も同じだった。

炉内の火はあっという間に、台車の上の小さな骸たちを包み、火だるまにしていく。

古澤は虚ろな目で、覗き窓からその様子を見ていた。

斉場と蜂谷は、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

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すると暗闇の中から忽然と、黒いコートの女と男の子が現れると、床を滑るようにゆっくりと、炉に向かっていく。

石像のように立ち尽くす蜂谷と斉場そして古澤の横を通り過ぎると、二人はコントロールパネルのあるハッチの前に立った。

そして女は一回だけチラリと振り向くと、吸い込まれるように、燃え盛る炉の中に消えていった。

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後は、女の悲しい泣き声と激しい雨の弾けるだけがホール内を響き渡り、消えることはなかった。

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