中編3
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黄色いビー玉

六月一日。

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ただいまあ

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深夜二時。

バイトを終えて、二DKのワンルームマンションのドアを開け、廊下の先にある奥の居間に向かって叫んでも、誰が返事するわけでもない。

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─独り暮らしだから、当たり前か……─

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一人苦笑しながらふとうつむくと、薄暗いフローリングの廊下中央に、なぜだか黄色いビー玉が一個ポツンとある。

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─あれ、今朝こんなのあったっけ?─

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思っていると、そいつは、まるで俺の言葉に呼応するかのように、

コロリコロリとゆっくりと俺の方に向かって転がりだして、目の前でピタリと止まった。

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─何なんだ?─

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ちょっと不思議だったが、それ以上考えるほどの気力も体力も残ってなかった俺は、靴を脱いでそのビー玉を拾うと、居間のテーブル上に置いてから、服を脱ぎ、シャワーを浴びた。

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六月二日。深夜二時。

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いつものように安っぽい鉄の扉を開け、玄関に入る。

瞬間、廊下の上に転がるビー玉が目に飛び込んできた。

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─そんな、馬鹿な。あり得ない。

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愕然としていると、コロリコロリと俺の方に向かって転がってくる。

そしてまた、俺の目の前でピタリと止まった。

静寂の中、しばらくの間、そのビー玉を眺めてみる。

どんなに見ても、何の変哲もない普通のビー玉だ。

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─何なんだ、いったい。─

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玄関先で一人、首を傾げていると、

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「おじちゃん……」

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頭の真上から、小さな女の子のささやく声が聞こえてきた。

びくりとして思わず、後方上を見る。

そこには白い天井と丸い照明があるだけで、誰もいない。当たり前だ。

霊的なものに疎い俺も、さすがに背筋に冷たいのが走る。

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─古いマンションだから、どこかの部屋から声が反響して聞こえたのかな?─

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と、無理やり理屈をこじつけた。

─だが、ビー玉は?─

ビー玉は、昨晩帰ったとき、居間のテーブルの上に置いたはずだ。

留守中にテーブルから落ちて、廊下まで転がってきたのかな?

─いや、居間のドアは閉まっているから、それはあり得ない。─

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俺はまたその不思議なビー玉を、居間のテーブル上の灰皿の中に入れた。

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日曜日。

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昼まで部屋でゴロゴロしていた俺は、散歩でもしようかと、ジャージ姿にサンダルを引っ掛けて、部屋を出た。

するとエントランスの辺りに、制服姿の警察官が一人。マンション住人であろう女性と話をしている。

警察官が女性に尋ねた。

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「すると、一週間前の深夜に、このエントランスで見かけたんですね?」

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「はい。ゴミステーションに燃えるゴミを持っていこうと、エントランスを歩いていると、その写真の女の子が一人、しゃがんで遊んでいました。」

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「遊んでいた……。具体的には、何をして遊んでいたんですか?」

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「ビー玉遊びですよ。

よく子供がやってるじゃないですか。

ビー玉を転がして遊んでいたんですよ。」

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「ビー玉」という言葉に、俺は思わず立ち止まる。

同じように立ち止まって見物しているエプロン姿の主婦に、聞いてみた。

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「何かあったんですか?」

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「二〇五号室の田口さんのところの由香ちゃんが、一週間前からいないんですよ。

どうやら、そこのエントランスで遊んでた後にいなくなったみたい。

うちも女の子がいるから怖いわ。」

そう言って眉をしかめると、その小太りの主婦はいそいそと歩いて行った。

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─二〇五号室……。ちょうど俺の部屋の真下の部屋だ。

最近多い、子供の連れ去りか?─

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夜、部屋に戻ると、夕食を食べ、しばらくテレビを見ていたら眠くなってきたので、洗面所で顔を洗っていた。

すると、突然背後から声が聞こえた。

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「ねえ、おじちゃん。」

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思わず顔を上げたら、鏡に赤いワンピースを着た女の子が微笑みながら立っているのが目に飛び込んできた。

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「うわっ!」

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声をあげながら振り向いたが、そこには誰もいなかった。

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それから数日後、由香ちゃんは見つかった。

二〇五号室奥のクローゼットの中で。

母親がご主人と一緒に、警察に自首してきたのだ。

母親は常日頃からひどい体罰をしていたらしいのだが、ある夜、激高した拍子にフライパンで由香ちゃんの頭部を殴ったらしく、そのまま意識を失い、死亡したらしい。

怖くなった母親はどうすることもできず、由香ちゃんをクローゼットに隠していたということだった。

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