中編4
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星影の小径

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ラーメン屋の地縛霊と、橋の上の地縛霊が結婚した。

私が両者を紹介した頃ふたりは数時間しか自縛現場を離れられず、

しばらくは遠距離恋愛で悩んでいたらしいのだけれど、

怨みや呪いの力を有効活用することで互いの中間距離に霊体を維持する技術を発見して、

今は週3くらいまでなら家電量販店の駐車場あたりで一緒に過ごせるようになったらしい。

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報せを受け取ったのは、

妻が息子を連れて九州の実家へ遊びに出掛けている夜だった。

ベランダのサッシが突然ガタガタと震えだし、

窓ガラスに血文字が浮かんだ。

まぁそういう手荒な方法になってしまうのも幽霊だから仕方ないのだが、

けれど考えてみると、

妻と子供がいない私だけの夜を選んでくれたのも、

彼らの優しさだったのだろう。

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結婚の挨拶なんてのは普通は短い文章で構わないものだけど、

さすが地縛霊のカップルは想いが強く、

しかもどうやらふたりとも文芸が好きみたいで、

ガラスを何度も拭いては血文字を浮かべ、

ありったけの気持ちを伝えてくれた。

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以下は、挨拶などは省いたその内容である。

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落語に『あたま山』という噺があります。

さくらんぼを種ごと喰った男の頭頂に桜の樹が生えてしまう。

あんまり見事な花が咲くものだから野次馬が集まってくる。

桜の名所と化した男の頭の上では大勢の酔っ払いによる宴会が繰り広げられるのだが、

それに堪えられなくなった彼はその桜の樹を引き抜いてしまう。

やがて雨が降り、樹のもとあった窪地に池が溜まる。

またもや、釣りの穴場を見つけた人々がしきりに彼のあたま山を訪れては竿を振る。

桜が芽を出して以来ずうっと続く騒がしさに、ついに男は気を病んで、

自身のあたまの池に自ら身を投げて溺れる。

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僕には、種田山頭火の昭和初期の日記ばかり読んでいる時期がありました。

句を繰る限りは天才的な俳人という印象ばかりを受けるけど、

自身を綴る乞食の彼は俳人というよりは廃人であり、

そしてそれが僕の心を強く癒やしていました。

彼は放浪の果て、めんどうな太平洋戦争をサボるように世を去った。

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それでねそれでね、

あたしが調べたところによると、

山頭火の由来は納音(なっちん)のひとつです。

“納音”とは陰陽五行説などを利用した占いの基準となる30種類の分類法ですが、

種田正一(本名)の生年などで計算すると“楊柳木”という位置になる筈であるらしい。

納音の山頭火には「孤高」の意味合いが強く、

正一もそれが気に入ったから俳号に採用したということ!

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落語『あたま山』の成立がいつ頃かはよく知らない。

僕が聞いた最古の録音もせいぜい戦後のものです。

けれど僕には、

種田山頭火の脳裡には花片が舞っていたような気がしている。

桜の森の満開の下、そうして僕達は今も、彼のあたま山で宴会の途中のような気がしています。

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だけどねだけどね、

ある人間がどこで生まれ、どこで死んだかは調べればわかるでしょ。

けどその命がどこから来てどこへ行ったのか、やっぱりあたしには全然わからないんだ。

つーか死んでるのに!

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たぶん、身を投げるための池はいつだって頭の上にある。

そうして僕達はいつも、そこで溺れてしまう。

この手を掴み、救ってくれる誰かを、

僕達は待っていたのかもしれない。

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当然ながら、僕達に未来はありませんでした。

定期的に自縛され、安心して眠れる夜など無かった。

そもそも僕達は眠ることさえ許されなかった。

ふと気づいたら誰かを呪い、道連れに自殺させようとする。

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でもねそれでもね、

あたし達はあなたのおかげで、

今は週3くらいで幸せです。

それ以外の時間はたまに誰かを殺しちゃうけど、

けどもうそれもそろそろ終わり。

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あらゆる試行錯誤の結果、

僕達はずっと一緒にいられる方法を見つけました。

空を掴むことができるようになりました。

向こうの誰かが教えてくれたんです。

これはきっと、

生きている人にはわからないだろうけど、

とにかく、もう会えないかもしれません。

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ありがとねありがと!

ほんとうにありがとうございました。

ばいばい!

さようなら。

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ガラスの血文字は消えてしまって、

私には独りの夜だけがまた残った。

私を置いていかないでくれという願いと、

私を置いていってくれてありがとうという想いとを、

酒にブチ込んで呑み床で寝た。

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夢の中で私は、

桜の舞う山で彼らと遊んだ。

投身自殺の彼はギターがとても上手くて、

服毒自殺の彼女はとっても深い歌声で、

みんなでたくさんの歌を歌って、

みんなでたくさんの笑顔を空に飛ばした。

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突然の衝撃に目を覚ますと、

息子が私の腹を嬉しそうに殴っていた。

こいつバカなんじゃねぇかと心配させるほどバカみてえな笑顔で、

ほんとうに楽しそうに私にジャレれついていたのだった。

体を起こしてソファに座ると、

妻がホットミルクのカップを渡してくれた。

「今日お休みだから良かったけど、ほどほどにしなよ」

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わたしはミルクのカップを持ったまま、

曖昧に笑ってリモコンでテレビをつけて話題を反らした。

妻は台所で料理を始めた。

息子は絵本の絵だけ読んでいた。

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ほんのひとくちでもこの暖かいミルクを味わってしまったら、

陽が落ちるまで泣き続けてしまいそうだった。

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@珍味 様
なるほどホーキングが教えてくれたのかもしれません。
そうなんです! 念頭にゴーギャンがありました。
自然科学や宗教の勉強もしてみたのですが、
あともうひとつ、まだ何か答えが在る気がしていて、
とはいえ答えらしきものは見つけたのですが、
でもその答えが僕には妥協的すぎるのでした。
この虚無を乗り越えるための価値論は発見したのですが、
不意に気を抜くと、
価値論が崩れていくのです。
それが意味として、どうしても成立しないのです。

なんだかなあ、と呟きながら酔っ払う毎日ですw

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@ゆ〜 様
罪の意識の懲役の頃、私は常に霊に襲われていましたが、
じゅうぶんに刑罰を受けたと思えてからは、安らかな夜が多いです。
おそらく赦されることは永遠に有り得ませんが、
区切りを付けることは出来るはずです。

べつに実刑を受けるようなことをしたわけではないですよw
でも罰を受けるべきだと思うような人生があって、
そしてその罰の時期を、僕はようやく抜け出しているところです。

とにかく優しく生きていきたいと願ってきました。
これからもそれを願うつもりです。

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登場人物が全て愛おしく感じるお話でした。
次回から霊に遭ってしまっても、もしかしたらあまり怖くないと思えるかもしれませんね。
素敵なお話をありがとうございました。

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