長編8
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滝の音

絢子が消えた。

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それはちょうど一週間前の、まだまだ寒い二月の日曜日のこと。

俺は絢子と、ネットで調べた地元の心霊スポットに出掛けた。

絢子は同じ大学の同級生で、俺の彼女だ。

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そこは、市街地から車で北に一時間ほどの山あいにある古いトンネルで、二年ほど前に数体のバラバラ遺体が発見されたらしい。

犯人はいまだに捕まっておらず、それ以来、そこを歩いた者は、奇妙な物音を聞いたり、不気味な黒い人影を見たりする、ということだ。

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日の落ちかけた位から俺のオンボロ軽で、

山あいにあるその場所に向けて走りだした。

その日は朝から粉雪が舞っていて、片側に山肌の迫る国道を走っている頃には、ワイパーを動かさないといけないほどだった。

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「何か変な胸騒ぎがする。もう帰ろうよ」

助手席の絢子が、せわしなく動くワイパーの向こう側で舞う白い粒子を見ながら、不安げに呟く。

彼女は幼い時から霊感が強いよそうで、この世の者ではない者を何度か見ているそうだ。

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「もうここまで来たんだから、行くだけ行こうよ」

俺は嫌がる絢子の言葉を聞き入れず、ひたすら山あいの暗い道を走り続けていた。

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最初の長いトンネルをようやく抜け出てしばらく国道を走ると、右手に小さな祠(ほこら)が見えてきて、その横に細い道がある。

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ここだ。

ゆっくりと右にハンドルを切り、その横道に入っていく。

国道に並行した旧道のようだ。

急に道幅が狭くなった。

ほとんど対向車と離合出来ないくらいだ。

道の両側からは、木々が覆いかぶさるように迫っている。

用心しながらゆっくり走っていると、

前方に忽然と、目的のトンネルが視界に入ってきた。

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それは古い煉瓦で作られたアーチ型の小さなトンネルだった。

入口の上方には石の看板があるのだが、蔦が邪魔して字が読めない。

ネットの情報によると、それは全長僅か三十㍍ほどの距離ということだ。

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トンネル入口傍の空き地に車を停め、二人で外に出る。

見上げると漆黒の闇に、白い雪の粒が無数に舞ってきている。

雪を逃れるようにトンネル内に入った。

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湿った白い煉瓦の側壁には何カ所か電灯があり、

天井にも蛍光灯が灯っており、

中は比較的明るくシンとしている。

前方にアーチ型の暗い出口が、小さく見えていた。

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「ああ、何かいやな予感がする。しかも寒いし……」

ダウンのジャケットを羽織った絢子が白い息を吐きながら、不安げに呟く。

確かに、トンネル内はかなり冷え込んでいた。

俺たちは肩を並べて、歩き始める。

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コツ、……コツ、……コツ、……コツ、……

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二人の靴音だけが、狭いトンネル内を反響している。

天井から染みてきているのだろうか。

あちこちから大粒の水滴が落ちてきて弾けると、気味の悪い反響音を響かせていた。

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真ん中辺りまで来たところで突然、絢子が立ち止まった。

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「どうした?」

俺も立ち止まり、彼女の白い横顔に向かい尋ねる。

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「何か聞こえない?」

目を閉じ、耳を澄ましている。

俺も同じように、耳を澄ます。

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……

シンと静まり返っていた。

たまに聞こえてくるのは、天井から落ちてくる水滴のはねる音と、天井にある蛍光灯の「ジー、ジー、」という音くらいだ。

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「いや、何も聞こえないけど、どんな音がするの?」

神妙な顔をして目を閉じている絢子に、尋ねる。

「分からないけど、何かテレビの砂嵐のような……」

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「砂嵐?あの『ザーー』という?」

「うん。でも、ごめん、やっぱり私の空耳かな。 

行こ、行こ」

そう言うと絢子はまた、歩き始めた。

俺は彼女の背中に続いた。

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数歩進んだところで、また絢子が立ち止まった。

「どうした?」

横に並び、声をかける。

彼女は目を大きく見開きながら「あれ……」と、

震える指先を出口の方に向けていた。

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何だろうと、恐る恐る俺もそちらに視線を移した。

十㍍ほど先にはアーチ型の出口があり、

外では暗闇の中、白い雪が舞っているだけだ。

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「何が見えるんだ?」

恐怖に包まれた彼女の横顔に、俺は尋ねる。

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「いや、さっき、黒い雨合羽を着た男が、出口のところに立っていたように見えたんだけど……」

彼女は呆然としながら、何度となく目を凝らしている。

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だが再び、いつもの顔に戻ると、

「ごめん。見間違いみたい」

と言って、また、歩きだした。

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結局トンネル内では、これということも起こらず、

出口のところまで辿り着いた。

外では相変わらず闇の中、雪が舞っている。

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「おや?」

ふと見ると、出口を出たすぐ右側の岩肌の傾斜地に、十体以上のお地蔵さんがある。

暗がりに、まるでひな壇のひな人形のように並んでいる。

そのすべてが、赤い涎掛けをしていた。

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「こんなところに、どうしてこんなにたくさん……」

俺は一人トンネルを出て、お地蔵さんたちの正面に立ってみた。

誰かのイタズラだろうか、

あるものは首がなく、あるものは腕がなく、

すべてがまともなものがなく、白い雪があちこち積もっていた。

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これはひどいな……

目を閉じてしばらく手を合わせた後、トンネルの方を振り向いた。

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あれ?

さっきまでトンネルの出口の辺りに立っていた絢子がいない。

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「絢子ー!、絢子ー!」

大声で呼びながら辺りを探してみたのだが、

姿はなく、もちろん返事もない。

反対側の岩肌の方まで歩き探すが、やはり、いない。

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再び周辺を十分以上かけて探したが拉致があかないので、今度は名前を叫びながら、トンネル内を入口に向かって歩いた。

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そして今度は、入口周辺を探す。

だが、全く見当たらない。

しょうがないので車まで行き、車内に入りエンジンをかけ、携帯をかけてみる。

コールはするが、でない。

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「そんな、バカな!」

俺はハンドルを二、三回叩いて叫んだ。

ふと、時計に目をやる。

午後八時五分。

やむを得ず、警察に電話をした。

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「なるほど、あなたが振り向いたときには、もう既にいなかったんですね」

停車したパトカーの運転席の制服警官が、後部座席に座る俺の方を振り返りながら、確認している。

もう一人の警官がトンネル入口辺りを動き回りながら、テキパキと写真を撮っている。

そしてあらかた撮り終えると、助手席に乗り込んできた。

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「明日の朝から地元の消防団と共同で、捜索をしていきますので、今日のところはお引き取り下さい。絢子さんの身内の方には、私どもの方から連絡いたします」

雪もひどくなってきたので、その日はそのまま帰った。

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あれから警察は地元の消防団十数人と一緒に、トンネル周辺の捜索を続けているらしい。

だが、絢子は見つかっていない。

俺も昼間に一人で何度かトンネルに行き、探したが、ダメだった。

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いったい、どういうことなんだろうか?

平成のこの時代に、こんなことがあるのだろうか?

これでは、まるで「神隠し」じゃないか

大学の講義のときもバイトの最中も、俺の心の奥から絢子の姿が消えることはなかった。

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そして、あれから一週間が経った日曜日のことだ。

その日は予定もなかったので、夜までコンビニのバイトをしていた。

仕事を終えアパートに帰ったときは、夜の十一時を過ぎていた。

翌日、朝一から講義だった俺は、早めに床についた。

和室の暗い天井を眺めながら、ウトウトし出した時だ。

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shake

ピピピピピピ!ピピピピピピ!ピピピピピ……

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突然、枕元の携帯が鳴りだした。

誰だ、こんな時間に?

眠い目を擦りながら携帯を取り、目の前に持ってきたとき、

心臓の心拍数が一気に上がりだした。

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絢子からだ!

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慌てて応答ボタンを押すと、耳元に携帯を持ってくる。

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「もしもし!もしもし!絢子か!?」

上ずった声で問いかける。

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「もしもし!もしもし!」

「…………」

返事がない。

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俺は暗闇の中、携帯を当て全神経を耳に集中した。

すると、微かだが、何か音が聞こえてくる。

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ん?何だ?

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それは、まるでテレビの「砂嵐」の音のようだった。

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ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………

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渓流が流れる音のようにも聞こえる。

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ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………

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音は延々と続いていた。

その間、何度か問いかけたが、やはり返事はなく、奇妙な砂嵐の音のみが続いている。

そして、それに被さるように見知らぬ男の声が聞こえてきた。

それはまるで、ラジオの電波が混線したときのDJの声のような、聴き取りにくくて不快な声だ。

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………あ………あ……んた

…………

も……う、…………

あき……らめろよ…………

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俺は驚いて、必死に問いかけた。

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「もしもし!もしもし!あんた、誰だ!?

もしもし!もしもし!誰なんだ!?……」

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いつの間にか電話は切れていた。

暗闇の中、俺は携帯を耳にあてたまま、呆然としていた。

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翌朝、昼ごろ、大学のキャンパスを歩いていると、

携帯が鳴った。

警察からだ。

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「どうも、F警察の〇〇です。

今、大丈夫ですか?」

「はい」

緊張が走る。

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ちょっとの間の後、おもむろに警察の人はしゃべり始めた。

「実は…………

絢子さんが見つかりました」

「え!本当ですか!?

無事だったんですか?」

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「…………

残念ですが。」

「え……」

突然目の前の光景がぐにゃりと曲がり出した。

軽い吐き気がする。

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「もしもし!もしもし!大丈夫ですか?」

「……

あの……

絢子はどこで

見つかったんですか?」

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「それが、あのトンネルから一㌔ほど先にある滝つぼで。」

「え!滝つぼ?」

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「はい、消防団の方がたまたま道沿いから滝つぼを眺めていると、何か変なものが浮かんでいるのを発見したそうなんです。 

それは切断された女性の右腕だったらしく、しかも、その腕は携帯を握りしめていたそうです。

それからさらに調べたら、頭部や胴体などの他の部分が水底で見つかりました。

これから詳しく調べていくつもりですが、

死因は頸部の圧迫。

つまり、首を絞められての窒息死であろうと思われます。

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死亡推定日と時刻は、二月四日もしくは遅くとも五日の辺りだと思われます。先週の日曜日、つまり失踪当日か、もしくは、その翌日ということです」

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「…………」

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「もしもし。お辛いとは思いますが、

いろいろお聞きしたいことがありますから、

近々、署に来ていただけないでしょうか?

もしもし、もしもし!聞いてますか?

もしもし!…………」

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@千堂 幾虎 様
怖ポチ、コメントありがとうございます。
多くの謎を残しながらも、最後まで読んでいただければ、満足です。

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@珍味 様
怖ポチ、コメントありがとうございます。
「不条理感」こそが、私のホラー小説を書く上でのテーマです。

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