深夜のテレビショッピング その8

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深夜のテレビショッピング その8

創業百年の老舗旅館「中村屋」の四代目である中村斗眞は、座卓の前に正座して頭を抱えていた。

銀行への手形の期限が後三日に迫っているからだ。

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二十畳はあるであろう和室の中央にある座卓には、

床の間を背にして、御年七十五歳の三代目、駿眞。

艶やかに富士の描かれた羽織を着ている。

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その右手には着物姿の斗眞夫婦。

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その前には、作務衣姿の番頭、飯島が神妙な面持ちをしながら正座していた。

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「もう、駄目だ。終わりだ。この百年続いた『中村屋』も、いよいよ店じまいだ」

中村斗眞が苦しげに白髪頭を掻きむしる。

隣に座る女将で妻の虹子が、斗眞の背中をさすっている。

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「旦那様、もう一度、銀行の方とお話されては如何でしょうか」

角刈りで丸めがねの飯島が心配そうに、斗眞に声を掛けた。

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「飯島、お前は何も分かっちゃいないんだよ。

担当とも支店長とも、何度となく話はしたよ」

ぴしゃりと言われ、飯島はシュンと黙り込んでしまった。

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「万策尽きて、最早これまでじゃな……」

先ほどまで黙り込んでいた三代目駿眞が突然、

ボソリと言った。

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広い和室の間が、シンと静まり返った。

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深夜、旅館敷地内にある自宅の居間のテーブルで、斗眞と虹子は遅い晩御飯を食べていた。

二人とも全くしゃべらず、ただ黙々と箸を運んでいる。

壁際のテレビの音だけが、空しく響いていた。

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すると虹子が、急須で湯呑みにお茶を入れながら、やっと口を開いた。

「斗眞さん、離れの生眞大翁様、また意識を取り戻したらしいわ」

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生眞というのは中村屋の二代目で、今年で九十八歳になる。三年前に脳溢血で倒れ、それ以来、離れに寝たきりで、意識と無意識の間を行き来している。

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斗眞は聞いているのか、いないのか、ただ頬杖をついて呆然としていた。

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「ねぇ、確か、生眞さん、結構な額の保険金が掛かっていたわよね。

私調べたんだけど、受け取り人は、孫のあなたになっているみたい」

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すると珍しい動物でも見るような目つきで、目の前に座る虹子を見ながら、斗眞はようやく口を開いた。

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「お前、一体、何を言いたいんだ?

この俺に、あの生眞翁の首でも絞めてこい、と言っているのか?」

「ち、違うわよ!私はただ、……」

と、虹子が何か言いかけたとき、テレビから、場違いな八十年代のダンスミュージックが流れてきた。

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拍手と歓声の中、

画面中央には、ゴールドの鉢巻きにハッピ姿のスマイル藤田が、いつもの上げ上げテンションで立っている。

隣では、ミカリンこと安養寺美香が、赤のボディコンに「リア充」と書かれたタスキをして、微笑んでいる。

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「いやいやいやいや、これまで、たくさんの商品をご紹介してきたわけですが、ミカリン、どうですか?」

「もう、私、あまりに素敵な商品ばかりで興奮しっぱなしで~す」

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「そうでしょう、そうでしょう。

でも、まだまだ、こんなものではありませんよ~

これからも、素敵な商品の数々をどんどんご紹介していくつもりです」

「わぁぁ、本当ですかぁ。楽しみ~」

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「さあ、それでは、こちらをご覧ください」

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スタジオ奥の大画面に、どこかの茶の間が映った。

真ん中に炬燵があり、二人の人が座っているが、

顔にはモザイクが掛かっており、容姿や年齢は分からない。

どうやら一人は男性、もう一人は女性のようだ。

奥にはもう一人、こちらは男性のようだが、

なぜか布団に横になっていた。

部屋は足の踏み場もないくらい、散らかり放題だ。

そして、どこからか、きつい腐乱臭も漂ってきている。

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藤田と同じゴールドのジャケットに赤の蝶ネクタイをした若い男がマイク片手に、手前に座っている。

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「スタジオの皆さーん、お元気ですか~!

深夜テレビショッピングの元気印、大作でーす。

僕は今、市内にあります公営団地にお住まいのGさんのお宅にお邪魔しておりま~す。

実は、こちらのご家庭は今、大きな問題に直面しているんです。

それでは、こちらの奥様に聞いてみましょう」

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「はい、それでは奥様、お宅のお抱えしている問題というのは、どういったことなんですか?」

そう言って、大作はおもむろに炬燵に座る女性に、マイクを向けた。

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「はい、実は昨年、そこに座っているうちの主人がリストラに遭いまして……。未だに職が決まってないんです。

子供が二人いるんですけど、両方とも、私立の大学に行ってまして、その学費とか、あと家賃とか光熱費とか他にもいろいろあって……」

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「なるほど、なるほど、それは大変ですね!

それでは、現在の収入源は何なんですか?」

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「はい、私のパートの収入と、奥で寝たきりのお義父様の年金です」

「それは、心もとないですね~。

ところで、奥様、この部屋ですけど、さっきから、かなりきつめの臭いがするんですが……これは?」

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そう言って、大作は奥で寝ている男性の方に目を向け、それから女性を見る。

女性はしばらく黙り込んでいたが、おずおずと話しだした。

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「実は…………お義父様、三日前に亡くなったんです」

「え!?」

「はい、本当は役所に届けないといけないんですが、届けてしまうと……」

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「年金の支給が止まる」

「はい」

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「でも奥様、このままだと、いづれバレますよ」

「はい……分かっているんです。

分かっているんですけど……

ううっ……

お願いします、助けてください!」

言いながら女性は、テーブルに顔を伏せて泣き出した。

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「このような深刻な問題でGさんのご家庭は、悩んでいらっしゃいます。

藤田さん、何とかなりませんか~?」

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スタジオはシンと静まり返っていた。

「Gさんのご家庭、なんとか救ってあげたいですねえ。

藤田さん、何か良い商品はないのでしょうか?」

ミカリンが心配そうな顔で、藤田を見る。 

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「はい、もちろんです。

Gさんのご家庭のようなことでお悩みのところは、まだまだ全国にはいっぱいあるはずです。

そんな方々のお悩みを解決するのが、今からご紹介する商品です。

それでは、お願いします」

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スタジオ手前から、若い女性スタッフが微笑み台車を押しながら現れ、画面中央で止まった。

台車の上には机が置いてあり、その上には白い布切れが被せてある。

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「さあ、ミカリン、この布切れを取って下さい!」

言われてミカリンがおもむろに布切れを取り去った。

スタジオ内が小さくどよめく

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机の上には、一台のノートパソコン、ハンドスキャナー、一㍍四方の銀色の金属製の箱が置かれていた。

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「藤田さん、これは?」

「楽々3D変身セット『身代わりくん』です」

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「身代わりくん?」

「はい、これで誰でも、他の人間になることができるのです。

それでは、やってみましょう。

ミカリン、そこにまっすぐ立っていてください」

「は、はい」

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藤田はハンドスキャナーのスイッチを入れると、

センサー部分をミカリンの額辺りにあてる。

すると、赤いレーザーの横棒が現れた。

同時に「ピッ」という電子音が鳴る。

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「これで、準備完了」

と言うと、藤田はゆっくりとなぞるように、ハンドスキャナーを下に移動し始めた。

赤い横棒も一緒に移動していく。

すると銀色のボックスの中から、ガシャガシャという機械音が聞こえ始める。

スキャナーがミカリンの顎の辺りまで来たところで、

「コピー完了です」という、女性の声が聞こえてきた。

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「これで終わりです」

「え!もうですか?」

ミカリンは呆気にとられている。

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しばらくすると、金属ボックスの下方の穴から、

肌色のフェイスマスクのようなものが、出てきた。

藤田はそれを両手で持つと、俯き、自らの顔に密着しだしている。

指先であちこち伸ばしたりした後、突然、

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「ミカリンで~す!」

と、顔を上げた。

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おお!

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スタジオ内のあちらこちらから、驚きの声が上がっている。

スタジオ中央には、

間違いなくミカリンが二人いた。

顔だけを見ると、二人は双子のようだ。

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本物のミカリンが、藤田ミカリンをしげしげと見て、「すご~い!わたしだ」

と、声を出した。

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スタジオ内に割れんばかりの拍手が巻き起こる。

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「如何でしょうか。

これでGさんのご家庭に役所の方が突然調査に来られたとしても、亡くなったお父様のフェイスマスクを息子さんが付けていれば、バレることはありませんよ」

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「なるほど。でも、お父様のご遺体はどうするのでしょうか?」

……

……

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「……ところで、この商品ですが、全く違った用途にもご使用できるんですよ」

「スルーですか……」

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「先ほどのGさんのように、亡くなった方をまだ生きているかのようにするために、ご利用されるのも大いに結構なんですが、

反対に、生きている方を亡くなったかのようにするために、ご利用することもできるんですよ」

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「え!それは、どんな利用の仕方をするんでしょうか?」

「例えばご家庭に、寝たきりで中々くたばらない人とかを抱えて困っている方いらっしゃると思います。

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早くあの世に逝ってくれたら、まとまった保険金が入るのに、中々逝ってくれない、とは口が裂けてもいえませんよね。

でも自分の手だけは汚したくない。

なにより警察に捕まると、元も子もない。

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そんなことでお悩みの方多いかと思います。

そんなときこそ、

この『身代わりくん』の出番です」

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「まずはその人の背格好の分かるパーソナルデータを、弊社までお送りください。

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早急に、そのデータに近い方の新鮮な遺体を、

弊社の秘密の冷凍遺体保管庫からピックアップし、厳重に梱包の上、特別便にてお送りいたします。

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後は、『身代わりくん』でその人のフェイスマスクを作って、お送りした遺体に付ければ完了です。

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医師の死体検案でも九十八㌫の確率で、バレることはありませんよ。

後は出来るだけ早く荼毘に臥せれば、百㌫バレることはないですので、

これで、保険金はあなたのものです!」

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スタジオ内に、歓声と拍手が湧き起こった。

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「素晴らしいんですけど、死んだことになった本人はどうしたらいいんでしょうか?」

ミカリンがあっけらかんとした顔で素朴な質問をする。

……

……

……

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「さあ、お値段のご案内です!

この、楽々3D変身セット『身代わりくん』、

メーカー希望小売価格三百五十万円のところ、

今回は特別価格、ジャスト三百万円、

三百万円でのご提供となります!

もちろん、分割払いは百二十回までオーケーです。

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また三十分以内にご注文の方でご希望の方には、

スペシャルサービスとして、あなたのご家庭にぴったりのご遺体をお送りいたします!

ぜひ、有効にご活用ください。

さあ、フリーダイヤルのご案内です。

メモのご用意を……」

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中村屋の女将の手には既に、受話器とペンが握られていた。

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@むぅ 様
怖いポチ、コメントありがとうございます。
今回はちょっと設定に無理があったか、と反省しておる次第でございます(-_-)

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