中編6
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 地下鉄の4番出口の階段を登り地上に出ると、桜はすでに緑の葉をつけていた。

日曜日の昼下がりのオフィス街は人通りがなく、ここが騒がしい都心であることがにわかに信じられないほどだった。

緩やかな坂道を登りきったところにあるそのホテルは、高度成長期に建てられたもので、数多くの有名人がここで結婚式をあげたと記憶している。

しかし寂れ感は否応なく目立つ。

過去のプライドだけを支えに生きている老人のようだ。

年内に解体され、タワーマンションが跡地に建つらしい。

これが見納め。さらば昭和ーーー。

そんなことを考えながらロビーに向かうとすでに何人かが賑やかに談笑していた。

40年前の高校の同窓会の会場だった。

それぞれの胸元にネームプレートがぶら下がっており、それを見なければ誰なのか分からぬ程に容姿は変貌を遂げていた。

時の経過は凄まじく残酷なものだ。

 「よっ」

不意に背後から肩を叩かれ振り向くと、その笑顔に少年の面影を残したタケシだった。

「サチ子、お前昔と全然変わってないな」

「タケシ!?タケシなの?」

「そうだよ。わかった?ほかの連中はオレのこと誰だかわかってくれなかったのに。嬉しいよ」

タケシはこれ以上ないという人懐こい笑顔を私に向けた。

昔のままに白い歯を見せ、私を会場となる大広間に誘ってくれた。

巨大なシャンデリアが場内をまばゆく照らしている広間は、過去に様々なセレモニーを

見てきたであろう。丸テーブルがいくつも並べられ、飲み物や食べ物を自由に取ることができる立食の形式をとっていた。発起人の挨拶までやや時間があった。

「まぁ、よく縁もゆかりもないこんな場所で同窓会やるのか、わからんよオレ.。炭鉱町の田舎出なのに、なんでこんなミエ張るんだろうかね」

「だって私達のふるさとなんてもう終わっちゃってるし。もう無いじゃん」

「じゃん」なんていう横浜言葉はこの人の前では使うべきではなかった。

そう思ったのはタケシが一瞬「むっ」とした表情をしたからだ。

訂正するとしたら、「ふるさとなんて、もう無いべさや」

こう言えば笑ってくれたはずだ。

「地元では唯一進学校だったけど、町がああだったから、あの町抜け出して都会に出て出世して一花咲かせることに皆、あくせく血道をあげていたよな。オレは間違って入学したんだ。ただ家が近かっただけでな。失敗したよ」

タケシはグラスのビールを一口含み、遠い目をした。

「私も同じだよ。高校に入ったら全然友達できなくって。小学校や中学の仲良かった友達は別の高校行っちゃうし。入ったら入ったらで勉強ついて行けないし。イジメにあうし。全然いいことなかった」

私はアルコール度数の高いカクテルを一気に飲み干す。

「楽しくなかったぁ」

「そうか?オレはお前と出会えて良かったと思ってるよ」

返す言葉が見つからず、カクテルのせいもあって顔が赤く火照るのを感じた。

間もなく発起人の挨拶があり、宴が始まった。

 ガヤガヤと雑音がBGMのように会場を包み込んでいた。

あの頃の瑞々しいティーンズ達は変化し、男女ともサビかかった中高年に姿を変えていた。目いっぱい若作りした女性達の嬌声があちこちから聞こえてくる。

でっぷりと肥え太った体躯を持て余し気味にのけぞり笑い合う男女たち。この世のものとは思えない。

私とタケシの座るテーブルには誰ひとりとして寄ってこない。

「やっぱオレ存在感なかったんだな」

「そんなことないよ。タケシは陸上のスターだったじゃない。400メートルリレー、私ずっと応援してたんだからね」

「ほんと?でも陸上なんて地味だよな」

そのとき、私たちのテーブルにジュースのグラスを手にした女性がやって来て腰を下ろした。

誰なのか判らない。

「誰でしたっけ」

照れ笑いをしながら私が口火を切ると

「私。セイ子。覚えてないですよね」

自嘲ぎみに言うとテーブルに置かれたジュースのグラスを見つめた。

「セイ子さんって、あの、モテモテセイ子ちゃん?」

「モテモテだなんて…。嫌だわ」

蘇ってきた。あの頃の彼女は花に例えるならば、春に咲くスイートピー。

全体が薄ピンクで線が細く頼りなげな感じのする女の子。

オスと名のつく生き物ならば、絶対に彼女を守らずにはいられなくなるはずだ。など思ったものだ。

当然の如く男子は彼女をほっておくはずもなく、絶えず恋の噂が絶えない、スキャンダラスな女生徒であった。

そんな彼女が、私とタケシの自分に向けられた視線を絡め取り、誘導したのは会場のドア付近でカーテンの隙間に隠れながら、いちゃつき合うひと組の中高年男女の姿だった。

男の方は頭頂部の毛髪が無く、女の方はチュニックでも隠しきれない三段腹を揺らしながら口づけを交わしていた。

嫌なものを見てしまったと思い私は思いっきり残りのカクテルドリンクを喉に流し込んだ。

「私、あの人、サトシの事大好きだったの。愛していたの。高校出たら結婚しようと決めていたのに。あの人の子供もお腹にいたのに。私のこと捨てて…。今だってあんなことして…」

セイ子は震えながら、しおれたニラのようにさめざめと泣いた。

「もういいじゃん。時効だよ。セイ子さんもう忘れなよ。あんなゲーハー男のどこがいいのさ」

「くやしい。くやしい」

私はセイ子の肩に手を置こうとしたが凄い力で振り払われた。

セイ子はあられもない姿で人目はばからず泣いていたが、誰も気に止める様子は無かった。

 「タケシ、私は同窓会って好きじゃなかった。30代の頃は自慢話ばっかり。東京の一流会社に入った。年収はこんくらい。子供は中学受験で塾通い。旦那は儲けてるから私は専業主婦よ。とかさ。うんざりだったよ。そして今、みんな年取っちゃってさ、スタメン落ち。変なプライドばかり高くてさ。家のローンだって払いきれないくせに。

見栄張っちゃって。私こいつら嫌いだよ」

「サチ子。あのな、じゃなんで来たんだよ」

「この人達とお別れするためよ。過去を殺すためさ」

「サチ子、さっきも言ったけど、オレはお前と出会えて良かったよ。

あの日、一人ぼっちで浮いてたオレと、いじめられて一人ぼっちのお前。好きになったんだ。そんでお前にギターで拓郎の歌を聴かせたくって、俺んちの近くの防空壕あとの穴に誘ったの覚えてる?誰も知らないオレだけの隠れ家だったのさ。

サチ子はなんの疑いも持たずやって来た。嬉しかった。

防空壕の穴のなかは天然のエコーがかかり、オレの下手くそな歌もマシに聞こえるだろ。

そんな狙いもあったんだ。

「旅の宿」歌ったよね。お前はうっとりと聞き惚れていた。

オレは嬉しくなって「結婚しょうよ」も歌った。

その時だった。地震があってそのあとすぐ…」

「近くの杵山が噴火した。火砕流がきた」

「熱かった」

「逃げられなかった」

「防空壕が崩れた」

「手をつないだけど岩が落ちてきた」

「ロッキードのバカ!田中の野郎!総理大臣が逮捕されるから日本の神様が怒ってこんなことしたんだ。畜生。と思ったけどそのまんま気を失った」

「私、タケシの顔見ながら二日間生きてたんだよ。すごく眠くなった。誰も助けに来てくれないし」

二人のやり取りを聞いていたセイ子が口を開いた。

「私、実家の庭の桜の木で首吊った。遺書書いておいたの。骨の半分はこの桜の木の下に埋めてねって」

「じゃ、セイ子さんも穴に埋まっているんだ。半分だけ」

「そうよ」

「サチ子、オレたちも穴に帰ろ。こんなところにいても退屈だし、穴に戻ってまた最初からやろうぜ」

「そうだねー。あの穴だったからこうして自由に、何年たっても出歩くことができるんだものね」

「そうだ。そうだ」

「でもあの人たちはどうなの?」

「あいつら?あいつらは普通に死んでいるから自分の墓穴に戻るっきゃないでしょ。

コンクリートでカッチカッチに固められてるから自由に出歩けないはずだよ。今回が最後ってことだよ。だからあんなに張り切っちゃってるのさ。

サチ子、セイ子さんそろそろ帰ろ。そしてまた来年にでも会おうよ。

今度はふるさとの廃墟でね」

3人がホテルを出て何気なく振り返ると、そこには解体中の建物があった。

崩れたコンクリートの塊の中からは、錆びてむき出しになった鉄筋がニョロニョロと

まるで生き物のように天空に伸びていた。

【終】

Concrete
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