中編3
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遺影のない仏壇

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それは、今から70年ほど前の話。当時仙台に、日本一有名な自動車修理工の男がいた。何でも、その男の手にかかれば、直せない車はないといわれるほど。

 程なく、彼は修理工として財を成す事に。いきなり大金を手にした男が行き着く先は、今も昔も変わらない。

 女郎屋通いから始まり、遊郭で貢ぐところまで。その男は、すでに結婚して子供もいたが、女房子供そっちのけの派手な女遊び。

 金と女にはことのほかだらしがなったが、兎に角、職人としての誉も高かったから、モテにモテた。そんな中、一人の遊女を見初めて、男、五十路の身で深い恋仲となった。

 しかし、男はその遊女との子供を儲けると、あっさり捨ててしまう。捨てられたことを悟った遊女は、切に思ったのだ。

「弄ばれた男でも良い。せめて同じ墓に入りたい。そして。末代まで祟る」

 生んだとしても、幸せになれないわが子を思うと、子供が不憫でたまらない。女の情念たるものが、ふつふつとわきあがっていた。

 そして、遊女は愛情と執念の入り混じる感情を抱きながら、男を想い、薪割りでつかう斧を一心不乱に研ぎ始める。

 ただ、一人の女として、産むことすら許されないわが子を身ごもらせた恨みをこめて。

 そして、その斧をいっぺんの曇りもなく、剃刀のように研ぎ上げたそのとき、その女は左腕にさらしを巻き、おしろいで綺麗に化粧を施した。

 そして、縛り上げたその手首に、斧を振り下ろした。

 情念とは恐ろしいほど見事なもので、たった一刀で女の手首は切り落とされていた。

 そして、その女は、その切り落とした左手を、鉄釜で骨が溶けるまで一心不乱に煮込んだ。すべては、捨てられた女、生まれてはいけない子供の不憫の侘びの気持ちをこめて。

 グツグツ・・・コトコト・・・

 そして、丹念に煮込んで、何度もさらしの布で濾し上げた。ゆで小豆と糖蜜を入れて、さらに丹念にコトコト・・・グツグツ・・・。

 そして、女が作ったものは、自分の手首が丸ごと入った、羊羹だった。

 女は男を花見に誘い出すと、これまでにない色気を男に振りまき、その羊羹を食わせた。男は、その羊羹が女の手首が入っていることなどつゆ知らず、さも美味しそうに食べつくした。

 花見の逢瀬が終わると、女は妖艶な笑みを浮かべたあと、二度とその男には会わなかった。

 何故ならその二日後、手首の大怪我がもとで、もだえ苦しんだ。そこで死を悟った女は、自分の死ぬときは自分が決める。そう心に誓うと、最期の力を振り絞り、深い谷に身を投げた。

 そして、その5年が経ったある日のこと。

 その男も、まるで蝋燭の火を吹き消したかのように、ぽっくりと死んでしまう。享年、62歳。

 葬儀はつつがなく始まるのだったが、葬式に使う遺影を見た遺族は驚愕した。

 男の首には、おしろいを施された青白い手首が絡みつき、今生の恨みをこめてその首を締め付けていた。それはそれは、異様な光景だったそうな。

 男は、写真が趣味だったのだが、男の残したアルバムに、その手とよく似た手を持つ女の写真を見つける。そして、男の残した写真は、女房の手によって、お炊き上げ供養が行われた。

 男の遺影も、男が写ってる写真も今に一枚も残されていない。

 今も、その女の情念は、位牌に絡みつき、男を許してはいない。写真の供養はされても、女の供養はされていないからだ。

 恐ろしき、女の執念を、哀れと思い手を合わせるか・・・それとも、ただ怖いと怯えるか・・・。

 アケノとしては、哀れと思い手を合わし、どうか末代まで祟るその情念を晴らし、成仏し、いつしか娑婆の世で幸せになってもらいたい。

 今度はそんな失敗などせず、女として幸せな生涯を送って欲しい。そう願わずにはいられません。

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