池にまつわる話 葦編ヶ淵

中編5
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池にまつわる話 葦編ヶ淵

土木関係の仕事に勤めるCの話。

話はCが子供の頃に遡る。

Cの住んでいた村は山間にある幾つかの池に囲まれた小さな村だった。

村民のほとんどは農業をしていて、湧き水でできた池から引いた水で、棚田や畑を潤してそこで野菜や米を作って生活をしていた。

Cの両親も例にもれずに畑を持っていて、子供のCの遊び場にもなっていた。

公園も無いような田舎の村では子供の遊び場は田畑や野山しかなかったのだ。

その日、Cはその月一番に暑い夏の日差しの中一番上の棚田へ注ぐ用水路に細い釣り糸を垂らして、ハヤを釣っていた。

水路の淵から伸び出ている草の葉の影に、日差しから逃げおおせるように身を寄せているハヤ達も、目の前にミミズが流れてきても食いつくことなく動かないでいた。

魚たちの様子にCはつまらなくなって、竿を置いて何か面白いものは無いかと辺りを見渡す。すると、一枚下の棚田の畦道を長靴をはいた友達のかんちゃんが歩いていくのが見えた。

かんちゃんは去年村に越してきた同い年の子で、その人柄と面

倒見の良さから既に村に馴染んでいて、Cとも仲が良かった。

退屈だったCはかんちゃんがどこへ行くのか気になって、思わず声をかけていた。

「おーい、かんちゃーん!どこいくのー?」

「んー?Cか。今から池に泳ぎにいくんだー、今日あっついからな」

この暑さに茹だっていたCはたまらずその話に食いついく。

棚田の端っこにある水栓柱に、竹竿とバケツを置いてきて坂を駆け下りてかんちゃんの元に駆け寄った。

「池に?いいなー、僕も行く!どこの池に行くの、大池?」

「大池じゃないよ、俺だけが知ってる秘密の場所、他の池より少し山の上にある、綺麗な池なんだ。」 

「へぇ……ねぇ!僕も一緒につれてってよ!」

かんちゃんはCに得意げに言った。Cもこれまで村で生活してきた自分が知らない秘密の場所という言葉に強く興味を惹かれて、一緒に連れて行ってほしいとせがんだ。

「えー、まぁいいや。わかった、一緒に行こうか」

かんちゃんは少しだけ渋る素振りを見せるものの、Cの期待の眼差しに気分を良くしたのか直ぐにCの希望を聞き入れた。

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二人がかんちゃんの見つけた秘密の池に向かって山に入って、Cも知っているヒョウタン池や、女池、最後に一番大きな大池を通りすぎて更に山の奥に入っていく。

大池の先には何もないよと村の大人に教えられていたCは、行ったことのない場所に踏み入る新鮮さに高揚感を覚えていてすっかり冒険気分になっていた。

大池を過ぎて、しばらくして山道のひんやりとした空気がより一層冷たくなった。辺りの樹も段々と杉などの針葉樹から柳の林に変わっていった。道を進むにつれて少しずつ靄がでてきて段々とCは肌寒さすら感じてきていた。心なしか山の雰囲気は暗く鬱蒼としているようにCには思えた。

なんだか怖くなってきていたCは不安気にかんちゃんに声をかける。

「ねぇ、かんちゃん……なんか、ここ寒くない?」

「ん?あぁ、もう池のすぐ近くだからね。結構水が冷たいんだ」

段々と及び腰になってきているCを意に介さずに、かんちゃんは池に向かってずんずんと進んでいく。その勢いにつられてCも後をついていく。

またしばらくして、道が開けて山間では珍しい葦の茎と葉が靄の中に並んでいるのが見えた。葦の茂みはその向こうにある池の様子が見えないくらいの濃さだった。

「ここを通るの?かんちゃん!待ってよ!」

思わず、躊躇するCは長靴なのをいいことにどんどん進んでいくかんちゃんに呼びかける。

「なにやってんだよー、はやくこいよー!」

かんちゃんはCに返事を返して、すぐに茂みを通り抜けていった。

茂みを前に逡巡するCを尻目にそのむこうでは緩やかな水の音がして「水つめてー!きもちーぞ!」というかんちゃんの声が聞こえてきていた。

いよいよCが池まで行こうと覚悟を決めたとき、それまでかんちゃんの立てるちゃぷちゃぷという穏やかな水の音が、突然バシャバシャという激しいものに変わった。つづいて、苦しそうなかんちゃんの「たすけて…!」という声が聞こてきた。

Cは何が起きたのかわからず、一瞬その場に凍り付いたあと怖くてその場から村へ走り出していた。

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山道を駆け抜けて、釣り竿とバケツを通り過ぎて、両親の居る家に一目散に飛び込んだ。息を切らしながらも、何事かとCをみる両親にかんちゃんが溺れたかもしれないことを何とか伝えた。場所も大池の向こうにある池だと言った。

だけれども、それを聞いた父も母も大池の先には池は無いと怪訝そうにしていた。

それでも、大人たちは直ぐに集まってCの案内と一緒にかんちゃんを助けに来てくれた。

Cはあの池に行った道順どおりに進んだつもりだった。しかし、柳の林も葦の茂みもみつからなかった。暗くなるまで探して、それでもかんちゃんは見つからなくて、その後もCの一家が家の建て替えを理由に引っ越しするまで、かんちゃんは行方不明のままだった。

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それからずいぶん経って、大人になったCは土木会社に就職していた。

ある日、仕事の企画にかんちゃんが行方不明になったあの山の開拓事業が入ってきた。山を切り崩して何かに利用するらしい。

内容は樹木の伐採と池の埋め立てと整地だった。もちろんCも現場に入ることになっていた。現場に向かう車の中で同乗している先輩に「俺むかしここの村に住んでたんすよ」などと世間話をしながら既に廃村になっている村の廃墟を見ながら思い出に浸っていた。

現場は棚田を更地にしてあって、山の入り口もだいぶん木を伐採していて、あとは池の水をポンプで抜いて埋め立てをするばかりになっていた。

そのポンプを設置していると、だんだんと山の上から靄がおりてきて、空気もひんやりとしてきた。Cはかんちゃんがいなくなった日のことを強く思い出してきていた。

「C-……!」

ふと、靄のむこうからかんちゃんがCを呼ぶ声が聞こえた気がした。Cはポンプを設置する手をとめて気が付けば同僚や先輩がどこにいくんだ!と止める声も聞かずに靄の向こうに走り出していた。

草の生え放題になった山道をかけていくと、段々と針葉樹が柳の林に変わっていって、伸び放題の草の中に葦がちらほらと混じってきて,昔の記憶からくる強烈な既視感をCは感じながらそろそろあの葦の茂みが見えてきそうな所に来た時、葦の茂みの中に人の頭のような影が見えてきた。

大きさは丁度子供くらいで、Cはすぐにかんちゃんだ!と思って「かんちゃん!ごめん…ごめんよ!あの時助けないで逃げてごめん!」と叫びながら駆け寄っていった。

距離が近くなって、それの正体がCの目に映る。

それはちいさな頭蓋骨の中に穂先を束ねられて伸びている葦の束だった。

かんちゃんは、なんとか助かろうとして茂みを抜けてここまででてきていたのだった。

Cはただただ、かんちゃんに謝りながら泣いた。

少しして、Cを追ってきた先輩と同僚が追い付いてきて、頭蓋骨に縋りつくCをみつけて。それから頭蓋骨を見つけたことで警察に通報した。死体が見つかったこともあってその後少しの間、開拓は中止されたが、半年ほどして滞りなく行われて今は山の池はすべて埋め立てられてしまった。

かんちゃんが行方不明になったあの日、かんちゃんに何があったのか未だにわかっていない。

Concrete
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