長編13
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響く松韻【藍色妖奇譚】

 飛燕が目を覚ました時には、既に午前十時を過ぎていた。昨日の疲れが出たのか、少し怠い体を起こしながら、通知ランプの点滅する携帯を手に取る。メッセージを開くと、葛城から「風花に来てほしい」といった内容の文が送られていた。

「葛城さん、何かあったのか」

 独り言の後に欠伸をし、布団から出ようとする。その時、飛燕の視界に何かが入った。天井の隅、髪を小さなお団子の形に結った着物の女性が、妖艶な笑みを浮かべて飛燕を見ている。

「おはよう、坊ちゃん」

「多比・・・勝手に入らないでくれよ。びっくりしたじゃん」

 昨晩から飛燕の式になった多比という妖怪だ。彼女は元々、飛燕の父である織川誠の式だったが、誠の死後は行方知れずになっていた。昨日の一件で再び飛燕たちの前に姿を現した彼女は、また以前と同じように織川家の式として仕えることを誓ったのだ。

「てへへ、坊っちゃんたら可愛いわねぇ。ほんと食べちゃいたいくらい」

「朝から性欲すごいですねお姉さん。そんなことより松毬は?」

「別に性的な意味で言ったわけじゃなかったんだけど・・・まっちゃん?部屋で寝ちゃってたわよ」

 多比の言葉に飛燕は「そうか」とだけ答えると、布団を出て着替え始めた。

「葛城に呼ばれたんでしょ、御供したほうがいい?」

「いいよ、一人で行ってくる。多比は松毬と一緒にいてやってくれないかな」

「はーい。気を付けていってらっしゃい」

 着替えを終えた飛燕は昨日と同じ荷物の入ったポーチを腰に巻き、居間にあった菓子パンを手に取って家を出た。歩きながらパンを食べて風花に向かう途中、道の向こう側から白装束に身を包んだ少女が歩いてくるのが見えた。歩いてくるというよりは、飛んでくると表現したほうが正しいのだろうか?翅を広げ、地面の少し上を浮遊している。

「あれ、繭子さん。何してるんですか?」

「どうも飛燕さん、ただの散歩です」

 白装束の少女は繭子といい、飛燕の弟子である桜田愛奈の用心棒だ。彼女は散歩が趣味で出歩くこと自体は珍しくないが、相方の愛奈と別行動なのは少し意外である。理由を問うと、愛奈は少し風邪気味で家にいるとのことであった。

「マジか・・・昨日ちょっと無理させちゃったかな。お見舞い行きたいけど用事あるから、愛奈ちゃんにはお大事にとお伝えください」

「承知しました。飛燕さんのせいでは無いので、お気になさらなくても大丈夫ですよ」

 繭子はそう言って優しく微笑んだ。飛燕は彼女へ礼を言うと、再び風花に向けて歩き出した。

 風花に着き、openの看板が掛けられた扉を開く。店内にいた葛城は飛燕の顔を見ると、早速奥の間まで招いた。

「お疲れのところ申し訳ないね~飛燕君。で、その後なんだけど、松毬君の調子はどう?」

 葛城は飛燕にコーヒーを出しながら訊ねた。昨日のことは、おそらく潮や弦斗から聞いたのだろう。

「今は家で寝てます。まぁ、昨日の夜は色々話してくれたんですけど」

 昨夜、飛燕が松毬から聞いた話をすると、葛城は困った様子で少し俯いた。

「オトロシの事件か・・・あれは~、私も生まれる前のことだからなぁ・・・。私の父が討伐隊に参加したらしくてね。当時の報告書は残っているんだが・・・」

 そう言って葛城が差し出した資料に、飛燕は一通り目を通す。文中には確かに、大原貞之と大原留子の名があり、松毬からは語られなかったオトロシ討伐の様子まで詳細に記載されていた。

「討伐隊の三人が重症・・・死者は出なかったにせよ、ひどいですね」

「そうだね・・・討伐隊のメンバーに、斎藤享太郎さんって名前があるじゃない。その人ねぇ、もう八十過ぎのおじいさんだけど、未だにお元気で一昨日うちにも来てくださったよ。松毬君に会ったと言っていたんだが」

 飛燕は斎藤享太郎という名を聞いて、思わず立ち上がった。松毬の話に出てきた人物、貞之の弟子である。

「この前、松毬が友人に会ったと言ってたんですよ!もしかして・・・」

 飛燕がそう言い掛けた瞬間、店員の津島が血相を変えて奥の間に入ってきた。

「マスター、たったいま山宮さんから連絡があったんですけど、土蜘蛛らしい目撃情報があったって・・・この前調査したときは見付からなかったのに。もうあの辺で行方不明者も出てるし、どうしましょう・・・!」

「まさかとは思っていたけど、土蜘蛛かぁ・・・笠野君は、だめだ・・・狒々の討伐で遠征してるんだ。吉田君、怪我が完治してないけど、東君のサポートで何とかならないかなぁ」

 吉田と東は清風術の邪鬼祓いだが、東はまだ弟子という立場であり、師匠の吉田が負傷しているとなれば二人であれ討伐には危険が伴う。

「僕が行きますよ」

 飛燕の言葉に、葛城と津島が顔を見合わせる。

「飛燕君、ここ最近出突っ張りじゃないかい?無理すると体がもたないよ・・・」

 不安げな顔でそう言った葛城に、飛燕は「大丈夫です」と笑顔で返した。

「任せてください。早いうちに退治しないと、被害が増えるだけですから。ラブ&ピースのために戦ってきます!」

 葛城が飛燕の言葉を聞いたのち、真剣な表情で頷いた。

「分かった。無茶はしないようにね」

 風花を飛び出した飛燕は急いで帰宅し、ポーチの中へ折り紙を補充した。居間にいた多比と松毬に事情を話すと、多比が呆れ顔で溜め息を吐いた。

「坊っちゃん、こんなときにお化け退治なんてするつもり?そもそも最近働きすぎだってまっちゃんから聞いたわよ」

「仕方ないね。土蜘蛛はそこそこ狂暴だし、野放しにしておけば被害が増える。それに、こんな時だからこそ行くんだ。ね、松毬」

 飛燕の言葉に松毬は首を傾げる。飛燕の言いたいことは、香吹山で繭子と再会した時に松毬が話したことについてだ。誠に託された役目、飛燕の傍に居続ける。それが式である自分の役目だと。

「あの時、香吹山でお前が言った言葉が嘘とは思えない。いや、嘘だなんて言わせないよ。お前が本当に大事なのは、もう復讐することだけじゃないよな?」

「それは・・・」

「僕には松毬が必要だ。お前の言ったことが嘘じゃないって、一緒に来て証明してくれないか?」

 松毬は飛燕を戸惑いがちに見ていたが、少しするとその場に立ち上がり無言で頷いた。彼女の目は、少しだけ光を取り戻していた。

 土蜘蛛と思われる邪鬼が目撃された現場は、よくある小さな山の付近だった。山は松林のすぐ近くにあり、最初の目撃情報があったのはその松林である。この町には松が多く、観光名所としての松原があるほどだ。

「坊っちゃんが土蜘蛛の討伐ねぇ・・・ちなみに、やったことはあるの?」

「見学一回、サポート一回。一人での討伐は初めてだけど、本気でいけば確実に倒せる自信がある」

 多比の問いに、飛燕は折り紙鳥を空に放ちながら答える。それなりの自信と秘策があり、いくら土蜘蛛が狂暴とはいえ二度も討伐の様子を見ていればコツも掴めるのだ。

「大した自信じゃないの。まぁ、頑張ってね~」

「え、多比も僕の式なんだから手伝ってよ。契約したじゃん」

 飛燕は立ち止まって多比を見た。彼女と松毬も歩くのを止め、飛燕の顔に目をやる。

「やだぁ、あたし蜘蛛嫌いだもの」

「まっ、お前も蜘蛛じゃん!」

 飛燕の言葉に多比は目を細めて頭を振った。

「あたし蜘蛛じゃなくて絡新婦よ~!大体、契約なんてしたかしら?昨夜は寝ぼけてて記憶に無いかも~」

「昨夜ってこと覚えてるじゃん!ったく、そんなに僕の式になりたくないの?」

 多比の言っていることが冗談だというのは、飛燕も分かっている。彼女の態度は、普段ふざける時のものと同じだ。

「冗談よ!坊っちゃん大好き。お耳舐めたげる」

「やめるんだ変態!僕は松毬に耳を舐められたいんだ!」

「アンタも変態じゃない」

 飛燕たちの唐突な茶番を暫く見ていた松毬だったが、やがて頬を赤らめて吹き出した。

「旦那様、何をおっしゃるのですか!それセクハラですっ!」

「えへへ、僕はそれだけ松毬のことが大好きなの。勿論、多比のこともね」

「いやん、坊っちゃんに告白されちゃった」

 昔と同じように多比と冗談を言い合えるのも嬉しいが、松毬が普段通りの調子を取り戻してきたのが何よりも嬉しく、それが飛燕たち二人の狙いであった。心の状態が良くなければ、出来ることも思うようにいかなくなってしまうからだ。

 土蜘蛛の目撃情報があった場所に繋がる広場へ辿り着いた頃、先程飛ばした折り紙鳥たちも飛燕の元へ戻ってきた。四羽全てのサインを確認したところ、三羽はアタリ無しのようだが、一羽だけが飛燕の頭上で一周回った。

「お、でも一羽だけ脈ありか。隠れてるのかな」

 首を傾げる飛燕に、多比が一周回った一羽の折り紙鳥を手に取りこう言った。

「空からじゃ分からなかったんでしょ。土に潜ってるのよ」

 飛燕は納得した。土蜘蛛のような地に潜る邪鬼を捜索する際は、上空から探すよりも地上で探したほうが効率的だ。

「でもさぁ、折り紙が蜘蛛の巣に捕まっちゃったら意味ないじゃん。だから燕にしたんだけど」

「まぁ、脈ありだしこのまま行っちゃいましょう」

 多比がそう言って折り紙鳥を飛燕に手渡した。飛燕はそれを右手に持つと再び空へ放ち、折り紙鳥の案内で現場に続く細い山道を登り始めた。そこは山と言っても非常に小さく、土蜘蛛が潜むには少々狭苦しい場所である。道を進むにつれて、飛燕はあることに気が付く。

「妙だな、蜘蛛の巣に引っ掛からない。本当に土蜘蛛いるのか?」

 本来は土蜘蛛の潜んでいる場所に蜘蛛の巣が多く張られているはずだ。それが全くと言っていいほど見当たらない。

「坊っちゃん」

 ふと、飛燕の後方から多比が声を掛けてきた。振り向くと、多比と松毬は数メートル離れた場所で立ち止まっている。

「あれ?二人ともどうしたの!」

「旦那様、お足元が大変なことになってます・・・」

 松毬の言葉で、飛燕は自分の足元に目を移した。蜘蛛の糸が大量に絡みついていたのだ。

「うわっ!マジかこれ・・・!何なんだよ・・・っていうか何で教えてくれなかったのさ!」

 慌てて蜘蛛の糸を掃う飛燕を見て、多比がクスクスと笑いながら近付いてくる。

「だって面白かったんだもの~。どうして気付かないのかしらと思って」

「そんなの僕が訊きたいよ!も~・・・でも何で、こんな下ばかりに巣を?」

 飛燕の問いに多比は首を傾げる。どうやら、このような事態は異例らしい。

「何なのかしらねぇ~。もしかすると、この土蜘蛛は一筋縄ではいかなそうよ」

「そうか・・・まぁ、頑張るしかないですね。ここまで来て倒さないと意味無いし」

 飛燕は折り紙術で足元の蜘蛛糸を掃いつつ歩を進めた。蜘蛛糸は足元に密集しているせいか量も多く見え、その割には蜘蛛の姿が全くと言っていいほど見当たらない。

「あそこだな、たぶん」

 飛燕は行き着いた広場の不自然に草が掘り返された地面を見て言った。まるで巨大なモグラが潜んでいるかのようだが、その上は蜘蛛の巣で覆われていた。余談だが、実際に土竜と書いてモグラと読む邪鬼は存在し、それもまた地に潜る習性がある。動物のモグラとは外見がかけ離れており、犬のような顔に蛇の胴体を持つ、龍に少しだけ似たものだ。

「坊っちゃん・・・土蜘蛛は土の上に巣を作ったりしない」

 多比の言葉を理解するのに、少しだけ時間がかかった。飛燕は意味を考えつつ、彼女の真剣な声色に身構える。その瞬間、地鳴りと共に土色の巨体が巣を破り地上に姿を現した。土蜘蛛とは色も容姿も違う。飛燕がその邪鬼を目にしたのは初めてであった。

「あれは・・・」

 愕然とする飛燕の横で、多比が巨大な蜘蛛を睨みつけている。背後では松毬が刀を抜き、緊迫した様子で呟いた。

「地蜘蛛・・・」

 地蜘蛛とは土蜘蛛の亜種であり、蜘蛛の仲間『ジグモ』と姿がよく似ているため、そう名付けられた邪鬼だ。出現頻度としては非常に珍しいもので、五十年に一度出るか出ないかというほどである。

「あーあ、だから地面スレスレに巣なんか作ってたのね~。ごめんなさい坊っちゃん、気付かなかったわ」

「大丈夫!やってやるぜ、この僕が」

 飛燕の声は少し震えていた。地蜘蛛が持つ巨大な牙に威圧されたというのもあるが、邪鬼祓いは常に命懸けで、どれほど強い力を持っていようとも異形の者を前にした時の恐怖心は決して消えない。それでも戦うのは、何かを想う強い気持ちがあるからなのだ。

「多比、蜘蛛の子散らさないように結界張っておいてくれ!」

 飛燕がそう言いつつ、折り紙鳥と折り紙犬をいつもより多めに放ち、口元に枝笛を持ってくる。

「六の巻・狂乱舞。ピッピッピィー!八の巻・襲撃。ピィーピィー!」

 笛の音を合図として折り紙動物たちは一斉に攻撃を仕掛け、それと同時に多比の蜘蛛糸結界も完成したようだ。地蜘蛛は攻撃を受けると更に暴走し、鋭い牙で折り紙を裂いていく。飛燕は追加で折り紙を放つと、続けざまに指示を出した。

「四の巻・咆哮。ピッピィー!多比、ヤツが怯んだら動きを封じて!次に松毬、脚斬り落として!」

 飛燕の指示で動いた折り紙犬たちは、暴れる地蜘蛛を取り囲むと強く吠え出した。僅かながら怯んで隙を見せたところを多比は見逃さず、標的を睨みながら素早く糸を張った。妖術を使っているからなのか、彼女の腰辺りには普段隠している黄色と黒の脚がはっきりと見えている。

「今だ!松毬!」

 飛燕が言うや否や、松毬は迷うことなく地蜘蛛目掛けて疾駆した。

「はぁーッ!」

 響く鈴の音と共に、地蜘蛛の脚は次々と落とされていく。刹那、不意に大きく振り翳された地蜘蛛の牙に、松毬は避ける間もなく突き飛ばされた。

「きゃっ!」

「まっちゃん!」

 多比が咄嗟に地蜘蛛の動きを封じ、松毬へと駆け寄る。地蜘蛛の脚は残り三本、抵抗する巨体がバチバチと糸の束を引き裂く。その不穏な音が、飛燕の鼓膜を振動させた。

「松毬、大丈夫か?」

 飛燕が歩み寄ると、松毬は険しい表情を浮かべながらも立ち上がった。

「大丈夫です、すみません・・・」

 飛燕は彼女の頭を撫でると、未だ抵抗し続けている地蜘蛛を見た。

「ありがとうな、あとは僕に任せといて」

 そう言って風車を手に持った飛燕は、地蜘蛛との距離を詰めると全身で風を纏うように体を一周させて構えた。

「六段・裂空の陣!」

 清風術六段・裂空の陣は、使用する際に全身で風の抵抗を激しく受けるため、非常に体力を必要とする高度な術だ。風車は空気を裂いて地蜘蛛に直撃したが、消滅までには至らず未だ巨体は苦しみ悶えている。

「しぶといな。けど、脚が三本しか残ってない蜘蛛には負けないぜ」

 飛燕はそう言うと地蜘蛛の上に飛び乗り、続けて術の構えを取る。

「よっとっと・・・七段・爆風波!」

 至近距離で放たれた術に巨体は爆発し、周囲に飛散した体の一部は次々と消滅していく。飛燕は術を打ち込んだと同時に地蜘蛛から飛び降りたので、爆発の直接的な影響を受けることはなかった。

「ふぅ、任務完了。報酬いくらかなぁ」

「お疲れ様、坊っちゃん。地蜘蛛だって証拠が無ければ土蜘蛛と同じなんじゃないの?」

「安心してください、動画撮りましたよ」

 飛燕はそう言って、近くの木に立て掛けておいた端末を手に取った。

「はぁ、ちゃっかりしてるわねぇ。近頃の道具は便利だわ」

 多比が溜め息を吐いて苦笑する。その隣、立ったまま少し俯いている松毬に飛燕は目を向けた。

「松毬、おつかれさま」

 飛燕の言葉で彼女は顔を上げた。まだ迷いがあるらしく、その表情は曇っていた。

「あの、すみませんでした」

「今更なにを謝る必要があるのさ。これで証明された。あの時の言葉は嘘じゃないし、それに、出会った時から松毬は僕の大事な仲間だよ」

「旦那様・・・!」

 松毬はどこかホッとした様子で表情を緩めた。今回の件など、飛燕からしてみれば大したことでは無く、彼女を責める気は全くなかった。それでもしっかりと証明させたかったのは、これから松毬が自身を責めないようにするためである。彼女が今まで一人で背負ってきたものを、全て肯定した上で再び迎え入れたかったのだ。

「これからもよろしく、松毬」

 そう言って差し出した飛燕の手を、松毬はそっと両手で握った。

「はい!」

 彼女の笑顔は、いつもより美しい気がした。

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 事後報告のため風花に戻った飛燕は、地蜘蛛との戦闘風景を撮影した動画を葛城に見せた。彼は暫く険しい顔で動画を見ていたが、不意に飛燕を見てこう言った。

「飛燕君、地蜘蛛を一人で・・・ごめんね、情報不足のまま向かわせちゃって」

「いえ、多比と松毬がいたので大丈夫でしたよ。それより地蜘蛛って、五十年に一度出るか出ないかって感じなんですよね?」

 飛燕が問うと、葛城は腕を組んで「うーん」と唸った。

「そうなんだけど・・・おそらく、今回は以前出た時から二十年も経ってないんだ」

 そうなのだ。そして飛燕の父、織川誠も地蜘蛛の討伐に参加していた。

「父さんから聞いたことあります。確か、葛城さんと父さんの二人で討伐したとか」

「そうそう、まさか親子二代で地蜘蛛退治をするなんてねぇ。ちょっと異例なんで、調査する必要がありそうだね。あと報酬なんだけど、これから総本部と話し合って決めるもんで、今月は待っててくれないかな」

 葛城が申し訳なさそうに頭を掻いた。飛燕は「大丈夫です」と言って笑った後、首から下げていた枝笛を手に持った。

「実は、今度ちょっといい買い物しようと思ってて貯金してるんです。まあ、松毬の漫画も買わなきゃですけど」

「アハハ、そうだね。いい買い物か~、笛かな?」

 葛城が飛燕の手にある枝笛を見て言った。飛燕はそれを首から外し、わざとらしくポーチに隠す。

「へへ、内緒です。では、そろそろ失礼しますね」

「ああ、またね。お疲れ様~」

 風花を出た飛燕は、店の前で待っていた多比と松毬に笑顔で礼を言った。

「ありがとう。ちょっと、コンビニ寄ってから愛奈ちゃんの家行ってもいいかな?風邪引いちゃったみたいで、お見舞い行きたいから」

「承知しました!」

「はいよ~、いいんじゃない」

 陽が沈む前の町、三人並んで歩く道にできる影は一つだけだ。それでも飛燕は人と妖怪の絆を、二人といられる時間を大切にしたいと思うのであった。

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