中編7
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無罪

国選弁護人として被疑者の佐々木と接見していた。

長らく弁護士としてやってきたが、今回の事件は極めて異常だ。

正直、関わり合いたく無い案件だった。

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「佐々木さん、あなたには精神鑑定を受けていただきます。事件当時、あなたは心神喪失の状態だった蓋然性が高い。」

目の前の女性が被疑者の佐々木。

まだ26歳の女性。

事件当時は大企業の、いわゆるOL。

端正な顔立ち、化粧もしていないが美しい。

緩やかなウェーブの黒い髪と大きな瞳が印象的だ。

事件を知らなければ誰も彼女が人を殺害するようには思えないだろう。

ただ…、

自分は普段は目を見て話すようにしているのだが、彼女の瞳を見つめていると闇に飲まれるような錯覚に陥る…。

瞳の奥に言い知れぬ深い狂気を感じ、視線を逸らした。

彼女は静かに答える。

「精神鑑定…それは嫌です。」

「なぜですか?」

「…私のやった事を否定されるような気がして。」

「否定なんてしませんよ。ただ、責任能力の有無について判断する上で必要な事なのです。」

「先生の仰る事は分かります。私の事を異常だと思っているのも。でも私は人を一人殺していますから、責任は有りますし私のやった事は間違っていません。」

『異常』という言葉に、心の中を見透かされたようで驚いたが平静を保つ。

「異常だなんて…。しかし、このままでは極刑の可能性だってありますから。」

彼女は時折、何か掴むような仕草や横を向いて見上げるような動作をしている。

「死刑って事ですか?…それは困ります。」

「であれば、精神鑑定を受けて、その結果で今後の方向性を検討しましょう。」

留置場を後にした。

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数日前から、私は佐々木の日記(写)を証拠品の中から取り出し読んでいたのだが、再び読み返すことにした。

最初は楽しそうな日常と少しばかりの愚痴が書き込まれていた。

しかし、ある日を境に豹変した。

『3月21日、彼が同じ課の里菜と親しそうに話していた。嫉妬かな…あまり彼と親しくしないで欲しい。』

『3月23日、里菜に「彼に近づかないで」って言ってしまった。同期だから仲良くしていたかったのに。』

『3月27日、彼と里菜が二人きりで食事していた…許せない。』

『4月15日、社内で二人が付き合ってるって噂が出ていた。みんな、私に気を使っているのが分かる。かえって辛い。』

『4月21日、なぜ彼を奪ったの?何であんな女と?考えて出すと止まらない。私より美人ならまだ許せる、顔もスタイルも仕事ぶりも私より劣るのに。』

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この続きは、かなりショッキングな内容だ。

検察は事件の残虐性を訴えてくるだろう…。

ちょっと休憩しよう。

「失礼します、コーヒーお持ちしました。」

「ありがとう。」

(女性の心理は女性に聞くのが一番か…)

「山田さん、今回の事件どう思う?」

山田女史は困惑した表情を浮かべながら答える。

「私にはあんはこと出来ませんね…。正直、理解出来ませんし、したくも有りません。私が仮に先生の事が好きでも、絶対に同じ事はしない。いいえ、彼女以外の世界中の誰も、あんな残虐なことしませんよ。」

(相変わらず、ズバリと言うな。)

今回の事案を請ける事になって彼女は随分と不機嫌だ。簡単に弁護を降りる事が出来ないのは承知しているから表立っては何も言わないが、近年稀にみる猟奇殺人の弁護を請けた事に苛立っているようだ。

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日記の続きを読み返す。

『5月2日、二人が話があるとマンションを訪ねてきた。飲み物に睡眠導入剤を入れて眠らせ、二人を椅子に縛り付け、向かい合わせたに座らせた。』

『数時間後、二人が目を覚ましたけど、事態が飲み込めていないようだった。』

「里奈、あなたが悪いのよ。忠告したじゃない、近づくなって。」

手始めに一本づつ、里奈の指を切り落とした。

最初は右手薬指から…。

小指からにしようと思ったけど、指輪が目障りだったから。

抵抗したけど、両手も肘掛けに縛り付けておいたから綺麗に切れた。

血が滴り落ち、断面から骨が見える。

涙を流し化粧が落ちてぐしゃぐしゃ、こうなると益々ブスね。

彼はずっと何か喚いている、口を塞いでいるから声にならないけど。

次いで、右手の小指を切り落とす。

身動き取れない中でもがき、声が出せないまま叫んでいる。

左手の小指を切る、ロープが少しゆるんでいて暴れたから切り口がぐちゃぐちゃになっちゃった。

中途半端に切られた指がダラリと垂れる。

指ばっかりじゃつまらない…。

アイスピックを里奈の太ももに突き刺す。

一回…二回…三回…四回。

静かになった。

痛みと恐怖で失神したみたいだ。

女は痛みに強いっていうけどダメなのね。

向いに座る彼は此方を睨んでいる。

そんな目で見ないでよ…。

血塗れのアイスピックを手に彼に近づく…

首を横に振り、喚いている、近づくにつれ恐怖が増しているようだった。

「怖がらないで、貴方にはこんな事しないよ。愛してるから。全て終わったら、私と一つになるの。」

里奈の方を振り返ると、すでに床に血が広がっている。血だけでは無い…失禁したのか椅子の下は尿で濡れていた。

このまま死なれても困る…もっと苦しまないといけないのよ。

里奈を叩き起こした。

「ほら、彼のほう見て」

彼女の後ろに回り、ロープで首を締める。

もがき苦しむ里奈。

ロープを緩める。

まだ死なせない。

彼の表情も堪らない。

ピアスを耳たぶごと引きちぎる。

ジタバタと小さく動く里奈。

目を閉じる彼。

「目を閉じちゃダメ。目を開けなさい。」彼の耳元で囁く。

彼は小さく震えていた。

里奈のブラウスを引き裂き、胸を露にした。

胸に大きく×印を刻んでから、左胸の乳首を掴み切り取った。

悶える里奈。

切り取った乳首を床に落とし踏みつける。

里奈はカタカタと震え始めた。

(もう、もたないかな)

里奈の後ろに回り、彼に向かい言った。

「分かる?貴方もいけないのよ。この女の事は忘れなさい。これからは私の事を愛すのよ。」

固まったままの彼。

「返事は?」

小さく首を縦に振る。

再び里奈の首にロープを巻き締め上げた…ゆっくりと。

時折緩め、また締めつけ、なるべく苦しむように。

動かなくなった里奈を椅子ごと蹴飛ばし、天井を見上げる姿勢にした。

息をしていないのを確認してから彼の前へ。「貴方は私と一つになるの。」

彼の心臓に包丁を突き立てる。

肋骨と肋骨の間に綺麗に入った。

包丁を抜き取ると鮮血が吹き出し、床も壁も服も血塗れになった。

あまり体を傷つけたくないけど難しい…でも何とか心臓を取り出せた。

彼の心臓を生のまま食べた…

これで彼は私のもの…

一つになれる…

誰にも渡さない…。

愛してる…。

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やはり気分が悪くなる内容だ。

だが、日記や佐々木の行動から計画性は無かったと主張できるはずだ。

里奈と男が付き合っていると噂になったのが半年前。

ラインの履歴を見る限り、佐々木のもとを訪ねると言ってきたのは里奈達の方だ。

彼女達を縛り付けていた頑丈な椅子を購入したのは一年半前。

殺害に使われた凶器の包丁を購入したのも、料理教室に通うようになった一年ほど前。

睡眠導入剤は数年前から佐々木が処方されていたものだ。鬱の診断を受け通院履歴があった。

スマホやパソコンからは殺害方法等を検索した履歴は無かった。

計画性は無かった…。

だが、本当にそうだろか?

社内で交際が噂になったのは半年ほど前だが、実際は一年以上前から交際していたらしい。その頃から佐々木は知っていたのではないか?

ラインでは里奈達から訪問の打診があったが、その前に数回通話があった。訪問するように誘導したのではないか?

料理好きにしても、あまりに大きな牛刀。

殺害方法だって、インターネットカフェなんかでいくらでも調べられる。

だが、あくまで可能性の話。

客観的資料にはならない。

しかし、一体何が彼女をそうさせたのか…。

調べた限り、佐々木と被害男性は決して親しくはなく、佐々木の一方的な恋愛感情が暴走したようだ。

そして、面会時から気になっていた。

「…人を一人殺している…」

なぜ“一人”と言ったのか。

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裁判官は「極めて残虐」としながらも、「突発的な犯行で計画性は無かった」と判断した。

肝心の責任能力については、「責任能力が無かった」とされた。

精神鑑定の結果、心神喪失が認められた事。

通院していたクリニックの診察歴や、両親が幼い頃に離婚し、引き取られた母親から虐待を受けていた事などから幼少期の心の傷が影響したとして、総合的に判断された。

間違いなく上告されるが、最高裁までもつれても無罪は覆らないだろう。

近いうちに彼女は社会に出てくる。

また同じように犯罪を犯したら?

いや、それは無い。

彼女はもう、欲しいものを手に入れたのだ。

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彼女の狂気に…心の闇に近づき過ぎたのか…最近、私には幻影が視える。

佐々木の傍らに男の姿が。

左胸の大きな空洞、骨や肉が剥き出しになっているが、その中は影になり何も見えない。

人として正しいのか分からないが、私は弁護人としてやるべき事をやった。

彼女は、無実だ。

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