中編7
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もう1人の同居者

私は不動産業を営んでいるが、売買しか看板をあげていないため、賃貸はどうしても・・・。と頼まれた数回しかしたことがない。

未知の世界のため、賃貸をしている会社の従業員の話は面白い。売買はもう結婚した方が買われる場合がほとんどで、基本的に常識的な方が多いが、賃貸は変わった人もけっこういるようだ。

いきなり案内車の中で裸になる若い女性の話とか、恐らく1ヶ月はお風呂に入ってないであろう人の案内の話とか、カッパの生息しているかもしれないアパートとか・・・面白い話は上げるとキリがない。

しかし、幽霊のいるアパートの話などは聞いたことはなかった。

その時までは・・・。

ある不動産会社の新入社員の話。新入社員のスペルを取って「S」としたい。

Sは自宅から車で1時間かけて職場に来ていた。大学も同じように通っていたので、問題ないと思っていたが、やはり大学と職場では帰る時間も違えば、疲労度も違う。

不動産会社ということもあり、一人暮らしを考え始めた。しかし、社会人一年目・・・お金がない。

高いアパートには引っ越しは出来なかった。だが、ある時、すごく安いアパートを見付けた。もちろん古さもあるのだが、敷金礼金もいらないという。敷金がいらない物件は出るときにお金がかかってしまうのでは?とは考えたが、「ある程度までは修復不要。」と記載があった。

早速、先輩社員に相談してみる。

「おい!そこだけはやめとけ!出るらしいぞ・・・。」

「えっ?事故物件なんですか?」

「いや、そんな記録はない。その出るという部屋で誰も死んだことはないし、アパートが建つ前に事故や事件、火事があったという記録もない。だが、借りていった人が出ると言って、すぐに出ていくんだ・・・。」

ちょっと不気味ではあったが、価格はすごく魅力的であった。

それまで幽霊を見たことなどなかったSは先輩社員の反対を押し切り、そのアパートへ決めた。もちろん、大家さんは大いに喜んでくれて、ただでさえ安い家賃を少しばかり値引いてくれたらしい。

暮らしはじめて、3ヶ月。

特に変わったこともなく、幽霊の話も忘れかけていたある日の晩。

いつも通りにベッドに入ると、夜中に目が覚めた。何時だろうか?寝て間もない気もするし、後少しで朝のような気がする。

とにかく、気にもしなくて良い時間が気になって、ベッド脇に置いてあるスマホに手を伸ばした。

その時、人の気配を感じた。

すぐにあの話を思い出して、伸ばした手を引っ込めて、布団の端を持ち頭まで布団をかぶった。

「さ………。」

「………よ。」

その何かが声にならない声で話している。………いや、話しかけているのか?

(南無阿弥陀仏…。成仏してください。成仏してください。助けてください。助けてください。)

布団に潜って、何回唱えたか分からない。もうどのくらい経ったのだろうか?

気付いた頃には気配はなく、外は朝になっていた。

(気のせいだったのか?いや、確かに………。)そう思いながらも、仕事に行く時間。仕方なく、着替えと準備を済ませてアパートを出る。

会社に行く途中、色々なことを考えていた。

(あれが何だったのか?)ではない。そんなこと考えても答えが出ないことは分かっていた。

まずは引っ越しのこと。でも、これは出来ない。大屋さんに良くしてもらってる手前もあるし、先輩社員が反対したのに押しきって住んだのに先輩の言った通り思い通りになるのが、嫌だった。………そして、不動産に勤めている自分をはじめて恨んだ。

………そうだ!

「おはようございます。」

「ああ、おはよう!」

「先輩、今日の夜空いてます?」

「空いてるよ?なんで?」

「良かったら、先輩家で飲みません?」

「俺ん家、なんで?」

「いや、引っ越したばっかりで、レイアウトとかまだ考え中で、先輩の家も参考にしたいなぁ。と。」

「まさか、お前、出たんじゃないか?」

「………出た?何がですか?」

「決まってるだろう!幽霊だよ!幽霊!」

「ああ!なんかそんな話もありましたね!忘れてました笑」

先輩の家で飲んで、酔って、そのまま泊まらせてもらう作戦がこの時点で破綻していた。

「なんだ!てっきり、幽霊が出たから家に帰りたくないんだろうかと思った笑。ごめんな、俺、今彼女と同棲中だから、それは無理やわ!」

「そうなんですね!いやいや、気にしないでください。レイアウトついでに、たまには飲みたいな!みたいな軽い気持ちで誘っただけなので!」

悟られないように口ではそんなことを言いながら、今日は実家に帰ろう!と考えていた。

「おっ!いいね!なら、飲みに行こうか?」

「えっ?」

「いや、たまには飲みに行きたい気持ちだったんだろ?俺ん家じゃ無理だけど、外ならOKだぜ!」

余計なことを言った!と思った。だが、もう一度口にした以上、引っ込みはつかない。

「じゃあ、お願いします!」

こうなると、車で実家に帰るのも不可能なので、頭の中でどこかホテルに泊まるプランに変更していた。

意外とその夜は盛り上がった。そのせいで、ホテルに泊まるというプランはすっかり頭の中から排除されていた。

相当に酔っていたせいか、アパートに帰っても幽霊のことなど忘れていた。ワイシャツのままぐでんぐでんでベッドに横になると、すぐに眠りについた。

恐らく、数時間後だろう。まだ、酔いが残っている。Sはまた目が覚めた。

やはり、何かの気配を感じる。

そして、また声なき声でその何かが呟く。

「さ…し…よ。」

今回は布団をかぶっていないせいか、この前よりかはなんと言っているかが聞こえる。

そして、恐怖心はそこまでなかった。何故なら、まだ酔いが残っていて、気が大きくなっていたからだ。Sは更に聞き耳を立てた。

「さ…し…よ。」

「さ…しいよ。」

「さびしいよ。」

(…!さびしいよ!って言ってるんだ!)

「さびしいよ…。」

「なんで?」

これにはSも自分で自分にびっくりした。気が大きくなっているせいで、つい返答してしまったのだ。

「聞こえているのかい?」

これははっきり聞こえた。今までのうめき声みたいな声は何だったんだろうか?はっきりとしゃべれるではないか!恐怖よりも、そんなどうでもいいことを考えていた。

「聞こえてますよ。」

「…嬉しいよ。S」

…………!

Sは幽霊の方にはじめて目を向けた!

「おばあちゃん!?」

「元気かい?S?」

Sはおばあちゃん子だった。小さいときから、両親は共働き。現在は母がパートになった為夫婦仲は良好だが、当時は母が正社員であり、帰りが遅くなることもしばしばで、子供や自分の飯のこと、浮気の疑いなどで、夫婦仲は最悪だった。

そんな環境から逃げ出すには、近くに住むおばあちゃん家に行くのが一番。喧嘩も見なくて済むし、母の帰りが遅くてもご飯がちゃんと時間通りに食べれた。

おばあちゃんが亡くなった時、Sは寂しくて寂しくてしょうがなかった。しかし、今思えば、Sが頻繁に訪ねていたせいか、両親はあまりおばあちゃんのことを良く思っていなかったと思う。………いや、確実に良く思っていなかった。

「おばあちゃんがなんでここに?」

「お前のことが心配になってね。あの世から訪ねて来たんだよ。」

「最初から、おばあちゃんだって、伝えてくれれば良かったのに!」

「だって、お前。最初は怖がっていただろう?相手から認識されない。それだと、こちらの声がなかなか届かないんだ。」

「おばあちゃん。いつまでこちらにいれるの?」

「そうだね。お前が、居て欲しいと思っている間かね。」

「だったら、ずっといられるね!」

「おやおや。嬉しいこと言ってくれるね。ありがとう。」

それから、亡くなったおばあちゃんとの同棲という奇妙な生活が始まった。

幽霊がこの世にいれる時間帯には決まりがあるのか、おばあちゃんと話せる時間は決まって夜中だった。それでも、Sはおばあちゃんと話せるのが嬉しくて嬉しくて夜中に起きては、仕事のこと、最近の家族のこと、趣味のこと…ありとあらゆることをおばあちゃんと話した。

どんなに落ち込むことがあってもおばあちゃんが慰めてくれる。どんなに怒っていてもおばあちゃんが逆に怒ってくれる。

Sは毎日が楽しくて楽しくてしょうがなかった。人生が楽しいと仕事も上手くいく。Sは入社3年目で係長となり、後輩も出来た。

この後輩の中に、いつもニコニコして誰にも優しく、仕事も出来るSに憧れる女性がいた。Sとこの女性は当然のように引かれあっていく。

交際を続け 、Sはついにプロポーズをすることに決めた。返事はもちろん「はい。」。

プロポーズと同時に同棲しよう!となったが、Sはおばあちゃんの説明に若干悩んでいた。夜中にしか出てこないので、その点は良かったが、彼女は理解してくれるだろうか?

いや!自分の愛した人だ!必ず理解してくれる!

その日、Sはおばあちゃんに報告した!

「おばあちゃん、俺、今度結婚するんだ!」

「おや。まぁ。本当かい?あのお前がねぇ。おめでとう。」

「今度、おばあちゃんにも会ってもらうからね!美人すぎるからって、腰抜かさないでね笑」

「いいや。その必要はないよ。」

「えっ?」

「お前の選んだ人だ。間違いがないに決まっているさね。」

「それでも、会ってもらいたいからさ。」

「Sや。お前は私が子供のように育てた孫じゃ、お前の優しさは私がよく知ってる。幸せになりなさい。………今まで楽しかったよ。そろそろ潮時だがね。時が来たんだよ。」

「何言ってるんだよ!ばあちゃん!」

「お前にはいい人が出来た。私を頼らなくても大丈夫。今度困ったことがあったら、何でも奥さんに相談しなさい。今まで、お前が私にしてきたみたいに。それで、きっと上手くいくよ。Sよ。元気でな。」

「そんなこと言わないでさ!………ばあちゃん?ばあちゃん!」

もう、おばあちゃんの返答も姿もなかった。

「今思うと、あのアパートの部屋ってこの世とあの世をつなぐトンネルの出口のような場所だったんですかね?」

Sは微笑みながら、こういう話を私にしてくれた。

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