中編3
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嗤う蜻蛉

朱焼けた晩夏の夕暮れ時。

虫捕りを終えた少年が独り、肩から蜻蛉のたくさん入った虫籠をぶら下げ、右手には使い古した虫捕り網を握って、それを高らかと掲げながら、意気揚々と帰り道を歩いていた。

少年はやがて、道の横手に木々が鬱蒼と生い茂る、薄暗い林がある辺りまでやってきた。

コロコロコロコロ……

リンリンリンリン……

シャンシャンシャンシャン……

林の中から、たくさんの虫たちが五月蝿く鳴いている。

……カサ……

「ん?」

何やら、林の奥の方から音がした。気になった少年は立ち止まって、その薄暗い林の奥の方を伺った。

……カサカサ……カサカサカサ……

やはり、何かが薄暗い林の中で動いている。少年はじっと、音のする方を凝視した。

一足先に夜の帳を纏った林の中に、さらに深く暗い、人影の様なモノが、ゆうらゆうら揺れている。

「なんだ、あれ??」

その影は近づく事もなく、かといって離れる事もなく、ただ、その場に止まったまま、ゆうらゆうら揺れている。

ゆうら……ゆうら……

気味が悪い。

そう思った少年は、すぐにその場から立ち去ろうとした。が、何故か足が動かない。それどころか、全身が固まった様に、全く動けなくなってしまっていた。眼球を除いては。

(なんだこれ!?なんだこれ!?)

キョロキョロと視線だけを左右に動かす。見える範囲は、暗い林の中だけ。その奥にいて、相変わらず揺れている影。少年はそこで、ふとある事に気がついた。

さっきまで、あれほど五月蝿かった虫たちの声がしない。まるで、周りに何も無くなってしまったかの様に、辺りは、しんと静まり返っていた。

(嫌だ!!ここから逃げ出したい!!)

激しい恐怖に襲われながらも、身体が動かない少年の耳に、更に恐怖を煽るような音が聴こえてきた。

……カサカサカサ……カサカサカサカサ……

(影が、近づいてきたのか!?)

そう思った少年は、すぐに影を見やったのだが、影は相変わらず、林の奥で揺れているだけだった。しかし、草を這うような音は、ゆっくりと、彼の方へ近づいてくる。

……カサカサカサカサカサカサ

ぎゅっ

「ひゃっ!!」

音が足元まで来たかと思った瞬間、足首を何かが握った。少年は、あまりにもビックリした拍子に、右手に握っていた虫捕り網を落としてしまった。が、どうやら身体が動く様になったみたいだ。そして、反射的に捕まれた足首の方を見下ろしてしまった。

「うわぁぁぁっ!!」

少年は途端に悲鳴をあげ、そのまま腰が抜けて、後ろに尻餅をついてしまった。彼の両足首には、林の中から伸びた黒い影の様な手が、がっしりと、しがみついていたのである。

シャンシャンシャンシャン……

リンリンリンリン……

コロコロコロコロ……

いつの間にか、辺りには五月蝿い虫の声が戻っていた。少年は尻餅をついたまま、キョロキョロと辺りを伺った。そして、改めて自分の足首を見てみた。が、自分の足首を掴んでいた影のような手はすでに無い。顔を上げて林の奥を伺うも、そこには、木々や雑草が、温い風に揺らめいているだけであった。

しばらくの間、少年は、魂が抜けたかの様にその場で呆けていたが、ふと我に帰ると、そそくさと立ち上がって、虫捕り網を地面に落とし忘れたまま、一目散に逃げ出した。

朱焼けた晩夏の夕暮れ時。

走る少年の肩からぶら下がった揺れる虫籠の中で、捕まったたくさん蜻蛉達が犇めきあい、まるで、キシキシと、少年を嘲り嗤っているように見えた。

Concrete
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