中編3
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白い蝶

「セラちゃんは、蛍は好きか」

私が5、6歳ぐらいだった頃、祖父母の家の庭で、蛍観賞をしていた時に、祖父から言われた言葉だった。

「うん…ピカピカしてるから、嫌いじゃないよ…」

すぐ目の前を飛ぶ蛍を見ながら、私は若干落ち込みながら答えた。

どうして落ち込んでいるのかというと、昔の私は、蛍は昼間でも光っているものだと思っていた。

しかし、数日前にその思いは破られた。

昼間、葉の裏にいたリアルな蛍を見て、大泣きをしたばかりだった。

「そうか」

その事を知っている祖父は、私を見て微笑んでいた。

「じゃあ、セラちゃんは何が好きなんだ」

「んー、何だろう…」

暫く考えた末に、

「蝶々が好き!」

と、私は笑顔で答えた。

そんな私の頭を撫でながら、

「そうか、じゃあ、お祖父ちゃんは蝶々になろう」

と、祖父が言ったところで記憶が途切れていた。

時が流れ、私が高校に入学した年に、祖父が闘病の末に亡くなった。

悲しみが大きすぎたせいか、葬式の時の記憶が断片的にしか思い出せなかった。

それでも、一番記憶に残っているのは、笑顔の祖父の遺影を挟むように、脇に置かれた蝋燭が、手を振るように、ゆらゆらと揺れていたこと。

空調はつけていたが、蝋燭にはあたらないよう、向きを変えてもらっていた。

人の動きで揺れているとも考えられたが、それにしても揺れすぎだと、見ていた家族のみならず、親族の間でも、話されていた。

そんな場面が印象的な葬式が終わり、高校を無事に卒業し、大学に通うことに慣れ始めた、ある真夏の日。

大学への通学路を歩いていた時。

あまりの暑さに、ふらふらとした足取りで、道の先の蜃気楼を見ながら歩いていると、蜃気楼の中に白い紙のようなものが、ひらひらと舞っていた。

「何あれ?目がおかしくなったかな」

と、ぼんやり考えながら歩いていると、その白い何かが私に気づき、一直線に近づいてきた。

「なんで此方にくるの」

歩くだけでも辛いのに、避けないといけないと思うと、一気に気分が落ち込んだ。

必死に動かしていた足も止まってしまった。

なのに、白い何かは私に向かって尚も、ひらひらと近づいてきていた。

暑さの中、ぼんやりと見つめていたせいか、私の1メートル手前にきて、やっと、その白い何かの正体に気がついた。

「えっ!蝶?」

白い何かは紙ではなく、蝶だった。

それも、紋白蝶のように白い羽なのに、揚羽蝶のように大きな蝶だった。

実際にそのような蝶がいるのかもしれないが、この時の私にとっては、初めて見る蝶だった。

「綺麗な蝶だな」

と、思っている間も、蝶は私に向かって近づいてきた。

尚も近づいてくる蝶に、

「ぶつかる!」

と思い、顔を背けた瞬間、蝶が目の前で煙のように消えてしまった。

辺りを見回してみたが、蝶らしきものは見つけられず、蜃気楼のみがゆらゆらと揺れていた。

それから、毎年に1回以上は白い蝶を見る事になった。

季節は夏。

お盆が近づくと、何処からともなくやってくる。

歩いている時に見かける事が多いが、現れる場所は決まっておらず、庭先にいた事もあれば、車の中や、部屋の中にもいた時があった。

辺りをひらひらと舞った後、煙のように消えるのは毎度の事だった。

白い蝶の正体については、未だに分からない。

思い出から、祖父の可能性が高いが、正確な事は分からない。

蝶なので、喋る事も鳴く事も出来ず、問いかけても返事はなかった。

せめて、鳴く事の出来る動物にすれば良かったと、今さら後悔している。

今年も、お盆がやってくる。

そろそろ、白い蝶が現れる頃だろう。

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@ラグト 様

コメントを下さり、ありがとうございます!
喜んでいただけたなら、何よりですm(__)m

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うん、まさしく今読みたいお話でした。

こういうお話大好きです。

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