中編4
  • 表示切替
  • 使い方

端に映るサラリーマン

何時もと変わらない朝。

何時もと同じ時間に目を覚まし、ポットでお湯を沸かしながらシャワーで眠気を覚ます。

毎日の日課の珈琲を飲みながらネットニュースを読む。

今日は程よい天気で、過ごしやすそうだ。

そんなことを思いながらスーツに身を包む。

そんな穏やかな気持ちで今日も家を出る。

あぁ、そう言えば週末は入社当時からなにかと良くしてくれた部長の送迎会だ。

用意した送迎品とはまた別に、個人的になにか贈りたいな。

帰りにふらっと見てみて、グッとこなければ帰ってきてネットサーフィンだな、なんて思いながら駅に向かっていた。

何時も聴いているミュージックリストに少し飽きを感じつつも、何時もと同じ景色と共に聴く、聴き慣れた曲の聴き慣れたフレーズ。

最近の新曲のなかに惹かれる曲もないし、なんとなく戦闘に向かう時のBGMのようになっている。

駅に着き改札を抜け、ホームに着き列に並ぶ。

今日も座れないかなぁ、とスマホを開き、時間を確認すると共にチャットの通知に気付く。

返信をとチャットを打っていると、視界の端に映った何の変哲もないサラリーマンの足下。

ただ何時も写り込むだけの風景の1つなはずなのに、何故か凄く気になった。

ふとスマホから顔を上げてそのサラリーマンを見ようと目線を上げたら、そのサラリーマンが居るところには高校生が並んでいた。

んん?と不思議に思ったが、何時もと変わらない雰囲気に、深く追求することもなく、また返信を送るのにスマホに目線を落とした。

電車が駅に着き、次々と乗り込む波に流されながら、冷房の効いた電車内は息苦しい満員なのに頭上とうなじだけ涼しい。

今となっては慣れてしまったが、上京したては冷や汗をかいたものだ。

部長への送迎品、何が良いかなぁと思い更けていたら、そういえばと、入社当時を思い出した。

男は足下手元に気を付けなさい。

履きつぶした踵の減った革靴を履いてちゃいけないよと、私の誕生日に当時は手に取ることはなかったであろう立派な革靴をプレゼントしてくださったなぁ。

サイズもピッタリで、部長、僕の足のサイズどうして分かったんですか?と聞いたら、飲み会の時にこっそり確認したんだよ。ははは、となんとも普通で、そしてとても穏やかな紳士な笑顔で教えてくれた。

確か部長も僕とサイズ変わらなかったなぁ。

でも部長は確か足の幅が広い足だから、自分に合う靴で、気に入る靴がないんだよと話していたっけ。

ならばと、僕から靴のプレゼントなんておこがましいかな、なんて思ったが、部長から頂いた革靴は今でもメンテナンスしながらローテーションで履いている程、嬉しい贈り物だったのだ。

だから移転先でも、新しい環境を想い贈らせて頂こうと、今日の帰り道に寄る店が決まった。

今日は残業もなく定時に退社をし、目星を付けていた靴屋に向かう。

店員さんにアドバイスを貰いながら

気持ちを込めて奮発し、カードで購入した。

自分のではないが、なんだかホクホクした気持ちで帰路についていたらふと今朝のことを思い出す。

そういえば今朝みた気がしたサラリーマンが履いていた革靴、なんとなく選んだ革靴に似てたなぁ…

まさか同じ靴なんて事は無いだろうけど…

なんて、気のせいだろうと特に気にも留めなかった、というより留めないようにしていた。

送迎会は大成功だった。

部長も本当に嬉しそうにありがとうと言ってくれた。

なんだか休み明けからも、頑張れそうだと気持ちの良いお酒を飲めた。

そして、ふた月ほどが過ぎ

唐突に報告を受けた。

部長が駅のホームから飛び降りた、と。

何が何だか分からず、と皆も想っているのだろう。

困惑した空気が朝から部署を包んでいた。

僕は通夜と葬儀に参列した。

その時奥様から聞いた部長の最近の話。

特に変わった様子もなく、Mさん(僕)から頂いたんだとニコニコしながら履いていたと、嬉しいながらもなんで身投げなんかしたんだ、と涙が貯まる。

仕事においても何時も明るく、場の空気を軟らかくしてくれた部長。

プライベートでも何時も笑顔で、ポジティブだけが僕の長所だ、なんてよく口癖のように話してくださった。

葬儀も滞りなく終え、

日常に戻らなくては、と何時までも故人に想い更けるのはやめようと少しだけ、何時もより遅く目を覚まし、何時もより足取りが重い出社。

なのに何時もと変わらない駅のホームの雰囲気になんとなく安心感を感じた。

なんだか何時もは忙しなくて、生き急いでいるような都会の朝は苦手だったが、なんだか今日だけは優しい気がして、まだ寒くはないが少し冷たい空気を吸い込み、小さく深呼吸をした、時。

なんとなく見覚えのある革靴。

えっ、部長…!?

そんなはずはないとよく目を凝らす。

あぁ、雰囲気が似てるだけだ…

初めは、そう思っていた。

あの日を境に

視界の端に、部長…らしき【なにか】が映る。

何故かは解らない。

ふとした視界の端に、何時も居るのだ。

なにか、僕に伝えたいことがあるのか、

お墓に足を運び、手を合わせてみたりしたが

端に映る【なにか】は、消えることはなかった。

なにか悪いことが起きるわけでもない。

鋭いなにかを、感じるわけでもない。

ただ、端に映るのだ。

今、この瞬間にも

居るのだ。

そこに。

なにを、伝えたいか解らない。

どうすれば良いか解らない。

本当に、そこに居るのは部長、なのか

それすら解らない。

まだこの話は完結していない。

今もまだ、そこに、居る。

Normal
コメント怖い
0
8
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ