長編9
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才能について

「やっぱり、才能の問題なんじゃないかな」

__才能、ですか?

「うん、だって、悲惨な死なんて珍しいものではないし、何の未練もなく最期を迎えるひとなんて、ほんの一握りだろう。

なのに、あるひとはあっさり成仏する一方で、あるひとは、この世に留まることになってしまう・・・。

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それはつまり、いわば”霊になる才能”みたいなものによって、そこのところの線引きがされているんじゃないか、ということだ」

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居酒屋だというのに、ウワバミのDさんがウーロン茶を注文したので、私もそれに倣いました。

とはいえ、頼んで出てくる皿はどれもお酒が欲しくなるものばかりで、ウーロン茶は喉に染みず、腹にばかり溜まっていきます。

ふたりとも味気ない顔をしながら、唯一共通の話題、心霊談義を盛り上がらないまま続けていると、先の才能説がDさんの口から出たのでした。

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__なるほど。しかし、そんな才能があるかないか、どうやって確かめるんですか?

いちおう前のめりになりながらそう訊ねましたが、私の顔は半笑いでした。

Dさんも同じような顔をしながら、

「そりゃ、才能なんてものは、何だって、やってみなくちゃ分からないものだろう。

・・・しかしこの場合、ハハ、ちょっとお試しって訳にはいかないかな」

__まあ、その前に試すべきことが、星の数ほどありそうなものですね。

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「ハハ、そうだね。どんな人生でもね」

そう呟くと、Dさんはグラスをあおり、やはり物足りなそうな顔を私に向けてから、

「・・・あ、そうだ、才能といえば、こんな話があるんだけどね」

そんな前置きをして、こんな怪談を始めました。

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「ユーコとフーコは、幼稚園からの幼馴染だった。

ユーコの母親はピアノの教室をやっていてね、そこへ、近所に住んでいたフーコが通い始めたのが出会いだった。

おっとりしたユーコと、はっきりしたフーコと、性格が反対だったのが、かえって上手くいったのか、学年が同じだったこともあって、ふたりはすぐに仲良くなった。

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そして、フーコは天才だった。

ああ、もちろんピアノのね。

ユーコも同じように母親に師事していたんだが、まあ、言ってしまえば”そこそこ”でしかなくてね、先生の娘ってこともあって、何かとフーコと比べられたんだ。

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普通は、それで腐ってしまいそうなものだけど、ユーコはそうはならなかった。

自分が凡人だってことを理解しながらも、フーコと一緒にピアノを続けたんだ。

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そうしてふたりが、お互いを無二の親友と呼べるだけ、時間と感情を積み重ねた頃、同じ芸術大学の音楽科に合格したんだ。

同じマンションの同じフロアの違う部屋に住んでね、ユーコちゃんと一緒なら安心だわ、なんて、フーコの母親も言っていたらしい。

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で、その年の、とあるピアノコンクールさ。

フーコは、都市の予選をすんなりと勝ち抜いて、地方の大会が数日後に迫っていた。

一方でユーコは、その予選を勝ち進めなかった。

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大一番へ臨む親友を、ユーコは自分の分まで、と甲斐甲斐しくサポートしていたのだがね。

まさに大会の前夜、ふっと、魔が刺した。

とても落ち着いた気持ちで、でも自分が何をしているかも分からないまま、フーコの為に作った夜食に、彼女は睡眠薬を盛ったんだよ。

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ん?計画性があるじゃないかって?

いや、ユーコは不眠持ちだったからね、手元に眠剤があったってだけさ。

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ああ、もちろん、毒殺しようとしたわけじゃないよ?

ただ、いつもより少し粘っこい眠りに落ちて、翌朝慌てて、最悪遅刻すればいい。

その程度の可愛らしい、・・・ハハ、可愛らしくはないか。

まあでも、フーコの才能からすれば、この程度のチャンス、何度も与えられてその都度拾えるような、その程度のものだとユーコは考えてた。

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でも、結果はユーコが思っていたよりずっと重大だった。

目覚ましの音で起きたフーコは、朦朧としたまま駅へ向かってね、階段を踏み外したんだよ。

もちろん、そのまま病院行き、コンクールには出られなかった。

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駆け付けたユーコは、ベッドで寝ているフーコに泣いて謝った。

そう、原因は自分にあるってことを白状したんだ。

そして、フーコもそれを許した。

ん?・・・女同士にだって、そういう友情はあるさ。

統計学的にどうかってのは知らないけどね。

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まあ、それはともかく。

命に別状はなかったのだけど、それはフーコが無意識に手で頭を庇ったからでね、つまり、ピアニストの命は傷だらけになっていた。

幸い骨折はなくて、フーコは退院と同時にリハビリを始めて、ユーコもそれを献身的に支えることに決めた。

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そして三ヶ月も経った頃、フーコの傷はすっかり消えていた。

細く、長く、大きなピアニストの命は、あるべき姿を取り戻していた。

でも、リハビリは、一向に好転する兆しを見せなかった。

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医学的には、事故の前と後で、何が変わったということも無い筈だった。

でも、”絹糸で瀑布を織る”なんて、大仰に評されていたフーコの指使いは、何か重大なものを、ひとことで言えば、力を失っていた。

まあ、それぐらいに繊細なことなのだろうね。

ピアノに限らず、人の心を打つ、なんていうことは。

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空回りを続ける日々に、フーコは苛立ちと、焦りとを募らせていった。

でも、傍で支え続けるユーコに、原因を作ったその女に、辛く当たることはしなかったそうだよ。

そして、ある日の、また進展のなかったリハビリの終わりに、

「ねえ、久しぶりに、ユーコのピアノが聴きたい」

フーコの願いに、ユーコは精一杯に応えた。

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勇気や、元気や、希望、そういうものをフーコの心に届けようと、今までの人生で最高の演奏をしたそうだよ。

それを聴き終えて、フーコは、とてもすっきりした顔をしていたらしい。

そしてその晩、フーコは自ら命を絶った。

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理由は、・・・まあ、推して測ろうよ。遺書も無かったというし。

もちろん、フーコの死に、ユーコも深く傷ついてね、彼女は、ピアノをやめることにしたんだ。

自分は、この道で生きていっちゃいけない、って。

でも、最後に、ケジメをつけたかった。

当たって砕けるつもりで、いや、まさにその為に、ユーコはコンクールに参加したんだよ。

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そして、そこでユーコは、”絹糸で瀑布を織って”みせた。

そう、死んだ親友が、彼女に降りてきたんだ。

事態に戸惑っている自分とは裏腹に、勝手に、闊達に動き回り、ピアノとやりあっている自分の指に、ユーコはただ見惚れているしかなかったそうだよ。

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そして、その予選をあっさりと抜け、地方の大会でも同じことが起きて、やはり勝った。

まあ、そんなので嬉しいのかって話だけど、そこらへんでユーコは気づいたらしい。

自分のごまかしにね。

自分は、ピアノで生きていっちゃいけない人間なんじゃない、そもそも、生きていけない人間だった。

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そして、だからこそ、「このままいけば、ここで生きていけるかもしれない」

そう思ったとき、自分でもゾッとするような執着を覚えたそうだよ。

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そして、全国の決勝が差し迫る中、どこか空しい気持ちでユーコは練習に取り組んでいたんだけど、ある朝起きると、彼女はひどい喪失感を覚えた。

ずっと傍に感じていた親友の気配が、すっぽりと失われていたんだ。

そう、フーコは去り、ユーコは、親友の力なしで道を切り拓かなくてはならなくなった。

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そして、そんなことは無理だと、誰よりも彼女自身が知っていた・・・」

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__沸いてしまった執着がゆえに絶望も激しく、ユーコもまた自ら命を絶った。そして、それこそがフーコの目的だった・・・、ですか。

Dさんが半端なところで口を閉ざしたので、私は訳知り顔で続きを語りました。

するとDさんは、意地の悪い笑みを浮かべて、

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「それなら、ありふれた因果応報譚としての価値はあったろうけどね、そうはならなかった。

ユーコは、グランプリを取ったのさ。

他のピアニストの霊を利用することによってね。

そう、ユーコには、霊媒としての”才能”があったんだよ。

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才能なんて、やってみなくちゃ分からない。

そのやってみる機会を、他ならぬフーコの霊がもたらしたっていうのは、何というか、皮肉だろうかね。

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そしてユーコは、他にも数人のピアニストの霊を”お抱え”にして、曲によって全く違った個性を見せる”七色の指を持つ”ピアニストなんて呼ばれて、将来を嘱望されるようになった。

・・・ハハ、残りの三本は、何色なのだか」

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__なんというか、すっきりしない話ですね。

反応に困った私は、苦笑いをしてそう呟きました。

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「それはよかった、まだ終わってないからね。

ユーコが、まさに世界へ羽ばたく、そのきっかけとなるべく設定されたコンサートは、その一週間前に突如中止がアナウンスされた。

彼女が死んだからね。

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その数日前から連絡が取れなくなっていたんだけど、練習に打ち込んでいるんだろうと、みんな気を遣ったのが裏目に出たという訳だ。

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遺体は、まあ、酷かったようだよ。

自室のピアノの前に座ったままでね、涙、汗、よだれ、糞尿が、まとめて足元に溜まっていて、手指は全て折れ、爪も全部剥がれていた。

顔はもう、老婆と見まごうほどだったよ。

どれほどの苦悶を味わえば、こんな風に皺が刻まれるのかっていうぐらいにね」

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__どうして、そんなことに?

「・・・ピアニストの霊の未練とは、つまり演奏だ。

そしてその未練を、ユーコは晴らしてあげる訳にはいかなかった。

成仏されてしまっては、彼、または彼女の得意な曲をもう二度と演奏できなくなってしまうからね。

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だからユーコは、決して彼らを満足させなかった。

曲調の変わったところで別のピアニストに切り替えるだとか、興の乗ってきたところで自分が一小節だけ演奏する、とかね。

けど、そんな寸止めを何度も繰り返されたら、そのうち憎悪だって沸くだろうさ。

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そしてその日、ユーコがピアノの前に座ったのを合図に、”七色の指”たちは一斉に彼女に襲い掛かった。

そして、まず一人目が身体を乗っ取ると、満足のいく演奏ができるまで、何時間、いや、何十時間かな?ひたすら鍵盤を叩き続ける。

その間、もちろんユーコは何も食べられないし、飲めないし、寝られない。

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一人目がようやく成仏すると、そのまま二人目の演奏が始まる。

そしてまた、何時間?何十時間?

三人目となると、もう指は全部折れているから、満足のいく演奏なんてできっこない。

骨のはみ出した指が鍵盤を這いずり回り、その後を血がなぞっていくだけだ。

でも、続ける。

それが、彼の唯一の未練だからね。

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そうやってユーコは死んだ。

・・・普通ならね、どこかしらの段階で身体が自動的にブレーキを掛けて、気絶するなりして憑依から抜け出せるものさ。

でも、ユーコは、霊媒としての才能に恵まれ過ぎていた。

だから、暴力的に主導権を奪われては、もう、されるがままになってしまった。

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つまり、彼女の才能が彼女を殺した、これも、皮肉かな?

ハハ、いや、才能ってのは怖いね」

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長い怪談が終わって、私はお疲れ様という気持ちで、Dさんにひとつ会釈を贈りました。

しかし、Dさんはまだ、含みのある眼差しをこちらへ向けています。

そして私は、ふと気掛かりになったことをDさんに問いました。

__ユーコには、”霊になる才能”は無かったんでしょうか?

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「・・・なかった、と信じたいんだけどね。

霊ってのは、寄り集まってひとつになるものだ。

つまり、ユーコを核にして、成仏しきれなかった指たちがそこでひとつに溶け合うのさ。

しかも、その核であるユーコを殺したのは、まさにその指たち、という、要らないオマケ付きだ。

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さぞかし歪で、厄介な、どうしようもない悪霊だよ、それは。

ハハ、まったく・・・、

気が重いね」

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この会食を最後に、私の友人であり、祓い屋を生業としていたDさんと連絡が取れなくなりました。

恐らく、Dさんの才能が及ばなかった、ということなのだろうと思います。

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