長編17
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かなたへめぐる

私が彼女と出会ったのは、高校2年の春。

その年の受験をほぼ満点トップで合格した彼女は、言わずもがな教職員に«期待の新入生»と目を付けられ、新入生代表の挨拶をした。

一目見た瞬間に、私の中に電気が走った。

一目惚れ…だったのだろうか。いや、そんな安直な言葉で片づけたくはない。

これだけは此処ではっきりさせておきたい。“愛”だとか“恋”だとか、そんな淡い言葉では説明できない衝撃が、雷のように私の頭上から足先までを駆け巡った。

程よく血色の良い白い肌。うっすらと施したメイクは清潔感を醸し出している。震える睫毛。ピンクに色づく頬と唇は、今まさに外で風に舞っている桜のようだ。きっと抱きしめてしまったら折れてしまうであろう、華奢な四肢。その全てが、彼女 【神島 めぐる】を作っている要素である。

__神島さん、めぐるちゃん…めぐる。

あ、今目が合った。こっちを見て、見つめて…1秒、2秒、3秒…笑った、私に………。

『ごめんなさい、神様。いるのか、いないのかは知らないけれど。もしいるのであれば、ごめんなさい。"神"の名をもつ彼女はきっと、あなたの気まぐれが下界に落とした奇跡なのでしょう。そんな彼女に対して私は…。死後の世界があるのなら、そこで幾らでも罰を受けます。だから、今この瞬間だけは…彼女を私に下さい。』

私が、【神島 めぐる】との距離を縮めるのにあまり時間はかからなかった。

多分、お互いの心が共鳴し合ったのだろう。

ご都合主義の恋愛映画にありそうな展開。目が合って3秒で始まる恋。…なんて、私と彼女の間に生まれたのは、そんな崇高なものじゃない。“恋”なんて、私たちにはあまりにも勿体ない言葉だ。

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私たちが交流を持つきっかけとなったのは、委員会の関係からだ。

偶然のように思うかもしれないが、これは私の計算である。

学年トップの成績で、新入生代表の言葉を述べた彼女なら、クラスの推薦で学級委員になる事など目に見えていた。普段、私はクラスでも控えめな方で、自ら進んで何かに立候補するなんてことはあり得ない存在だった。新しいクラスで委員会を決める際、生徒会役員に迷いなく、誰よりも先に手を挙げた私の行動を、級友は驚いた様子で見ていた。生徒会は、学級委員に一番近しい委員会である。立候補しない理由がない。

会長・副会長は選挙で決定されるが、書記、会計、庶務に関しては、立候補からの多数決で簡単に決まる。演説や、選挙の長ったらしい公約なども考えなくていい。その中でも、会計という役は文字通り、金銭が関わるため、毎年トラブルも多く、推薦以外で決定されることはほぼ無い。その枠に、私は立候補したというわけである。

「か、神島さん。」

彼女の背に向かって発せられた私の声は笑ってしまう程上擦っていた。

ピタリと立ち止まり振り返る。

ただそれだけの動作が、私には酷くゆっくりで映画のワンシーンのように見えた。

「…?私に何か?」

『嗚呼…神様が私の名前を呼んだ。』

私はハッとした。何秒思考が停止していたのだろうか。

意識をはっきりとさせた時、彼女は私の数センチ前に立っていた。

私の顔を下から覗き込むように見つめている。

思わず私は後ずさりをした。

下界の民には、神の存在はあまりにも眩しすぎるのだ。

太陽に近づきすぎて、蝋で作った羽が溶け、死んでしまったイカロスのように。

近付きすぎてはいけない存在。触れてはいけない存在。それが、彼女だ。

「あの…さっきからボーっとしてる。気分でも悪いんですか?」

「あ、っああ…大丈夫。ごめんなさい。おかしいな、気温のせいかも…」

嘘だ。確かに8月上旬。暑いのは当然である。

でも、暑さに意識を取られていたわけでは無い。

「ふふっ、面白い人ですよね?私、是非お友達になりたいんです。新入生歓迎の挨拶の時、気付いてました?私、見てたんですよ。あ、やっぱり気付いてました?目が合いましたもんね?え?どうしてって?…凄く、何故か引かれたんです。あ、この場合場は惹かれた。の方ですかね?」

自分が彼女に対してどんな風に言葉を返したのか、覚えていないし、何故こんなことになっているのかも覚えていない。

でも、確かに私はしていたんだ。夕方、窓から差し込む赤い夕陽に照らされながら、さもラブストーリーのエンディングのように。

私は、神様とキスをした。

今思えば、この時始まっていたのかもしれない。

終焉の序章が。

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それから私たちは、お互いを下の名前で呼び合うようになった。

校内では【特別な関係】だと噂されるまでに、私たちの関係は親密で濃密なものになった。

校庭の隅で、女子トイレで、誰もいない教室で、時には保健室で、私たちはお互いを確かめ合った。

人の体温、体液の感触、心が満たされる感覚、溢れる熱情、湧き上がる欲求、慈しむ心、言い足りない程に、私は【めぐる】から沢山の五感の刺激とそれに準ずる感情を学んだのだ。

知れば知るほどに、めぐるは多彩な人物であった。神聖な生き物。神物。

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夏の終わりを告げる鈴虫が鳴いた頃、私の学校である事件が起こった。

とある2年生の男子が行方不明になったのだ。

目撃情報も何もなく、事件と事故、さらには家出というケースも踏まえて捜査をしていくことになる。最初の方こそ、みながそれぞれにそわそわと心中をざわつかせていたが、1週間も経てば、その男子生徒なんて初めから存在していないかのような空気感が学園内には存在していた。

「めぐるも気を付けてね。この世は悪ばかり。いつ、その穢れた手がめぐるに襲い掛かって来るか…分かったもんじゃないんだから。」

「…かなた、悪ってなあに?」

「悪い事よ。悪しきもの。」

「悪の概念は人によって違うわ。きっと、私とかなたが思う概念もまるまる一緒。なんてことはない。私が善と思っても、かなたにとっては悪で。かなたのとっての善は、私には悪だったりする。」

「だったら___」

『私の善はめぐるで、私の悪はめぐる以外よ。』

私たちの関係は変わらない。

寧ろ、日増しに深くなっている。私たちは一心同体なのだ。

そんなある日、また事件が起こった。我らが生徒会長が会長室で惨殺死体で発見されたのだ。行方不明になった生徒も見つかっていない。そんな最中に起こった猟奇事件。

しかし、今回は私の中でひとつの疑惑が浮上した。

会長室で臨時会議を開く準備をしていた時に、めぐるが訪ねて来た。

会長は2人で話したいからと私とその他のメンバーを部屋から出て行くよう命じた。

私たちは別室で作業をしていたのだが、しばらく経ってそこにめぐるが顔を出した。

「皆さん、会長が今日予定していた臨時会議は中止で明日の朝改めて…とのことです。伝言を伝えるように頼まれたので。」

皆々がそれを聞き、早々に下校した。

私もめぐると共に学校を出た。

その後、見回りの教員が死体を発見。

確認するまでもなく、即死であると判断できる状態だったそうだ。

つまり、会長と最後に顔を合わせたのはめぐるだ。

『__めぐる、あなたはあの時一体何をしていたの?』

あの事件後、当然他のメンバーの証言から、めぐるが警察に事情聴取をされることになった。

めぐるは事情聴取の際も、才色兼備に相応しい所作で警察への対応をしていた。

そのせいもあってか、彼女は早々に捜査線上から外れた。恐らく3日もすれば、事件は外部からの犯行であると断定されたのだ。

「ねえ。」

私は帰り道、めぐるに問うことにした。

「会長ってさ、」

酷く私の心は落ち着いてた。

「もしかして、」

どんな答えが返ってきたとしても、

「めぐるが殺したの?」

私は彼女を愛してる。

「違うよ?」

神の子は笑う。

「殺したんじゃなくて、」

屈託のない、いつも通りの私が大好きな笑顔で、

「食べたの。」

彼女は言い切った。

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______。。

あなた方は神様の食事について考えたことがあるだろうか。

己の信じる«神»という存在が、果たして何か…にもよるだろう。世界には、認知されているだけでも500体以上の«神»がいると言われている。それぞれ、容姿から、思想から、教えから、異なっているのだから、食の概念も違っていて当然である。

肉が禁忌の場合もあれば、魚が禁忌の場合もある、血の出る生き物を食べてはいけない。なんて神の教えもあるだろう。

しかし、そんな中でも、«神»はただ一つの行為のみ、一貫して禁忌としている。

皆様もご存知の通り、【カニバリズム:食人】である。

_______。。

『神様はカニバリズムを禁忌、悪だという。』

『でも、めぐるがそれを犯したというのであれば、』

『あなたが、悪です。』

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めぐるの【食事】について知ってから、私の生活は一変した___。

なんてことはなく、普段と変わらない毎日を送っている。

変わったことと言えば、居なくなった生徒会長の代わりを副会長が務める様になったこと。

その事件の後、生徒数名が転校の手続きを取り、全校生徒の数が少しばかり減ったこと。

登下校時の街のパトロールが町内住民、警察を含めた大人数で行われることになったこと。

この一連の猟奇的殺人鬼と呼ばれる犯人は捕まることなく、事件は起こり続けていること。

ある日の夜、私はめぐるに誘われるがままとある廃工場を訪れた。

工場の内部は錆とホコリにまみれ、ハンカチで口元を抑えないと咳き込んでしまう程だ。

「かなた、こけたりしないように気を付けて?こんな場所で汚したら破傷風になっちゃう。」

そう言って、私の手をしっかりと握り目的の場所へ先導してくれるめぐるの背中を私はうっとりと見つめ、小さく頷いた。

だだっ広い工場内は1人だと迷子になってしまいそうなくらいだ。

5分ほど歩くと、何か小さな塊が見えた。

それはもぞもぞと動き、何やら唸っているように聞こえた。

『…動物?』

それが何であるか、理解するのにさして時間は掛からなかった。

「…これって。」

私が言うよりも先に、めぐるがくるりと振り向き向日葵のような眩しい笑顔で言葉を発した。

「ん?私の今日のご飯だよ。」

_____。。。

『ああ…本当に今日も、わたしのめぐるはとても可愛い。大好き。愛してる。』

_____。。。

生徒会長が惨殺されて以降、この町では老若男女合わせて8人の惨殺事件が起こっている。私から言わせれば、事件などではない。ただの≪食事≫だ。

私の目下でうごめいているソレに見覚えがあった。行方不明になっていたあの生徒だ。口にはガムテープが貼ってあり、手足は有刺鉄線のようなもので縛られている。纏っている制服は薄汚れており、局部に出来ている黒い染みはおそらく失禁でもした後なのだろう。

私は自分の一歩前に立つめぐるに声を掛けた。

「どうして、この子は此処に監禁しているの?」

「ん?すぐに食べようって思ったんだけど、この子タバコとかお酒とか後は覚せい剤的なものをやってたみたいなの。血を舐めてすぐに分かった。不味いから、本当は食べたくないけど逃がしたら絶対警察とかに駆けこまれちゃうし面倒でしょ?」

「じゃあ、さっさと殺しちゃえば良いのに。」

私の発言に再び振り返っためぐるは眉をしかめ、目を吊り上げ、少し怒ったような声で言った。

「それじゃあ、人殺しじゃない。人殺しは犯罪だよ。」

めぐるは、この男を監禁し水を飲ませたり無添加の食事を与えることで良い肉になるよう矯正していたのだという。

日々、血の味を確認し食べごろになるまで殺さないように育て続けた。

『何て慈しみ深いんだろう。』

こんな下等生物の為に、足繁く世話をやくめぐるが私の目には慈愛の精に映った。

「今日が食べごろなの。だからね、大好きな人に居て欲しくて。一人で食べるよりも、大好きな子とお喋りしながら食べるご飯の方が何倍も美味しいでしょう?」

その言葉を皮切り、めぐるの食事が始まった。

生徒会長の死に様を容易に想像させる喰いっぷりであった。

フォークもナイフも使わずに、めぐるは手と歯だけを使って、その男を食らっていく。

めぐるの可愛らしい真っ白な歯が男の喉笛を噛み切る。

勢いよく出た鮮血を喉を鳴らして飲む。首筋の肉は筋が多くてあまり美味しくないのだという。

次に男の衣服を脱がせるとそのまま腹部に食らい付いた。肉片を食いちぎった後に出来た数センチの窪みに両手の親指を差し込み、グリグリと窪みを広げていく。皮がミチミチと音を立て。黄色い脂肪がピュッと吹きだし、めぐるの真っ白な肌を汚す。噛み付き、引き千切り、押しつぶし、噛み砕き、この華奢で小さな身体に膨大な人肉が送り込まれていく。

立ったままでボーっと眺めている私に、めぐるは色々と教えてくれた。

「ホルモンは苦手なんだ。クセが凄くて。でも、子供のは美味しいの。まだ新鮮だから。肋骨に付いてる肉はね?マグロの中オチって部分に似てて、結構珍味なんだよ。手足は鶏肉と同じ。あんまり運動してない人の方が美味しいかな。人間の筋肉ってすっごく硬いの。

「後、脳は絶対に食べられないんだ。病気。寄生虫っていうの?アレがいるって。そうそう、プリオン。牛にいるっていうけど、人間も何が住み着いてるか分からないでしょ?ああ、そうそう。部位で一番おいしいのはね、女性の子宮なの。お刺身みたいに薄くスライスして食べるんだけど、あれは何とも言えない味。ほっぺが落ちる味ってこの味なんだって思ったよ。まだ男の人を知らない、処女の子宮。これが一番の貴重食材。」

そんなこんなを話しているうちに、”彼”という原型はほぼ無くなっていた。

「あー、美味しかった。今日まで頑張って良かったよ。」

血や体液などに染まったセーラー服。めぐるの身体にも食事の痕跡がありありと残っていた。

ふと、変わり果てた肉塊に視線をやる。

『まだ、食べれそうな部分がある…。』

私は吸い込まれるように、その肉塊へ手を伸ばした。

その手を掴まれる。

「かなた、食べてみたいの?」

めぐると視線が絡む。私はゆっくり頷いた。

『めぐると同じものを共有したい。めぐるに近付きたい。私がめぐるで、めぐるが私。全部。同じが良いの。同じじゃなきゃ、嫌なの。』

私の心の声を感じ取ったように、めぐるは微笑む。

「ねえ、かなた。神様の食事について考えたことがある?信じる«神»という存在が、果たして何か…にもよるだろうね。世界には、認知されているだけでも500体以上の«神»がいると言われているの。それぞれ、容姿から、思想から、教えから、異なっているのだから、食の概念も違っていて当然よね。

肉が禁忌の場合もあれば、魚が禁忌の場合もある、血の出る生き物を食べてはいけない。なんて神の教えもあるでしょう?

でもね、«神»はただ一つの行為のみ、一貫して禁忌としているの。

それが、カニバリズム。」

どこかで聞いたようなテンプレートだ。

めぐるが掴む私の手首は赤紫にうっ血していた。指先が震えて来る。

「禁忌を決めるのも、破るのも、”神”だけの特権なの。」

そうか。私は勘違いをしていた。悪も善も禁忌もない。めぐるこそが”神”なんだ。

あれほどまでに痛く、痺れていた指先の感覚はとうに消え失せていた。

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めぐるの«食事»を初めて見たあの日から、めぐるは学校に来なくなった。

家を訪ねようにも、私は彼女の家を知らなかった。そう、私はめぐるのことを”ほとんど知らない”のだ。家族や、昔の交友関係、携帯の番号やアドレス、出身中学や、その他の経歴。

私が知るのは、名前と彼女の食事について。でも、それで十分では無いか。それから私はパソコンや、本で食人についてのありったけの情報を貪った。今まで、脳内でしかめぐるの食事について認識していなかった事が、あの日実際に視覚・聴覚・嗅覚によって感じたことによって、今起こっていることの現実味が漠然と自分の中に溶け込んでいった。

無意識に私は、彼女がそんな行為をしているわけがない。と思っていたのだろう。

考えないようにしていたのかもしれないし、あまりにも現実味の無い突拍子な事に、フィクション性を感じていたのだと思う。

実際に目の当たりにした瞬間、私の中に生まれたのは恐怖や畏怖ではなく、興味だった。

『私は、狂っているのかもしれない。』

元々、私はグロテスクなものやスプラッタ的なものが大の苦手である。

しかし、あの日見た光景に対して、私は魅惑的な美しさを感じだ。非人道的な行為に対して、そんな感情を持った背徳感に更に酔いしれた。

『きっと、めぐるとの時間を共有していくうちに、私の感受性は彼女に近付いたのだろう。』

そう思うと喜ばずにはいられなかった。

彼女のそばに居たいのではない。彼女と一心同体でありたいのだ。

ひとつの身体、ひとつの心。ひとつの精神。ひとつの思想。

『私は、めぐるになりたい。』

でも、彼女はそれを拒否した。

_____。。。

「禁忌を決めるのも、破るのも、”神”だけの特権なの。」

私は、ただの”人”なんだと。

どんなに自分が焦がれようとも、決して触れられないのだと確信した。

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「…美味しくない。」

ぐちゃぐちゃと内臓をかき回す。

「めぐるは、ホルモンは苦手って言ってたし…たしかにクセが凄いな。」

細かく噛み千切りながら肉片を口内へ放り込む。

太ももと二の腕は食べれないことは無い。脂肪分が少ない部位は案外あっさりしていて食べやすかった。頬肉が一番のお気に入り。臀部の肉は硬くて顎が疲れる。腹部は脂肪が多くて私の口には合わない。軟骨の食感は生々しい。

「流石に、全部は食べきれないかな…。」

自分のお腹を摩りながら、血だまりの床へ仰向けに倒れ込む。

『めぐるが子宮は一番おいしいって言ってたから、本当は食べてみたかったけどもう随分使い古してるし、流石に自分が育った場所を食べるのには抵抗がある。』

『あの男の子の局部は食べてなかったけど、そりゃ食べたくもないよね。苦いし。なによりも形がグロテスク。』

私が初めて禁忌を犯した相手は、自分の両親だった。

私は証拠が残らないように、衣服を纏わず行為に及んだ。

めぐるが、解体の際に道具を使わなかった理由も恐らく物的な痕跡を残さないためだろう。

私は自分の身体に付着している”残飯”を風呂場で綺麗に洗い流した。

『”残飯”だって…自分の親だったのに、ね。』

嬉しかった。一線を越えた瞬間の恍惚。経験したものにしか分からない、甘美な興奮。

その後の流れはとてもスムーズだった。

浴室は漂白剤で綺麗に掃除し、帰宅した女子高生が両親の惨たらしい死体を発見。

明らかに人として機能していないであろう肉塊を目の当たりにするも、救って欲しいという健気な想いから警察ではなく救急に連絡をする。放心状態で涙さえ出ない、可哀想な少女。最近起こっている猟奇的事件との関連性を勿論調べるだろうけど、疑われる余地なんてない。

私の読みは面白いほどに完璧に的中し、加害者の私は被害者遺族となった。

『そもそも、私はただ≪食事≫をしただけなんだけれどね。』

私は1ヵ月ほど学校を休んだ。

親を亡くした子が次の日から元気に登校するなんて、違和感しかない。

でも、それは所詮建前の理由。

私にとって、めぐるのいない学校なんて意味を持たない。

そういえば、めぐると学校の外で会ったのは、あの日の廃工場でだけだ。

「会いたい…めぐる…今どこにいるの…。」

誰もいない、暗い家で私はただただ横になり過ごす毎日を送っていた。

両親を食して以来、私には空腹をいうものが無くなってしまった。

食に対する欲求がなくなってしまったようだ。

家にある食材は腐り果て、どこから湧いてきたのかたくさんのハエが集っている。

食事をしないから、トイレに行くこともない。

お風呂にも入らず、私の身体は爪で引っ掻くと厚くなった垢が爪の間にこびり付いた。

インターホンが鳴る。ほぼ毎日親族やら、担任やら警察やらが訪ねて来る。

私は一切出なかった。

人間は飲まず食わずでも数か月は生き続けるという。

人肉は高カロリーだと文献にも書いてあったし、私の生命維持は両親の血肉で賄われているのだろう。

『自分を食べた子を、それでもなお生かしてくれているなんて、やっぱり親は偉大ね。』

「かなた。起きて。」

私は目を覚ます。焦がれていた愛しい人が目の前に居た。

『…めぐる?』

声が上擦る。上手く声が出ない。ビルの隙間に吹く風の音に似ていた。

「いつまで寝てるの?もう夕方だよ?」

柔らかな微笑みとその声色でめぐるは私の髪を撫でる。

『めぐる…会いたかった…会いたかったの…。』

私は手を伸ばす。あと数センチでその頬に触れることが出来る。

「めぐる!!」

視界に入ったのはいつもと変わらない真っ暗な天井。

そこに向かって伸ばされた自分の手は、驚くほどに骨ばり添え木のようだった。

「………夢?」

伸ばした腕は力なく床へ落ちた。

「…夢かあ。」

再認識するように、呟いた。

その夢、いや現実は今の私にとってあまりにも残酷だった。

エデンの園に生る禁断の果実を食べてしまったアダムをイブは園を追われることになった。

”人”である私は犯してはならない禁忌を犯してしまった。それに対する罰なのだろうか。めぐるという”神”から存在を追放されてしまった私は、一体どうすればいいのか。罪を犯せば償えばいい。でも、禁忌を犯した私には償うことすら許されないのだろうか。

ならいっそ…

私が絶対的に死を受け入れた瞬間であった。

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……頬が冷たい。いや、温かい?

薄く目を開け久々にみた景色はいつも見る天井ではなく、私の“神”だった。

「かなた、おはよう。」

「めぐる、おはよう。」

待ちわびた愛しい人との再会が、こうもあっさりとしていたのは何故だろうか。

これは夢だと感じたからなのか、劇的な感情を生む思考や感情が既に底を尽きようとしていたからか。お互いにただひとつ理解したことは、双方の命の火は既に空前の灯であるということだ。

私たちは、あの廃工場にいた。

めぐるの膝に後頭部を預け、下から彼女を見上げる。

「めぐる、少し痩せた?」

「少しね。」

少しでは表せない程、彼女の頬はこけ落ち、月明りに照らされた彼女の肌は以前より透き通り、青白さを増していた。

「かなたも、少し痩せた?」

「少しね。」

自分でも分かるほどに身体は骨ばり、地に接している部分が擦れて痛んだ。

「「ねえ。」」

私たちは同時に相手に言葉を投げかけた。

めぐるが次の言葉を発するより先に、私は彼女に問いかけた。

「どうして、居なくなったの?」

咎めるつもりも責めるつもりもない。怒りもましてや悲しみもない。単純に知りたかったのだ。

めぐるは、頭上に光る月に視線をやり息を付く。

その息が、最後の呼吸になるのではないかと思う程に深く深く。

「私ね、かなたのことを食べたくなっちゃったの。」

「でもね、そんなことしたくなかった。それに出来ないから。」

「苦しくて苦しくて。」

「私は、かなたが大好きよ。とてもとても大切なの。」

「それにね…」

めぐるは続ける。

「かなたは、私にとって“神様”が気まぐれに運んでくれた奇跡だったの。」

私は、返す言葉が見つからなかった。

脳を働かせるだけの気力さえも残っていないのか。

伝えたいことはたくさんあるのに。

今は思い出したように襲い来る。

忘れていた欲望。私は芯から渇望した。その欲に忠実であることが、一番彼女に伝えたいことなのだ。

「めぐる。」

「私に、貴女を食べさせて頂戴。」

発したように思えたその声は、彼女に届いたのだろうか。

私が記憶した最期の映像は、大好きだった彼女の微笑みと肯定を示すように頷く所作だった。

禁忌を犯した者に与えられる償いが無いのなら、私たち“人”がそれを赦しましょう。

禁忌を決めるのが“神”なら、私たちは“人”でいい。

(語り部)

“神”は何故、どれもこれも“人”の形をしているのか。

彼女たちがお互いに求め、焦がれ、惑った“神”という存在。

これを読んでいる皆さまが信じている“神”は、本当にソレなのか。

  神島めぐる

  神野かなた

“神”に翻弄された憐れな少女たちは、文字通り何も残すことなくその生涯を終えた。

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