長編7
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無き人からの電話

むれるように立ち上がってくる血と死のざわめき・・・

人々の差す傘が真上に掲げられ、それはまるで雨に濡れる紫陽花の花束のようでした。

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「誰か・・・死んだんだ」

私は眠る子供に囁くようにそっと呟きました。

雨の中に生まれた道路脇の人だかり。

遠くから聞こえてくる救急車のサイレンの音。

交通事故でした。

事故に遭って倒れた女子生徒が雨に濡れないようにしているのか、倒れた彼女がいるであろう場所の上には色とりどりの傘が差されています。

なぜ私が事故に遭ったのが女学生だとわかったのか。

私には視えていました。

人だかりの中に傘を差さずに立つ女の子の霊の姿が・・・

うちの高校の制服に身を包んだその女生徒の霊は事故に遭って道端に倒れている自分自身を見下ろしているようでした。

私は生まれつき霊感が強く、世間一般で言うところの霊という存在が視えていました。

「かわいそうだけど、たぶん助からないな」

私は事故に遭った女生徒が助からないと感じていました。

なぜならあそこに立ち尽くしている女生徒の霊には既に生気が感じられません。

いわゆる生きている霊の熱は感じ取れず、死の冷たさが感じ取れました。

うちの学校の生徒なので誰が事故に遭ったのかは気にはなりましたが、女生徒がこちらに背を向けていることと雨の中の視界の悪さのせいでそれが誰かを確認することはできませんでした。

あまり見ているとその霊に付いてこられるかもしれなかったので、彼女がこちらに気付いてないうちにその場を離れようとしました。

そんな時に私の携帯電話に着信が入りました。

まるで私を留めようとする意思のように感じられて思わずびくっとしましたが、着信元を確認すると先に家を出た妹からだったので一気に力が抜けました。

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「みずきねえちゃん、いまどこ~」

彼女特有の明るく甲高い声が耳を突きます。

「どこって、学校に向かってるところよ」

「さっき、私のこと見てたでしょう」

「えっ、見てたってどこで?」

「交通事故の現場で私いたでしょう、見てないの?」

確かに事故の現場は見ていましたが、妹の姿は確認していませんでした。

「ごめん、美弥がいたのは分からなかったわ」

「ふ~ん、それならいいや、じゃあまたね」

「あんたも遅刻しないように急ぎなさいよ」

電話を切ってから改めて思うと違和感のある電話でした。

好奇心旺盛な妹ではありますが、事故現場を見物するなんて気持ち悪くないのかしらと頭の隅で思いました。

不可思議に感じながら学校に着き教室に入ると、担任の教師が私を呼び止めました。

「あっ、黒川、大変だ、お前の妹さんが交通事故に遭ったらしい、今救急車で搬送されたと病院から学校に連絡があった」

私は最初その先生が何を言っているのか理解ができませんでした。

「えっ、先生、何言ってるんですか?」

「いや、黒川よく聞いてくれ、妹さんは頭を強く打ったのか意識不明の重体らしい」

教師の声は耳に入って、その内容は分かり始めましたが、なぜか急に頭が重たくなったような気がしました。

「えっ、意識不明、でも私、今妹と話を・・・」

「持っていた学生証からうちの学校に連絡が入ったみたいなんだが・・・」

先生は私に事故の状況を説明してくれているようでしたが、なにか霞がかかったように感覚が奪われて行く気がしました。

「妹は・・・美弥はいつ事故に遭ったんですか?」

「ああ、救急からの話だと通学途中の7時半過ぎということだが」

私は先ほど妹からかかってきた着信の履歴を見てみました。

7時54分・・・やはり事故の起こった後でした。

もし、本当に妹が事故に遭って意識不明だというのだったら、私がさっきまで話をしていたのはいったい誰なのかということになってしまいます。

しかし、その状況に符合する可能性を私は早々に頭に浮かべていました。

先ほどの事故の現場でいた女の子の霊は死者のものでした。

それであるならば電話は既に死んでいた妹からかかってきたという憶測です。

私は手が震えながらもすぐに妹の携帯電話にリダイヤルしました。

何かの間違いであってほしい、早く妹の元気な明るい声が聞きたいと願い続けました。

しかし、いくら待っても電話の向こうのコール音に誰かが出ることはありませんでした。

3分ほど粘ってコール音を鳴らし続けましたが、私はあきらめて妹が搬送された中央病院に向かおうとしました。

そのときでした。

ポケットに突っ込んだばかりの携帯電話からバイブの振動が伝わってきます。

私はびくっとして恐る恐る携帯電話のディスプレイを確認しました。

妹からの着信でした。

つい数秒前までは話がしたくてどうしようもなく思っていた相手から電話がかかってきたのに、最早この世のものではない妹からの電話かもしれないと思うと説明のできない恐怖感が身体を満たしていきました。

それでも取らないわけにはいかない・・・私は意を決して電話に出ました。

「・・・美弥なの?」

私はできるだけ落ち着いた声で妹に呼びかけました。

「・・・そうだよ」

しばらく無言の後、ようやく反応がありました。

「どこにいるの?」

「私はまだここにいるよ」

『ここ』とは直感的に事故現場のことだと感じました。

「ねえ、お姉ちゃんも来てよ」

「・・・うん、いま現場に行くから」

死んでしまった妹と話が出来ている、そんな奇跡のような事象かもしれないのに私の声は戸惑いと恐れからか自分でも驚くほど弱々しいものでした。

「・・・違うよ」

妹は冷然と返答しました。

「えっ?」

「いっしょに・・・逝こうよ」

「なにを・・・言って」

「ねえ、お姉ちゃん、私一人で逝くのは寂しいの」

「美弥、あなた」

「だからね、お姉ちゃんもいっしょに逝こうよ」

「美弥・・・でも、お父さんとお母さんのことも」

「そんなのどうだっていいよ、ねえ、お願い」

「美弥・・・ちょっと落ち着こうよ、私もまだそっち側に行くわけにはいかないの」

「お姉ちゃんは私に一人で逝けっていうの、そんなの怖いし寂しいよ、いつもの優しいお姉ちゃんならいっしょに逝ってくれるでしょ」

「あなた・・・」

その言葉には自分の知っている妹の様相がありませんでした。

「わかってくれた、お姉ちゃん?」

明るく舌っ足らずな口調でしたが、わたしはゆっくりと彼女の問いかけに応えました。

「あなた、やっぱり美弥じゃない、あの子は甘え上手だけど、そんなことを言う子じゃない」

「えっ!?」

「・・・あなた、いったい誰?」

私の言葉にふと電話口からの雰囲気が一変しました。

「ふう、なんで勘づくかなあ、ひどいお姉ちゃんだね、『愛する妹』がこんなにお願いしてるのに」

変わったのは気配だけではなくその声もでした。

もう演技しようとしていない彼女の声は全く別人のものでした。

「・・・あなた」

「本当に薄情なお姉ちゃんだよ、本物の妹だったらどうなってたのかしら」

忌々しげな呪いの言葉を吐かれましたが、私は安堵感から逆に深く息を吐きだしてしまいました。

「はああ、よかった」

「ああん?」

「あなたが先に白状してくれて、本当に良かった」

私は額の汗をぬぐいました。

「おまえ!?」

「あなたは弟や妹がいなかったのね」

「なんですって!?」

「覚えておくといいわ、こんなときに多分別人だと思っていても、突き放すことが出来ないものなのよ、家族っていうのは」

「あ、あなた、あなたは・・・」

「だから、あなたの方から美弥じゃないって正体を現してくれないと、私本当に困っちゃうところだった」

自分の思惑を看破されたからか彼女の怒りよりも憎悪の波が押し寄せてきました。

「・・・私が、私があなたの妹じゃないっていうのなら、じゃあ私はいったい誰なんだよお!」

電話口から断末魔とも思えるような絶叫が響き渡ると、それを最後に女からの電話は途絶えました。

電話が切れたあと、すぐに母親から電話がかかってきました。

本物の美弥は交通事故で頭を打って意識を失っていましたが、あの女の子の電話が途切れたすぐ後ぐらいのタイミングで意識を取り戻したようでした。

怪我の方もかすり傷程度ということでした。

程なくして私はあの事故現場に到着しました。

現場の道脇、飾ってある花の瓶の隣に妹の携帯電話は落ちていました。

私は思い出していました。

そこにいた女の子のことを・・・

そう、私は通学の際そこを通るときに彼女を見ていたのです。

その女の子の霊は交通事故で死んだのだと思われましたが、最初なぜ自分がそこでいるのかわからない表情で狼狽えていました。

それからその道を通るたび、女の子の姿は少しずつ崩れていくのが分かりました。

強い怨念や未練をもった霊であれば、その姿は鮮明で揺るぎないのですが、死んだことすらもあやふやな霊はその存在自体を自分が覚えていられなくなるのか人の形が崩れていくものがありました。

その女の子の霊も最後に見た時にはもうどす黒い人型のもやにまで存在を失っていました。

そして、今事故現場には何もいません、感じることもできませんでした。

「そっか、逝けたんだ、やっと」

私は少し安心感にも似た気持ちを得ていました。

眠るのが怖い感覚にも似たこの世から消えてなくなることに対する恐怖が彼女にはあったのかもしれません。

だからこそ、妹の声を真似て私を誘い込もうとしていたのかもしれませんでした。

雨はもう上がっていました。

結果として心中を憎悪と悪意のるつぼと化した咆哮の中で彼女はようやく上に昇ることが出来たのかもしれない・・・

いつもと変わらぬ陽ざしが通学路を照らし始めたなか、なぜだか、そんな・・・気がしました。

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