中編3
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尊敬できる人

俺は間違いなく散髪屋のオヤジに言った。哀川翔にしてくださいと。

今にして思えば普段かけないパーマなんかに手を出したのがいけなかったのかもしれない、出来上がりはどう見ても演歌歌手の重鎮だった。

恋人と別れ、落ち込んだ気持ちを変えたいその一心でイメチェンを図ってみたのだが、結果はさらに俺の気持ちを沈めるものとなった。

その日、俺は入院中の親父に差し入れを届けに来た。そこにはあれだけデップリと太っていた面影は少しもなく、げっそりと痩せ細った親父がいた。

俺が声をかけようとするより先に親父は目を覚まし、俺の頭を見ていった。

「それ、かっこええな」

今まで親不孝ばかりしてきた俺は親父に一度も褒められた事がない。恥ずかしそうに後ろを向いた俺に、親父は更に小さな声で詫びた。

「甘いもん買ってきてくれたんか?ありがとな。でもすまん、昨日から食い物がノドを通らんのや」

それから数日後の深夜、突然犬(マモル)が吠え始めたかと思うと、病院で親父を見ていた母親から連絡があった。

父親が亡くなったと聞かされた俺はしばらく電話を握りしめたまま動けなかった。優しく頭を撫でられるような感覚がして振り返ると、犬(マモル)が尻尾をふりながら玄関を見ていた。

ふと、親父がつかっていたコロンの匂いがして、なんとなく今親父はこの家に来ているんだなと思った。

亡くなってすぐに会いにきてくれた嬉しさを感じながらも、生前犬(マモル)を溺愛していた親父だから、俺じゃなく犬(マモル)にお別れを伝えにきたのかも知れないと思うとなんだか可笑しくなり、悲しさを少しだけ軽くしてくれた。

俺は北島のサブちゃんみたいな髪型に黒のスーツを着て、親父のために集まってくれた親戚や知人達の弔問を受けていた。

久しぶりにあった叔父さん達にクルクルの髪型をイジられたりもしたが、俺はこれを少しも恥ずかしいとは思わなかった。親父が唯一褒めてくれたこの髪型を恥じるわけがない。

火葬も無事にすみ、あれだけデップリとしていた親父がこんな小さな箱の中に収まってしまった。

調子の良い話だが、生前は大嫌いだったあの親父を今はとても偉大に感じる。機嫌が悪いとすぐに殴るし、小遣いはくれないし早く死んでくれといつも願っていたが、死ぬ前に俺の髪型を褒めてくれたたったあの一言だけで、あっさりと今は尊敬できる親父に変わってしまったのだ。

やはりこんなロクでもない俺でも親父は愛してくれていて、俺も親父を愛していたんだと今さらにして気づいた。

そして、俺はそんな親父に何一つとして親孝行が出来なかった自分の愚かさを悔いた。

目が覚めて下へ降りると、いつものように親父が偉そうに競馬新聞を読みながらソファを占領していた。

「なんだよこのクソ親父。まだ生きてんじゃねーかよ…」

俺が小さく放ったその一言を地獄耳の親父は聞き逃さない。

「あんだとコラ、テメー学校もやめた分際で偉そうに朝飯食ってんじゃねぇぞコラ。なんだよその変な髪型?わけのわからんことしてる暇があったら、坊主にして職安にでも行ってこい!仕事見つかるまで帰ってくんじゃねーぞこのカスが!」

この後、妹の夏美と美菜にも髪型を爆笑された俺は、現実はやはり俺は親父が嫌いで、あの散髪屋のオヤジはパーマを失敗したのだと痛感したのだった。

Concrete
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最近お見かけしない!😵😵と不安になっておりました✨心があったまって更に暑くなりました笑っ

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