盆の神居古潭…哀・(変態)紳士編

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盆の神居古潭…哀・(変態)紳士編

十年以上も昔の話となる。

会社の先輩であるAさんと中学以来の友人Bと俺の三人で盆休みを使って

北海道旅行へと出かけた。

車一台、バイク一台で行く、

全日程のほとんどがキャンプ場での野営という貧乏プランだったが、

俺達は素晴らしい旅になるだろうと胸を弾ませていた…

のだったが…上陸以来、立て続けに起こる怪異との遭遇に戦慄し、

俺達は畏怖を込めて『北海道』を『北怪道』と呼ぶようになっていた。

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吊り橋を渡り終えると、

1989年に復元された函館本線神居古潭駅舎が姿を現す。

枝葉を茂らせた樹々の下を俺達は進んでいく。

降り注ぐ木漏れ日、先を歩いていた観光客達はどこへ行ってしまったのか、

駅舎の周りに人の姿は見当たらない。

陽光の差し込む開けた場所には静態保存される蒸気機関車が3輌。

29638、D51 6、C57 201。

国鉄9600形蒸気機関車は

日本で初めての本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車だ。

『キューロク』『クンロク』、あるいは『山親爺』の愛称があり、

四国を除く日本全国で長く使用され、国鉄においては最後まで稼動した蒸気機関車である。

ボイラーを巨大化して軸重の割りに大馬力を得る事に成功したのだが、

重心を高く設計してあった為、実力通りのスピードが全く出せないという傑作機だ。

うむ、実に素晴らしい。

ニ輌目は国産蒸気機関車の代名詞ともいえる国鉄D51形蒸気機関車。

愛称はもちろん説明不能なくらいに有名な『デゴイチ』もしくは『デコイチ』。

主に貨物輸送に使われた単式2気筒で過熱式のテンダー式蒸気機関車だ。

太平洋戦争中に大量生産され、国鉄における所属総数は1,115両に達し、

ディーゼル機関車や電気機関車等を含めた日本の機関車1形式の両数では最大を記録する。

この記録は1958年、夏の第40回全国高等学校野球選手権大会における、

1試合25奪三振、大会通算83奪三振を打ち立てた板●英二投手と並んで、

現在でも更新されることはない。

さて、最後の一輌は国鉄C57形蒸気機関車だ。

『貴婦人』の愛称で親しまれた旅客用テンダー式蒸気機関車だ。

戦後型の3字形以降は補器類も見直されて外見が厳つくなり、

さらにボイラーの設計が変更されて重装備となってしまった4次形になると、

もはや『貴婦人』の異名を戴くのは不相応であると声が出始め、

山間部で運用されていたことも手伝い『山男』とも呼ばれていた。

SLが鉄道交通の主役から降りた今、

C57形をまとめて『貴婦人』と呼ぶのはマスコミくらいで、

鉄道マニアなどからは『シゴナナ』と呼ばれている。

9600形、D51形、C57形…

日本各地を駆け巡った3輌が今はこのアイヌ伝承が残された地で静かに身体を休めている。

戦士に休息は必要だ。

しかし、停まっているSLを眺めていると…無性に動いている奴が見たくなってくる。

『うまいものを見るとキ●マサが飲みたくなる。

     辛口のキク●サを飲むと旨いものが食いたくなる』

それは『やっぱり俺は菊●宗』現象とでも名付けるべきだろうか…

けたたましく鳴り響く警笛、煙突から黒煙を吐き、

連結棒で繋がれた車輪がレールの上を力強く回転し、鐵の巨体が驀進する姿…

蒸気機関車は今も日本各地で何両も動態保存されており、往時の姿を見ることができるのだ。

それは、日本人の持つ技術力の高さと物持ちの良さ、そして執念深さの賜物であろう。

俺は去年、茨城県の下館駅―栃木県の茂木駅間を走る真岡鐡道まで乗りに行ってきた。

最後尾に補助機関車のDE10 1535が連結された姿は、

とてもとても素晴らしいものだった。

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「なんていうか、お前が言っていた魔神の棲処とは思えない良い場所じゃないか」

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樹々に囲まれた中に佇む機関車と駅舎を眺めて目を細めるAさん。

いや、Aさんは神居古潭という土地について言っているのだろう。

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「Aさん、魔神だからってザビ家みたいに、

 オドロ怪奇で素っ頓狂な場所を好き好んで棲家にしている訳じゃないですよ」

 

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「まあ、魔神でも清潔で快適な空間に居を構えたいだろうし、

 駅前一等地とか交通機関の利便性や商業施設に近いことも重要だな」

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「ド●クエ1に登場する竜王の城は、

 ラダ●ームの城と海を挟んで目の前だったからな…」

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超有名ロープレ序盤に勇者を迎えた王様のしみったれっぷりはともかく、

渓谷の河原に一部露出した変成岩帯がなくとも『神居古潭』は本当に美しい場所である。

俺達は旧駅舎まで戻り、備え付けられたベンチに腰を下ろす。

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「そういえば…Aさん、ここから南にある神居山の麓から石狩川の間には

 縄文人が築いたストーンサークルの遺跡が結構な数あるんですよ。

 北海道はアイヌの築いた城塞『チャシ』も有名ですが、

 青森と秋田に並んでストーンサークルも多く検出されている土地です」

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北海道と青森県、秋田県のストーンサークル(環状列石)は

縄文時代中期後半から後期にかけて造られたものが多い。

道内では渡島半島の日本海側からオホーツク海側にかけて、森町の鷲ノ木遺跡、

小樽市の忍路環状列石と地鎮山環状列石、余市町の西崎山環状列石等がある。

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「石狩川中流域では神居古潭ストーンサークルのある旭川市の他に、

 隣の深川市に国の史跡として1961年に指定された音江環状列石があります」

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「そのストーンサークルを作った縄文人がアイヌの先祖と言う事になるのか」

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「いえ、アイヌ民族はストーンサークルを築く石組の文化を継承していません。

 失伝したとしても日常生活に幾らかの残滓があっても良いと思うのですが、

 それが一切無いのです」

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アイヌ民族の祖となった北海道に住む縄文人…人間は

縄文時代からしばらく狩猟採集の生活を続け、13~14世紀になってやっと農業が始まる。

五穀の王である米…稲作は流石に気候が合わず、

よって、比較的寒さに強い稗、粟、黍、蕎麦、豆等が栽培されたのだが、

収穫量など微々たるもので、ひとつの集落に住む人間の飢えすら満たすことも出来ず、

その殆どは神に捧げる儀式の供物として用いられていた。

12世紀、アイヌ時代の開始と共に、

彼等の住居は地面を掘り窪めて床と壁を作る竪穴式住居から、

茅の壁を持った掘立柱建物『チセ』へと移行している。

ただ、この変化はアムロ・レイの前に現れたララア・スンの様にあまりにも突然すぎて、

経緯については現在の調査でもまるで分かっていない。

それは運命でもないし、酷いモノでも残酷でもないがな。

事実として認めなくちゃいけないんだ…と、アムロに言われなくても事実である。

同時に、煮炊きを行っていた竈が廃れ、囲炉裏でのみ行われるようになる。

また、土器作成の技術も失われ、

代わりに日本本土から移入された鉄鍋や木桶、漆器が使用されるようになった。

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「それはどういうことだ? 

 では、この遺跡を築いた縄文人よりも後になって、

 アイヌ民族がどこからか北海道へ渡ってきたということになるのか?

 まさか、神居古潭の魔神こそが先住民である縄文人…」

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「そこまでは分かりませんが、

 『神居古潭』周辺を住処とした縄文人とは一体何者か…

 日本に現存するストーンサークルの多くは縄文時代の中期から後期に造られています。

 ストーンサークル密集域は円筒土器文化圏である本州の東北北部と重なっており、

 円筒土器は中国東北部と北朝鮮国境付近で栄えた遼河文明と関係がありました。

 特に遼河文明と関係が深かったのが青森県の三内丸山遺跡で、

 そこからもストーンサークルは発見されています。

 しかし、遼河文明にストーンサークルを造る文化は元来ありません。

 と、なるとストーンサークルを築く石組技術はどこから齎されたのか?

 東アジアにストーンサークルを伝播させたのは

 西欧と南欧に分布し、バスク人やケルト系民族に繋がる集団と思われています」

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「はぁ?ケルト…だと!?

 クーフーリンにゲイ・ボルグにカラドボルグかよ!?」

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Aさん、ラグビー一筋の脳筋と思っていたのだが、

意外とケルト神話知っているんだな。

現代の日本ではケルトと言うと民族よりも、

漫画やアニメ等でネタにされている神話の方がまず語られるか…

ケルト人は古代ローマ人からガリア人とも呼ばれ、

中央アジアの草原からヨーロッパのドナウ川流域へ渡来し、

中欧から東欧にかけて勢力を広げ、イングランドやアイルランドにまで渡った、

インド・ヨーロッパ語族ケルト語派の言語を用いていた民族と言われている。

ヨーロッパへ車輪の技術を伝えたのはケルト人だそうだ。

一方のケルト神話だが、ケルトの聖職者であるドルイドは

宗教秘儀や伝承を文章化することを禁じられていた為、

ローマ帝国による征服とキリスト教への改宗を受けている間に廃れてしまう。

今に伝わる殆どはギリシャやローマが彼の土地を征服した後に編まれたものだ。

それを記録したのはケルトの宗教教義も知らないキリスト教の修道士である。

ローマが支配する地域では読み書きの習慣が人々に齎され、

ガリア人による記録がはじまるのだが、キリスト教の支配下では禁教とされ、

ドルイドは既に力を失い廃れていた。

ケルトの神々は名のみの情報を残すだけで多くの伝承が時の彼方へ消えていった。

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「イギリスのソールズベリーにあるストーンヘンジも、その圏内にありました。

 アフリカ北西部にあるセネガンビアの環状列石もまた近い場所に築かれています。

 彼等はトカラ語派の担い手としてアルタイ地域にまで到達していたことが判明し、

 紀元前3500年から2500年頃、中央アジア北東部からシベリア南部にかけて栄えた

 アファナシェヴォ文化でもストーンサークルを伴った墓槨があります。

 青銅器が作られる以前は木か粘土、石くらいしか加工する素材がありませんからね。

 その文化が東進して遼河文明へ入り、一部のウラル系遼河文明人を介して

 日本へ齎されたと考えられています」

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 墓槨とは棺を壙(墓穴)へ安置したあと、棺の周りを覆うものを言う。

 木であれば木槨、石であれば木槨、粘土であれば粘土槨だ。

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「『神居古潭』に住んでいた縄文人が

 ヨーロッパやアジア等の高度な文明を持った民族と関係のあることは分かった。

 とするなら…アイヌ民族はどこからやって来た?」

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「アイヌ民族の方ですが、人類学的には日本列島の縄文人と近く、

 北海道にあった擦文文化を基礎にオホーツク文化と本州の文化を摂取し、

 誕生したと考えられています。

 アイヌと遺伝子的に最も近いのは琉球民族だそうで、

 次いで本土日本人、本土日本人とアイヌ人の共通性は約30%程らしいです」

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「本州を飛び越えているな。

 現代日本人よりもアイヌ民族の方が縄文人に近い存在か…」

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「しかし、アイヌ民族もまた縄文人の単純な子孫ではなく、

 シベリアやアムール川下流域、カムチャッカ半島等の先住民との

 遺伝子的共通性が見られ、かなり複雑な過程を経て誕生したと思われています。

 オホーツク文化(ニヴフ、ギリヤーク人)の担い手であり、

 どちらも一筋縄ではいかない、やっかいな民族だったということです」

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「二つの違う文化の担い手である縄文人同士による北海道の覇権を賭けた戦い…

 いや、生存闘争がニッネカムイと山の神々の大戦という伝説の素になったと云う事か」

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「まあ、俺もAさんと同じところ(推測)に至った訳ですが、

 神居古潭の石組み文化を持つ民族はあれで滅びた訳ではありませんよ。

 先に言いましたが北海道各地にもストーンサークルはあり、

 縄文時代後期になっても日本各地でストーンサークルは築かれていますから」

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「あれが最後のニッネカムイとは思えない…という事か」

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「いやいや、石組技術を持った縄文人ですがな…」

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映画『ゴ●ラ』のラストでの山根博士(志村喬)名セリフをAさんがつぶやいた。

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「そんなに欲しいのであればくれてやれば良いのです。

 資源は十分、手に入りました。旭川に戦略的価値などもう何も残っていません。

 山の神々もつまらぬ戦を仕掛けたものです、閣下…」

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「塩沢兼人!?」

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紫蘇ジュースの入っていたコップを指で弾いて失陥したオデッサから飛び立った

ザンジバル級巡洋艦の中でマ・クベ大佐の放った負け惜しみをBが宣う。

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それからしばらく、観光客が誰もやってこないことを良い事に、

俺達三人はガンダムと縄文人をネタに馬鹿話で花を咲かせた。

縄文人=オールドタイプで弥生人をニュータイプにして…

サンライズから離れろと俺が言ったにも拘わらずにな。

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「まっすぐ行けば神居古潭の核へ行ける、出来るぞ!!」

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「そう思える力を与えてくれたのはララァかもしれんのだ…

 ありがたく思うのだな」

「貴様がララァを戦いに引き込んだ!」

「それが許せんというなら間違いだな、アムロ君」

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「君は自分が如何に危険な人間か分かっていない。

 素直に弥生人(ニュータイプ)の有り様を示し過ぎた!」

「だから、なんだというんだ!」

「人は流れに乗ればいい。だから、私は君を殺す!」

「本当の敵は山の神ではないのか!?」

「私にとっては違うな!

 分かるか、ここに誘い込んだ訳を!!」

「弥生人(ニュータイプ)でも稲作をしなければ縄文人と同じだと思ったからだ!」

「弥生式土器を作る技は弥生人(ニュータイプ)といえども訓練をしなければな!」

「そんな理屈!!」

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食い終わったトウモロコシの芯を握りしめて互いに激しく打ち合い、

俺とBは二十歳を超えた大人であることを忘れて駅舎の前で戦ってた。

羞恥心を高い棚の上に置きざりにして。

認めたくないものだな…自分自身の若さゆえの過ちというものを…

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「あなた達!

 いったい、いつまで私達を待たせる気よ!?」

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少女のものと思われる大音声が思案する俺の頭に降ってきた。

そして、数十分の旅から帰ってきた我が羞恥心。

利息が付いてさらに大きくなって帰ってきやがった。

俺とBはそれを誤魔化すべく、

Bの額と俺の腕へ突き付けられたトウモロコシの芯を放り投げ、

ショッカーの戦闘員に囲まれた本郷猛みたいに腰を落として周囲を警戒したりする。

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「ヘルメットが無ければ即死だった…」

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B、それはもういい…

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「いくら待っていても全然トンネルに来ないじゃない!!」

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見上げれば駅舎の屋根の上に腕組みをして並び立つ四人の少女らしき姿がある。

彼女達に降り注ぐ七色の木漏れ日、

顔の部分は逆光で影になって窺い知ることが出来ない。

各人それぞれ赤、青、白、黒のブレザーっぽい上着を羽織り、

スカート丈の限界に挑戦しているみたいなマドラスチェックのスカート…

折り重なり花のように咲いた襞のその奥より、

絶対不可侵…乙女の領域を守護奉る偉大なる二等辺三角形が顕現する。

アントン・ザイドル指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック協会管弦楽団による、

ドヴォルザーク作曲の交響曲第9番『新世界より』が聞こえてきそうな…

それはあまりに神々しい光景だった。

彼女達は自分の立っている位置をまるで理解していないらしく、

俺はなんの労力も無しに余すところなく、

ご開帳されたアレを拝観させていただいている。

どいつもこいつもガキのくせに、子供パンツじゃない…だと!?

しかし、俺は二十歳をとっくに過ぎているからな。

パンモロの驚愕を表情には一切出したりはしないのだ。

例え、頭の中で陛下に対すると同じ45度礼をしていようともな!!

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「服が昨夜と違っているな」

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「「「「同じ服を二日続けて着れる訳ないでしょ!!」」」」

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「パンツも全員、柄が昨日と違っている。」

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「「「「五月蝿いわ変態!!!」」」」

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高所に立つ危うさにやっと気づいたみたいだな。

彼女達はスカートの前を慌てて押さえて身を捩らせる。

赤シースルー紐パン、白ノーマルレッグ、黒レース、青ハイビスカス柄か…

そんな急に動くと屋根から落ちるぞ?

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「うわぁ、おパンツ様だぁ」

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「きれー」

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俺の横に並んだAさんとBが目を輝かせて駅舎の屋根を見上げ、

なんだか寸劇をはじめた。

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「手の空いている者は上方を見ろ、おパンツ様の群れだ」

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ジャブローから宇宙(そら)に飛び立つホワイトベースクルーネタ!?

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「ビデオに撮っておきます?」

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「よし、許可するぞ」

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「「「「勝手に許可だしてんじゃねぇーわよ!!!!」」」」

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(つづく)

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菊正●の名フレーズ‥懐かしい〜👏

怪異が待ち遠しいです ( ͡° ͜ʖ ͡°)

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