中編6
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ソフレ

ちょっとしたきっかけで、曖昧で儚い『つながり』が生じることは、男と女の間ではよくあること。

セックスはしないが、人肌恋しさや下心からぬくもりを共有する、こんな、添い寝をするだけの、セフレにもならぬ「ソフレ」がいても、なんら不思議はない。

そう語る彼の顔は、恥どころか、うっすらと自信を見え隠れさせている。人のことが言えた義理でないが、男とは愛だの恋だの繊細な話になると、だらしのない生き物だ。

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勘定は私が払う約束なので、話を終えた彼は会釈をし、バーの出口へ向かう。

カラン、と、ドアチャイムの音を残して、彼は外へ出ていった。

このあとの彼の運命を知っているだけに、あまりその背中を長くは見送らなかった。

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ほどなく、

キィィィィィィィ

と、アスファルトとタイヤの摩擦音。そして

ドッ

という鈍い音。

バーの中が騒がしくなり、数名、外へと慌てて出て行く。野次馬も集まってきたようだ。私も表へ出た。

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「もう辞めにしないか?」

今しがた、彼を車道へ突き飛ばした両手を伸ばしたままにしているそいつへ、声をかけた。

そいつの視線は、鉄の塊によってすっ飛ばされ、布切れのようにくしゃくしゃになった彼へと向けられている。

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そいつは、私の妹だ。数ヶ月前に死んでおり、もうこの世の住人ではない。おそらく、私以外にはその姿も見えていない。

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こうなる前、妹には恋人がいた。その恋人が不慮の事故で他界し、残された彼女はショックと寂しさから狂ってしまった。

彼女は、心の隙間を他の男の温もりで埋めようとした。しかし、1人の男では足りず、結果的に複数の男を部屋に招くようになった。

良いのか悪いのか、世でいう美人なために、男はすぐ集まったらしい。

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ただ、部屋にあげても恋人への罪悪感にかられ、添い寝を要求するだけだった。

知った口を聞くのは、私も、彼女が眠りにつくまで添い寝した経験があるためだ。肉親の体を頼るほどに、彼女の心は、人のぬくもりに飢えていた。

部屋に他の男をあげている時点でどうこう言い訳できない気もするが、繊細な話になると、女性は男と違って複雑な解釈をするようだ。

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殺した男は、これでちょうど10人目。生前、何を思ってか自分の部屋に招き入れた男性の命を、彼女は刈り続けている。

妹の懇願に負け、もちろん素性は隠して偶然の出会いを装うが、標的とコンタクトを取るために私が仲介をしている。人殺しの片棒を担がされているようで、さすがにそろそろ呆れてきた。人が絶命するまでの一部始終は、そう何度も見たいと思う代物でもない。

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「ひとつ、聞いていいか」

私は妹に声をかけた。

「なに?」

「何故、私がこの作業に関わる必要がある」

できればもうあまり関与したくない。明確な理由がなければ、もう勝手にやってほしい、というのが私の本心だった。

「…聞きたい?」

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意外にあっさりと、私が関わらないといけない理由を教えてくれた。

「…因果応報って、あるでしょ。死んでから感覚的に理解したけど、同族、つまり私たちでいうところの、人間の命を奪う場合、責めを負うのは奪った本人。

そこに同じ家系図に入る者、それに協力させて死に追いやるってのは、極めて重い責めを負わされる」

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「その…つまりお前は己の罪を重くするために私を使っているのか?」

何の話をされているか全く頭がついていかない。

「まぁ、半分、当たり。

責めとはすなわち、対象者への怨念。実態の無い私は、視覚から入り込めないわけで、端的にいうと『怨む対象に成り得ない』状態」

理屈はなんとなく理解できた。妹は霊体のため、標的の記憶に『こいつに殺された』と残ることができない。だから、事実上は怨む対象になるため、私を依り代にしていた、ということか。

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「責めが重くなると、対象者との因果が強くなり、霊体として残りやすくなる」

「ちょっと待て、対象者との因果って…」

「あぁ、安心して。兄さんと、今まで殺した彼ら繋がってるわけじゃない。見なよ」

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そう言うと、妹は腰辺りに手を伸ばし、何かを引っ張り上げるような動きをした。すると、無数の、サビだらけの鎖が現れた。それらの端の片方は妹に繋がれ、もう片方は背後へと伸びている。その先には、

「…なんてことだ」

ちょうど10体、力なく横たわる人型の何かが繋がっていた。

霊体の妹と繋がれていること、先ほどまで私が話していた彼の顔がそこにあることが理由かもしれないが、人間ではないことはすぐ理解できた。

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なるほど。殺したのは妹だが、当人達は妹を認識していない。そのため、よく分からん死後のルールで縛られ、ただ妹に引きずられるがままになっているのか。哀れな…

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「もうぬくもりも感触も、何も感じないけど、寂しいって感情だけは残っていて。

だって、みんな優しかったの、暖かかったの。隣にいてくれるだけで、私、ちゃんと眠れたんだよ」

恋人が他界してしばらく不眠症になった、とは、本人から生前聞いていた。

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「もう、寝ることもできないけど、みんながいれば寂しくないの」

「…だから全員、連れていくというのか?」

己の手で殺めた男の亡霊、そのひとつを抱き寄せ、幸せそうに彼女は目を閉じた。

「それに、こうして『同じ』になれば、魂だけになっちゃえば、みんなにも触れられる…」

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瞬時に悟った。

彼女は、紛れもない悪霊になってしまった。もう私ではどうすることも出来ない。

「もう、辞めにしないか?」

無意味と分かっていながら、私はもう一度、妹へ言った。

「…私だって、こんなことしたくない、でも…」

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「兄さんが悪いんだよ」

束の間、説得に耳を傾けてくれたのかと思った私の考えは大きく外れていた。その一言は、私の耳元で囁かれていた。

慌てて振り向いたときには、もう全てが後手だった。私は彼女に突き飛ばされ、背中から、車道に身を投げ出す格好になった。

整った顔に張り付いたそれは、微笑みと呼ぶにはあまりに邪悪な表情だった。

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間髪を入れず、

キィィィィィィィ

と、アスファルトとタイヤの摩擦音。そして

ドッ

という鈍い音。

ヘッドライトの光を最後に、私の視界は闇に閉ざされた。

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………

私は分かっている。

このまま放っておけば、兄さんは確実に死ぬ。でも、そんなこと望んではいないの。

「おいで」

因果で繋がれた魂のひとつを、鎖で手繰り寄せる。抱き締めて、いっぱい、愛情を注いであげる。だって、この子がこれから『兄さん』になるから。

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入れるタイミングはね、少しコツが要るの。

鼓動が止まって、脳に血液が送られなくなって、ちょうど、私が話した因果の話の記憶が腐り始めたら…そう、このタイミング。我ながらもう手慣れたものね。

新しい記憶ほど定着が薄いからすぐダメになるの。新鮮なほど早く腐るのって、なんかお刺身みたいね。

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手足は大丈夫かって?

大丈夫よ、足りない生命力は、ほかの子達を使えばいいもの。まだ9個もあるからね。

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兄さん、きっと私が殺しても、私のこと怨んだりしない。とっても優しいから。

大好きだった。生きてるときからずっと。

誰が隣にいても、兄さんがいるときの安心感には敵わなかったの。

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だから、ずっと兄さんが私のそばにいてくれる方法を、私考えたの。

いっぱい実験して、試して、考えたの。

いっぱい殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…

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もう何人殺したか忘れちゃった。

もちろんそんなにソフレなんていない、だからウソついたの。ごめんね、兄さん。

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でも、殺した奴らにセフレだかソフレだかがいたのは本当。それを自慢げに語る馬鹿共ばっかり、どれだけ殺してもうじゃうじゃいる。ほんと、男ってだらしないね。

兄さんを殺したのは、これで5回目。

死ぬまでに集めた魂は10個。記録更新ね、兄さん。

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次は私が殺すまでに、いくつ集められるかな?

Concrete
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