中編3
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白昼の女

あまり怖くないけど、俺の唯一の心霊体験について書いてみようと思う。

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ついこの間、ちょっとした用事があって久しぶりに都内に行ったんだ。

まあ用事自体はすぐ終わるものだったから、このまま帰るのもなあと思って駅の周りをプラプラ歩いてから帰ることにした。

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駅からそんな離れてない場所だったと思う。

背広姿の30半ばくらいの男が歩いてた。

見た目はごく普通。

短めの髪に、黒縁の眼鏡かけてて、ちょっと疲れたような顔した、本当にどこにでもいるようなサラリーマンって感じの人だった。

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普段ならまず注目しないようなサラリーマンに目がいってしまったのは、その男の隣を異様な女がピッタリくっついて歩いてたからなんだ。

足首くらいまであるボサボサでチリチリの長い黒髪で顔が隠れてて、なんかすごい派手なピンクと水色の水玉模様みたいなノースリーブのワンピース着てて、足は裸足。

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その女が、隣のサラリーマンに大声でなんか話しかけてるのに、サラリーマンは全く返事をしないし女のほうを見もしない。

無視してる、というより見えていないみたいだった。

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女の言っていることはほとんど意味を成してなかったと思う。

地球温暖化が〜とか、人類の始まりが〜とか、支離滅裂で会話にもならないようなことを、とにかく大声でサラリーマンに話してる。

けどサラリーマンは気づかない。

全く異様な光景だったよ。

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で、俺は好奇心旺盛なアホだからさ

そのサラリーマンと女の後についていったんだよ。

ほんとにただの好奇心だった。

けどそれが間違いだった。

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しばらく追跡して都会の喧騒からだいぶ離れてきた時に、急に腹が痛くなってきた。

なんかもう我慢の限界の下痢。

あっ、これはやばい、追跡してる場合じゃねえってなって、とにかく用を足そうと、なんか近くの寂れたビルに飛び込んでトイレを貸してもらった。

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この時にはもうサラリーマンと女のことなんかどうでもよくなってて、とにかく間に合ってホッとしたのを覚えている。

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便を出し切って、さあ帰ろうとビルを出たら、さっきの女がいた。目の前に。

思わずウワッ!って叫んだ。

すると女は俺の隣にピッタリくっついて、なんかでかい声で喋り始めた。

さっきサラリーマンにやってたのと全く同じ。

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なんかこれはやばいぞと、とにかく振り払わなきゃと思って、気持ち早めに駅に向かった。

けど女は俺が早歩きをするとそのスピードに合わせて早歩きになるし、逆にスピードを緩めると同じくゆっくり歩く。

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俺の動きを真似ているというより、影みたいに全く同じ動きをしているように見えた。

そしてその間も、何やら支離滅裂なことをペチャクチャ喋っている。

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もう頭が混乱していた。

足も心なしか重く感じて、前に進もうとしても上手く動かせない。

貧血の時みたいに頭がサーっと冷える感じがした。

その時

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「兄ちゃん、まけるから乗りなよ」

と、たまたま通りかかったタクシーの運転手が声をかけてくれた。

俺はヘトヘトの身体でタクシーに転がり込んだ。

女は乗ってこなかった…というか、タクシーに乗った瞬間に見えなくなった。

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タクシーの運転手は運転中何も言わなかったけど、多分あの女が見えてたんだと思う。

そのタクシーにはなんかやたら御札みたいなのが貼ってあったし、乗った時に身体に塩みたいなのを撒かれた。

そしたらさっきまでの不調が嘘みたいに治った。

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駅まで送ってもらって、お金は払わなくていいよと言われたけど、いや貰ってくださいと、逆に多めに払った。

運転手は

「三ヶ月はこの辺に近寄らない方がいいね。

どうしてもっていう用事があったら、呼びなさい」

と言って、わざわざ名刺をくれた。

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俺はタクシーが見えなくなるまで頭を下げた。

久々に、こんなに人に感謝したと思う。

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ほんとについこの間の出来事だから、当然その駅近辺、というか東京自体に行かないようにしてる。

この話を読んだ人はどうか、俺みたいに変な奴を見つけてもついて行かないようにしてほしい。

シャレにならないからな。

Concrete
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