中編4
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0と1

目が覚めると、いつもと同じ朝がそこにはあった。

 いつものように、目覚ましに起こされ、眠い目を擦りながら二階の自室から階段を降り、顔を洗う。

台所をあけると、フワっと甘い卵焼きの匂いが漂ってくるはずだ。我が家の卵焼きは、甘みが強く、砂糖のせいか、少し焦げ目がついている。焼き魚とみそ汁、小さな小鉢に入ったほうれん草のおひたし。

 父が和食派なので、我が家の朝ごはんはだいたいこんな感じ。たまに休みの日には、遅くまで寝ている父抜きで、喫茶店で食べるモーニングのようなメニューが並ぶこともある。

 だけど、今日は違う。何かが違う。これは、我が家の匂いではないと感じた。

「おはよう、零。顔は洗った?」

母が満面の笑顔で振り向いた。その笑顔に違和感があった。母はこんなふうに笑う人だっただろうか。

何かがおかしい。

「うん。」

俺はそれ以上は言わず、食卓につくといただきますと手を合わせた。

「おはよう。」

俺が一番不思議に感じたのは、そう言いながら当然のように俺の隣に座った双子の弟の存在だった。

俺がじっと見つめていると、そいつは怪訝な顔をした。

「何だよ、じっと見て。俺の顔に何か着いてる?零にい。」

「いや、別に。」

弟の名前は、壱。零と壱なんて、親はいくら双子にしてもふざけていると思う。

俺たちは一卵性ということもあり、そっくりだ。

だけど・・・。その日の俺には、違和感が拭えなかった。

壱は、弟は、本当に存在しているのだろうか。

俺は自分がおかしくなったのではないかと思った。確かに、壱との思い出はある。

同じように育ってきたのだ。だけど、あまりに同じ過ぎはしないか?

双子なのだから、常に一緒なのは当たり前だ。

壱とは、同じ時期に怪我をしているし、同じ時期に病気もしている。

病気は双子なのだから、うつって当たり前かもしれない。でも、怪我をした傷跡まで一緒ということはあり得るのだろうか?俺は今まで、何でこんなことに気付かなかったのだろう。

しかも、傷は結構な大きな傷だ。それにもかかわらず、その記憶が無い。幼い頃の怪我なら記憶が無くても当たり前だ。だが、その傷は結構新しい。

「ねえ、母さん、俺のこの傷、いつやったの?」

母の背中がびくりと動くのが分かった。

「何言ってんの?それは、あんたが幼稚園の頃に転んで大けがした傷じゃないの。」

嘘だと思った。転んで怪我でこんな傷になるはずがない。これは、火傷の痕だ。

俺の隣で、壱が小さくチッと舌打ちしたのが聞えた。

「母さん、俺にだって転んだ傷と火傷の傷の区別くらいつくよ。何を隠しているの?」

母親がゆっくりと振り向いた。その顔は、まるで恐怖に歪んでいるように見えた。

「さあ、母さんにも覚えはないわ。火傷もあったかもねえ。」

あまりにおかしい。こんな大きな傷なのに、あまりに曖昧ではないか。

「ねえ、アンタ誰?」

俺は核心に迫る質問を投げかけた。

「な、何をバカなこと言ってんの?怒るよ?」

そう言いながら、母は俺の前に納豆を出して来た。

あぁ。これで決定した。これは母ではない。

俺は納豆を食べない。

これは母ではない。

排除する。

「ぎゃああああああああああ」

母の悲鳴に驚いた父が、台所に飛び込んできた。

「な、なにをして・・・!」

父はその言葉を最後に、静かになった。

気が付くと、俺は父と母を貪り食っていた。

どうしてこうなったのかはわからない。

「壱、母さんと父さんは偽物だ。本物はどこに行った?」

平然と父と母が食われる様を見ていた壱が、ニヤニヤ笑いながら言った。

「あんたが食った。」

「嘘だろう?」

「零にい。俺たち家族は実は全員事故で死んだんだ。でも、その事実は誰も知らない。」

「どういうことだ、壱。」

「つまり、俺たち家族は、実験台に使われたんだよ。俺たち家族は、他に身寄りがない。うちの両親の親は早くに亡くなっているし、二人とも一人っ子だからな。そこを狙われたんだよ。」

「意味がわからないよ。」

俺は、両親の血肉の滴る唇を横に手で拭った。

「俺たち家族は作り直された。密かに人から作った細胞同士を授精させて、その細胞から生まれた者同士、また夫婦として結婚させ子供を作らせた。ところが、とんでもないモンスターが生まれちまった。それが零にい、あんたさ。」

「何を言っているのか、さっぱり。」

「零にいは、勘がいいから、すぐに偽物の両親に気付いてしまうんだよ。零にいの遺伝子には、あんたが生きていた頃の記憶が刻み込まれている。だから、俺がお目付け役で付けられてるってわけ。今あんたが食った両親は三代目だよ。零にいは不滅細胞の持ち主なんだ。あんたは永遠に生きる。それ以上、老いることもないんだ。ところがあんたの細胞には、事故の記憶が刻み込まれていて、どうしても同じ場所に事故の傷ができてしまうんだ。」

「お前、誰なんだ。」

「察しがいいね。零にいが気付いている通り、俺はあんたの弟でも何でもない。あんた本人なんだから、記憶も同じなのは当たり前だよね。」

「俺、本人?」

「そう。俺は、零にいのクローンさ。」

「嘘だ。」

「嘘じゃないよ。零にいは被験者だったけど、あいつらの手に負えなくなった。だから、クローンの俺を双子の弟としてお目付け役で付けて、実験しているってわけ。零にいは、人食いになっちまった。排除すると決めた人間を食べてしまうんだ。だから、零にいは、この仮想空間でしか生きてはいけないんだよ。外に出すには、あまりに危険だから。」

「やめてくれ。お前を排除する。」

「ところが、零にいは、俺だけは排除することができないんだ。」

「何故だ。」

「理由はね。」

壱はそう言うと、いきなりハグをしてきた。

すると、壱の体は、俺の中に浸透してきた。

耳元で壱がささやく。

俺は壱であり、零にい自身だから。

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