長編11
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玉(ぎょく)

強い勢力を保ったまま都心に直撃した台風の影響で、自宅までの路線は全て運転見合わせとなった。日帰りで遊びに来た筈が足止めを食らい、ビジネスホテルの空きは無いかとひたすらスマホで検索していた時、どこか懐かしい声で自分の名前を呼ぶ声がした。大学の同期だった奥沢だ。事情を話したら一晩泊めてくれることになった。

奥沢の住むアパートは駅から10分程歩いた場所に有り、ここ数年に建てられたばかりなのか真新しさが目立つ。オートロック付のワンルームで、まあまあ広い。

僕と奥沢は大学卒業後、それぞれ地元の企業に就職した。僕は年に1、2度趣味のイベントや友達に会いに都内に来る程度なのだが、奥沢はつい1年程前に転職し、再び上京してきたという。

家に上がると、奥沢は風呂と着替え、更に飯まで用意してくれた。なにもここまで、と一瞬気が引けたが、奥沢は「引っ越してきたばかりで彼女も居ないし、仕事ばかりで殆んど友達と会ってなかった。部屋で1人で過ごすのに退屈してたから丁度良い」と、ビールを僕の前に置きながら言った。

どうやら僕がこの部屋の来客第1号らしい。

夕飯を食べながらテレビの台風情報を観ると、今夜一杯は強風と激しい豪雨で、不要な外出は控えるようにとの勧告が出されていた。

毎年のように、それも年々台風は勢力を増しているものの、馴れとは恐ろしいもので、特別驚きはしなかった。僕と奥沢はぼんやりと台風情報の画面を眺めながらビールを煽った。

しかし、ある地域で土砂被害が起きたという情報が流れた途端、奥沢の顔色が変わった。土砂崩れが起きたのは、奥沢の地元の村だった。

確か村には、奥沢の親戚がまだ住んでいる筈だ。

僕は心配になって大丈夫かと聞いた。すると、

「…こういうの見ると、昔の事思い出しちゃってさ…。自分でも信じられないし、信じても貰えないだろうと思ってるんだけど…」

と、呟やく様に言った。

答えになってない返事で、何の事やらわからず、僕はぽかん、とするしかなかった。しかし、その時の奥沢の表情は、まるで何かに怯えるような、嫌な予感が的中した、とでもいうような感じに見えた。

その言葉の意味を聞こうとしたのだが、久しぶりに飲んだ酒がだいぶ回ってしまい、疲れもあって眠気が勝ってしまった為、僕は早々に、奥沢が用意してくれた寝床についた。

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夜中、トイレを借りようと寝室を出ると、向かいの押し入れの前で、うずくまる人影が見えた。一瞬びっくりして固まったが、奥沢だった。具合でも悪いのかと声をかけると、奥沢は怯えるような顔で、何かを抱えている。それは、ちょうどおせちの重箱くらいのサイズの箱だった。

電気も付けず暗い中、うずくまって大事そうに箱を抱えている異様な風景に耐えきれず、僕は電気をつけて奥沢の肩を少し揺すりながら言った。

「奥沢君、何があったんだよ。台風のニュース見てから、様子が変だぞ…俺でよければ、何でも聞くから!」

コソコソされるのが嫌いな性分だったから、心配な反面、少しイラついてた所もあって、つい口調が強まってしまった。ハッと我にに帰り謝ると、奥沢は、泣きそうな、力の無い声で言った。

「…頼む…俺もどうしたら良いのかわからないんだ…」

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数年前、奥沢の地元が豪雨の被害にあった。河川の堤防が決壊し、母方の本家が浸水し、半壊した。

本家と云っても名ばかりで、今は誰も住んでいない小さな民家だという。親戚達も寄り付かず気にも留めていない。むしろ、取り壊して土地ごと売ってしまおうかという話が出ていたそうだ。

しかし、何かしらの先祖の形見やらが残っているかも知れない、様子を見てきてくれ、と親戚から片付けを頼まれ、当時村から2つ離れた市街に住んでいた奥沢は、兄と一緒に被災した本家に向かうことになった。

川沿いに面していた玄関と庭は全て流され、辛うじて残っていた居間の部分も、土砂で完全に塞がっていた。「確か居間にあるんじゃないかな~」という、親戚達のうろ覚えの記憶を頼りに、土砂や大小様々な木の枝に足元を阻まれながらスコップで泥をかき出していくが、疲労だけが溜まっていき、一向に終わりの見えない作業に次第に苛立ちを覚えた。

結局日暮れ近くまで作業をしたが何も出ず、兄からも今日はもう終わりにしようと言われ、車に戻ろうとしたその時だった。

ゴポゴポ…という音と共に、目の前の地面から水が染みだしてきて、奥沢のほうに流れてきたそうだ。そして次々と溢れ出し、履いていた長靴の足元を覆い始めた。水の色は、血のような真っ赤な色をしていたそうだ。水は次第にドロドロと流れるようになり、異臭を放ち始めた。生臭い、生肉や魚が傷んだ時のような、そんな臭いだったそうだ。

突然の事に、奥沢の身体はまるで金縛りのように固まり、声も出せなかった。そして、ゴオオオオオ…という音が頭の中で聞こえ始め、視界がくらくらと歪んでいった。

しかし次の瞬間、自分の名前を大声で呼ぶ声がして我に返ったそうだ。先に車に戻っていた兄が、家の前でぼーっと突っ立っている奥沢に声をかけたのだ。足元を見ると、血だまりも臭いも消えていて、長靴にも泥がついているだけだったという。

車に乗り込むと兄から怪訝な顔をされたが、自分でも何が起こったのか信じられず、疲れて立ったまま寝てただけ、と言う他なかったそうだ。

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翌日、筋肉痛で思うように動かない体を何とか動かしながら本家へと向かうと、目の前の土砂が綺麗になくなっていた。どうやら役場や自衛隊が片づけたようで、これでもう足に痣が出来なくて済むと、兄弟揃ってほっとしたという。

そして、家の中に入って探すこと30分、親戚たちが言っていた形見とやらを発見した。それは座敷の奥の、箪笥で塞がれた押し入れから見つかった。

お菓子の詰め合わせが入っていた大きめの缶の容器で、開けると古い写真が大量に入っていた。

初期のカラー写真から、セピア、モノクロと、様々な時代の写真が入っており、幼少期の祖父母や親戚であろう子供の写真や、この本家が裕福だった事を示すような、立派な部屋の「しつらえ」を写したものもあった。着ているものも質のよさそうな感じで、これだけの写真を残せるということは、うちの先祖は相当金持ちだったんだろうな。奥沢は、そんなことを思いながら、兄と2人でその場で写真に見入っていた。

そして、写真の山がちょうど半分くらいになったあたりで、突然兄が「やばいやばい!」と大きな声を出した。びっくりして兄の方を向くと、「見てみ!心霊写真じゃね?」と、1枚の写真を目の前に差し出した。

それは一見、この家をバックにしたモノクロの家族写真でしかないのだが、よく見ると、人物の後ろの部分、玄関の横あたりに、ほんの僅かに、手のようなものが写っていた。

「な、写ってるだろ?これどうする?おじちゃんおばちゃんに言う?」と、兄は興奮気味に話しているが、奥沢は写真を見ながら体が震えたという。

昨日見た、血のような水と異臭、それが湧き上がってきた場所とほぼ一致していたのだ。

あの水…あの臭い…まさか…?

そうは思っても、兄には昨日起きた事を言えなかったそうだ。

写真を仕舞い、そろそろ帰るかと家を出て車に乗り込もうとした時、「すみませーん」と背後から声がした。振り返ると、作業着姿の女性が立っていた。

沢田(仮名)と名乗る40代位のその女性は、奥沢達と同じく、高齢の親族に頼まれて家の片付けに来たそうだ。沢田家はほぼ全壊だったが、家の前に流れてきた物の選別をしなければならず、集めたものを近くの親族の家に、確認の為に持っていったそうだ。

結局沢田家の物は流されたようで1つも無かったが、あるモノについて、沢田さんの大叔父が「これは奥沢のだ」と言ったそうだ。その大叔父はもう何年も前から認知症で、寝たきりに加えロクに喋れない状態になっていたのだが、それがはっきりと答えるということは、そうなのかも知れない、とわざわざここまで持ってきたという。

黒いビニール袋に入った「それ」は、四方20㎝ほどの箱だった。泥に埋もれていた為にだいぶ汚れてはいるが、何か大事なモノが入っているように見えた。というのも、箱の蓋にあたる表面に、かすかに「玉」という一文字が見えたのだ。

箱の側面は寄せ木細工のように複雑な嵌め込みをしており、沢田さんも親族も開けられなかったという。

玉、と言うことは宝石か何かか?ここまで厳重に仕舞ってあると言うことは、かなり大事なものかも。と、奥沢は思った。だが、これが本当に奥沢家の物かどうかは定かではない。一応預かるが、分からなかった場合はまたそちらに返すかも、と兄は沢田さんに告げたという。

そして、車の後ろに箱を乗せた後、奥沢達は実家に向かったそうだ。

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ビュウウ…ザザ…という音が近づいたり遠退いたりしている。窓の外ではいよいよ台風の威力が強まってきている様子だった。僕は奥沢の話してくれた一部始終を黙って聞いていた。

「血のような水」の話の辺りから、背中らへんがゾクゾクと寒気がしていたが、きっと薄い寝間着のせいか何かだろう。

玉…そして複雑な構造の「箱」。真っ先に思い付いたのは、有名な怪談話の1つ、「コトリバコ」だ。

奥沢は、今まで誰にも話せなかったのか、溜め込んだものを少しずつ吐き出す様に僕に語ってくれた。さっきまでの怯えた感じは、少し収まったようだ。

フローリングの床の上に置かれた「箱」は、プラスチックの、100均か何かで買ったような箱で覆われていて、どんなものかは確認出来ない、というより、易々と見てはいけない様な気がした。

「それで、どうなったんだ?ここに有るってことは、その爺さんの言った通り、奥沢んちの先祖のものだったんだろ?」

「わからない」

「へ?」

「わかんないんだよ…なんかおかしいんだ…」

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実家に戻ると、両親、同居している母方の祖父母、近所に住んでいる親族が居間で待っていたそうだ。

風呂と飯を済ませ、あらかた片付けが終わった旨を伝え、頼まれていた形見の品を見せた。

すると、懐かしい懐かしい、凄い、と奥沢達を労う言葉もなく、親族達は写真を見ながらキャッキャと喋りまくっていたという。

母方の親族は昔から我が強いタチで、喋りだすと相手が誰でどんな集まりだろうと自分達のペースに飲み込もうとする所があった。

そのくせ面倒な事は嫌いで、跡取りでも何でもない両親が母方の祖父母と同居しているのも、兄弟姉妹の中で一番大人しく、真面目な母の性分を知っていて、老後の世話も含めて半ば無理やり押し付けた感じらしい。

結局その日もベラベラと親族達が喋りまくり、実家の空気をひっちゃかめっちゃかにした後、形見の写真だけをいそいそと持って帰ってしまい、「箱」の事

を言うことは出来なかったという。

だが、その夜の事。えーっ!という母の声で目が覚め、両親の寝ている部屋に行くと、「見てみて!傷が消えてる!」と腕を見せながら母が言ったそうだ。母は幼い頃、姉達のいたずらが原因でひどい大火傷を負い、大人になっても生々しい跡が残っていたのだが、先ほど寝る前にふと腕を見ると、今朝の今朝まであったその跡が、綺麗さっぱり無くなっていたという。

信じられない…と驚く両親をボーッと見ながら、パッと直感であの「箱」が頭に浮かんだそうだ。

そして翌日は、今まで腰痛が原因で殆ど引きこもっていた祖母の調子が良くなり、杖が無くても何とか歩けるようになっていたという。

父も以前よりも目の具合が回復したといい、もしかしてあれのおかげ…?とまだ自室の奥に仕舞ってある箱を見ながら、兄弟揃って話したという。

「なんか凄いじゃん。これ。ホントにそうだとしたら、ラッキーだな!」

「ああ…そうなんだ。多分。でも…そればっかりじゃ無いんだ。」

家族の身体に関する問題が治っていく最中、母の姉の子供、つまり奥沢達のいとこが亡くなった、と連絡を受けた。バイト先の居酒屋で、厨房にあるフライヤーに頭ごと突っ込み、頭部が焼け爛れて死んだという。こないだまでペチャクチャ喋りまくっていた叔母は、そのショックで引きこもってしまったそうだ。

更にそれから1ヶ月後、母の兄である長男も、仕事中ありえない事故で下半身不随になり、リストラされ、一家は離散寸前だと家族に連絡がきた。

偶然とは思えない位、奥沢の家族以外の親族に不幸な事故が相次ぎ、奥沢と兄は箱の存在が怖くなったという。

というのも、母は以前から、諸々の事情から兄弟姉妹の事はよく思ってなかったし、祖父母も、長男が若いときにこしらえた借金の肩代わりのせいで身体を痛めたのだが、当の本人からは礼も見舞いも無くそれっきりだったそうだ。

つまり、多かれ少なかれ「恨み」のようなものは持っていると言うことだ。

祖父は、「今まで散々振り回してきたバチが当たったんだ」と言ってはいたが、こんな短期間で、そして今になって起こるのは不自然だと、奥沢は思った。

「玉」の意味も、中身が何なのかも分からないが、もしかすると、これを持っている人の恨みを、これが代わって仕返ししているのか…?そうとしか考えられなかったという。その考えは兄も同じだったようで、「なんか怖いし、神社かお寺に持っていくべきかもな」と、言われたそうなのだが…

「手元にあるって、どういうことだよ?」

奥沢は口をつぐんだ。

「おい、まさかとは思うが…お前個人の恨みを…」

「それは違う!…何処も、引き取ってくれなかったんだ。…ただ、この出来事のせいで実家が少し噂になったこともあって…兄はまだ実家の側で働いてるし、これ以上はもう誰か死ぬとか事故とか見たくないから…俺が引き取ったんだ。俺はまだ独身だし…」

思い出した。奥沢は学生時代、多趣味で交遊関係も広くて、就職してからも地元の仲間や恋人と仲睦まじくやっていた筈だ。

「もしかして…お前この箱のために…?」

「そう…またこっちに戻ってくれば、実家に何か起きることも無い…無いって思ってたのに…!」

僕はテレビを付けた。

深夜のバラエティ番組の中、画面外枠には台風情報のテロップが流れていた。そして、

「◯◯県◯◯地区◯◯村、河川の堤防決壊。住宅11棟が流され、死者行方不明者50名以上との情報」

奥沢の地元だ。

「母方の親族の住んでる所だよ…実家は無事だって連絡来たけどね。残りの叔父叔母達は全然連絡取れないってさ…」

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1週間後、奥沢は再び実家に戻った。行方不明者の身元確認に付き添い、母の兄弟姉妹、そして奥沢達のいとこの遺体を確認したそうだ。

本家のあった場所はいつの間にか更地になっていた。どうやら親族が祖父母の許可無く勝手に土地を売ったらしい。

結局、「玉」とは何だったのか、箱の中身は何だったのか、そもそも奥沢家の物かどうかも分からなかったそうだ。

そして、その報告を沢田さんにしようと、交換した連絡先に兄が電話をしたそうだ。だが、番号は使われておらず、後にその大叔父という人の家族に会うことは出来たが、その様な女性は居ないし、そんなやり取りもした覚えは全く無いと言われたという。

奥沢と兄は、売り地となった本家の土地に、こっそり箱を埋め戻した。

すると、心霊写真だと言っていたモノクロの写真から、手のような影がいつの間にか消えていたそうだ。

僕も気になって、ついこの間、友達の、ある寺の息子に話してみた。すると、

「多分だけどさ、箱の中身って人の身体の一部じゃないかな?なんだっけ、お前の言ってた…そう、コトリバコ的な?まあ昔は土地を鎮める為の人身御供とかあったくらいだから、その類いじゃない?友達の親戚達はないがしろにしたから不幸が続いたのかもね~。ま、その女性の事はよくわかんないけど。」

だそうだ。

奥沢とは、今でも良い遊び仲間だ。

Concrete
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@夜行列車 様
ありがとうございます(^^)嬉しいです!

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