長編9
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蘇るとき、愛をもう一度

何かが張りさける気持ち悪い音がしました。

うちの団地のすぐ目の前で猫がバイクにひかれました。

その日は夏休みのプール開放日に出て行った小学校からの帰りでした。

犯人はこの辺りでよく見かける暴走ライダーでしたが、一旦止まってつぶれた猫をちらりと見ると爆音を立てて走り去っていきました。

私は気持ち悪かったのですが、そのままにしておくのもかわいそうと思い、スコップを持ってきて道の脇に穴を掘りました。

猫の体をスコップで持ち上げてそっと穴の中に入れ、穴を埋めようとした時でした。

猫の目がかっと見開いて私の方を睨んだような気がしました。

スコップで持ち上げた時にぴくりともせず、当然死んでいると思っていた私は驚いて体が固まりました。

しばらく様子を見ていましたが、やはり死んでいるようだったので穴を埋めて家に帰りました。

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その日の夜から私は体調を崩しました。

微熱とめまいが止まらず、翌日病院に行きましたが夏の疲れと診断されました。

病院からの帰り、まるで夢に中にいるような感覚でふらふらと進んでいました。

商店街の中を歩いているときに前を行く着物の女の人の持った風呂敷包みから小さな布袋が道に落ちるのが見えました。

「あの、落ちましたよ」

私は急いでその袋を拾うと女の人に声を掛けました。

「あら、いけない、大事なうちの商品なの」

振り返ったその女の人は金色の髪をしたお姉さんでした。

髪の色が金色なので初めは外国の人だと思ったのですが、その着物姿もそうですが容姿から見れば和風の麗人でした。

その女の人は私から布袋を受け取ると、中身の小さな箱を出して開けました。

「うん、壊れてない、よかったわ」

箱の中に入っていたのは一枚の眼鏡でした、着物のお姉さんは商品と呼んだその眼鏡をじっくりと確認してからまた袋の中にしまいました。

「有難う……うん? あなた、なにか妙なものに憑かれているのかしら?」

お礼を言いかけた着物のお姉さんは何かに気づいたように私の顔をじっと覗き込みました。

「やこ、じゃあないわね」

「やこ?」

「ああ、ごめんなさい、やこっていうのは『のぎつね』のことよ」

野狐……そういえば、漢字をあてるとそういう読み方をするのかなと思いました。

「これは……猫、かしら?」

「えっ、野良猫ですか?」

お姉さんの猫という指摘に先日の埋めた野良猫のことが思い起こされました。

「うふふ、狐と違って野猫はいないんじゃないかな」

私の発した野良猫という言葉に反応したのか、お姉さんは微笑んで答えました。

「あっ、そういえばそんな話聞いたことあります、猫はみんなイエネコで誰かに養われていないと寿命が凄く短くなるって」

「ふふ、そうね、だからあのこたちは基本あなたたち人間に対しても一途な思いを抱くけど、それが逆に視野の狭い憤りを産み出すこともあるわ、でもあなたの場合はどうも因果がねじまがってしまったようね」

そう言うとお姉さんは荷物を道の上に置き、私の顔の前でパンと手を合わせました。

「うんっ」

お姉さんはくぐもった声を漏らすと合わせた手を左右に開きながら見えない何かを握るように強く引っ張りました。

三度ほどそうして手を合わせると目を見開いて私の姿をじっくりと眺めました。

「うん、これでいいわ、じきに正しい因果に結びつくでしょ」

外見は清楚で綺麗なお姉さんだけど、なんか変な人に絡まれたなあと不安に感じていました。

「ふふ、確かに怪しく見えるかもしれないけど、目に見えるものだけで判断するのはあなたたちの悪いところよ」

「えっ、あっ、いや、その……」

考えを見透かしたような物言いに私は焦ってしまいました。

お姉さんはそんな私の表情に笑みを浮かべるとじゃあねと言って商店街の奥に消えていきました。

私は何だか狐につままれたような感覚でしばらく立ち尽くしてしまいました。

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猫を埋めてから二日目の夜、私は気持ち悪さで夕食を吐き出しました。

「ひかり、本当に危なかったら、救急車を呼ぶのよ、お母さんできるだけ早く帰るから」

母親に連絡を取りましたが、両親は共働きでその日の帰りは二人とも遅く、家に一人でいた私は倒れるように横になりました。

布団の上で測ってみた体温計は四十度を示していました。

元気が取り柄だった私にとって初めて体験する症状に恐怖すら感じました。

お母さんに言われた通り、救急車を呼ぼうと布団からゆっくり起き上がったのですが、外から赤ちゃんの泣いているような叫び声がかすかに聞こえます。

「なんだろ?」

心配になった私は一旦電話から離れてベランダに向かいました。

ベランダに出て声の在処を探してみるとその声は先日私が猫を埋めた場所の方から響いて来ていました。

不審に思いその場所を注意して眺めていると良くは見えませんが何か黒い影が猫を埋めた地面から這い出る等に出てきているところでした。

一瞬、私の埋めた猫が這い出てきたのかと思いましたが、違いました。

そのシルエットは猫の大きさはゆうに超えて、私と同じ小学生の女の子ぐらいの大きさがありました。

あり得ない事態に私は身動きもとれないままその光景を眺めていたのですが、ふっとその黒い影の頭が持ち上がってこちらの方を向いたような姿になりました。

暗くて見えないはずなのにその何かが私を確認して嬉しそうにこの団地に向かって四つん這いで駆け出したのだと感じました。

「な、なにあれ、なにあれ」

私は半ばパニックになりながら布団に潜り込んでガタガタ震えました。

しばらくすると、私の部屋の扉が狂ったようにガンガンと叩かれ始めました。

「うそ、うそ、なに、なんなの」

もう私は恐怖と体の熱さの両方で頭の中でごめんなさいとたすけてを繰り返し叫んでいました。

永遠に続くかと思うような時間でしたが……いつの間にか私は気を失っていたのか、記憶が途切れた感覚の後はっと目が覚めました。

目の前には私の部屋の天井の照明が見えました。

どのぐらい気を失っていたのかは分かりませんでしたが、あの扉を叩く音は聞こえなくなっていました。

本当に力が抜けてホッとしましたが、突然バチンと部屋の灯りが落ちて真っ暗になりました。

次の瞬間、あおむけに寝ていた私のお腹の上に何かが乗ってくる感触がありました。

驚いて起き上がろうとしますが、体が金縛りにあったように動きません。

オギャー!

血生臭い匂いとともに怒りのうめき声が響き渡りました。

恐ろしさで私はどうにかなってしまいそうでしたが、それでも私じゃないと叫び続けていました。

そのとき、ふいに窓の外から例の暴走バイクの走り過ぎる爆音が聞こえてきました。

私の上の黒い影はその爆音に気が付いたのか動きがピタッと止まりました。

そして、戸惑うように何度も窓の外と私の顔を交互に見ていました。

ま~お?

先ほどとはうってかわって困ったような声をあげると影は煙のように消えてしまいました。

呆気に取られていると部屋の電気が再び明るく灯りました。

それだけでなく今まであんなに苦しかった体の不調が嘘のように消えていました。

その日から私は猫のことが苦手になりました。

あんなに簡単に呪う相手を取り違える……そのことが怖くてしょうがありませんでした。

せめてあの猫の呪いが次は本当の犯人に辿り着いてほしい。

そう、思わざるを得ませんでした。

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……

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そのこがね色の後ろ姿は商店街の裏路地に続いていました。

私はまたしても夢の中の世界にいるような感覚でその後を追いました。

「私、気になってるの、あの人のことが?」

あのお姉さんと出会ってから、ずっとそのことが頭から離れませんでした。

後を追ったその先、あのお姉さんが入っていった一画がぼんやりと光っていました。

それは何かのお店の入り口のようでした。

そして、そこからかすかに女の子の泣いているような声が聞こえてきていました。

その声は調子は違いましたが、つい最近どこかで聞いたことのある声に思えました。

私は勇気を振り絞ってそっとそのお店の中に入りました。

「いらっしゃい、待ってたわよ」

入るなり、声をかけられて私はびくっと肩を震わせました。

お店の中にいたのは先日出会った金色の髪のお姉さんともう一人、髪の色から服や肌の色まで白づくめの女の子でした。

いえ、それだけではありませんでした、女の子の頭とお尻には猫のようなふさふさの耳と尻尾が付いていました。

少女はじっと視線を地面に落としたままでじっとしていました。

「ごめんなさいね、誘い込むような形を取っちゃって、この子がどうしてもあなたに謝りたいっていうものだから」

謝るという言葉を聞いて、思い起こされたのはもちろんあの恐怖の夜のことでした。

あの時の記憶の中の猫の影と目の前の少女はたぶん同じなんだという漠然とした感覚はありました。

「あの、貴方はいったい何なんですか、少なくともそこの女の子と同じで人間じゃありませんよね、もしかして神様なんですか?」

「うん、私? 私は単なる商い屋だよ、こんなお客もなかなか来ない古びた雑貨屋から定食が人気のうどん屋まで経営している実業家よ、まあ、あなたたちと同じ人間ではないかもしれないかしらね」

目の前のお姉さんはあの猫の女の子と違い昏い雰囲気とは真逆の何か明るい空気をまとっていたので、妖怪や化け物ではなく神様という言葉を選んでみましたが、微妙にはぐらかされてしまいました。

「それでね、この子があなたに迷惑をかけたから恩返しがしたいというのだけど」

「えっ、そりゃあ、ひどい目にあったんですから、そのくらいは」

実は呪う相手を間違えられた後に猫の恩返しというのは期待として頭をよぎってはいました。

「じゃあ、お礼にあなたがこの子の主として面倒を見てあげる? ああ、この子の元の体はもう土に還ってしまって今は霊体しかないけど、仮の体としてこの猫のぬいぐるみに入れてあげてもいいわよ」

金色のお姉さんはそう言うと白い猫のぬいぐるみを取り出しました。

「えっ、あるじって、つまり飼い主ってことですか、いくらぬいぐるみになるからってそんな急に言われても」

「うん、それもそうよね、じゃあ、この子もそう言ってるし諦めて帰りなさい」

お姉さんは猫の女の子に言い聞かせて帰るように促しました。

「えっ、いや、そんなあっさり」

「うん? この子の主になってあげるの?」

「えっ、え~と」

「無理しなくていいわよ、ふがいない主はこの子にとっても不幸だから」

「……どういうことですか?」

どこかとげのある言い方に私はむっとしました。

「前にも言ったと思うけど、猫というのは主に対して生真面目で本当に真剣に守ろうとするものだから……」

「だから何なんですか?」

「主が頼りなければ、この子はその分主を犯そうとする敵と戦わなければいけなくなる、大げさでも何でもなくそれこそ自分が死ぬことになってもね」

「あっ」

「この子のことを考えるなら、ね」

私はお姉さんの言葉に何も言い返すことが出来ませんでした。

そして、しばらく考えた後、私は白猫の女の子の震える手をそっと握りしめてあげました。

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「それにしてもあのひかりがぬいぐるみを買ってくるなんて、男の子みたいに元気いっぱいだからちょっと心配してたけど、やっぱり女の子なのね」

私が商店街で猫のぬいぐるみを買ってきたのを見て、お母さんが右手を口元に当てて意味ありげな笑みを浮かべていました。

そんなお母さんの姿を見て、私はあわてて猫のぬいぐるみを抱き寄せてごまかしました。

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「違うの、お母さん、この子はおともだち、新しくできた私のおともだちよ!」

私は大きな声で答えました。

しかし言った途端にその言葉の意味していることに私はむしろ恥ずかしくなって俯いてしまいました。

けれども目を伏せた先、腕の中の純白の妖猫はほのかに笑っているように見えました。

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@MEG 様
好きですというご感想をいただき感激です。
本当にお話に対する反応が返ってくるのが嬉しいんです。

一見物語が終わったかのように見えて続きがある二段落ちのような構成でしたが、今回は結果としてパートナーに巡り合えるのが死後という切ない形になりました。
うん、やはり切ないですね。

シリーズで書いていますので、ひかりちゃんとこの猫のお話の続きもまた書いていきたいと思います、ありがとうございました。

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