中編3
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二階の押し入れ

その借家に引っ越してきて、三日が経った。

郊外の古い住宅街の一角にある、中古の二階建てで、不動産屋の話では、築三十年ということだった。

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日曜日に主人と二人、荷物はあらかた出し終えたのだが、まだまだ掃除は完全には済んでおらず、主人が朝、仕事に出かけた後、一人でしこしこと掃除をするのが、私の日課になっていた。

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その日は朝からどんよりとした天気で、時折、思い出したようにしとしと雨が降っていた。

私はゴミ捨てをした後、二階の和室に上がり、八畳はあるであろう畳部屋に掃除機をかけていた。

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この部屋は以前どんな人が使っていたのだろうか。

西側に一つだけ、上げ下げ式の格子窓があり、何の洒落っけもない白のカーテンが二枚、ぶら下がっている。

反対側には、押し入れがある。

何の変哲もない普通の和室だ。

ただ一つだけ目を引いたのは、窓の横側、西側の角のところに、古びた観音開きの鏡台が一つ、開けっ放しの状態でポツンと置かれていた。

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─何で、鏡台だけ置いていったんだろう?

ただ単に前の住人の忘れ物?

それとも、わざと置いていったのかな?

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と、いろいろ考えながら、部屋の真ん中で掃除機をかけていたのだが、時折、チラチラ目線を鏡台に移すと、当然のことだが、赤いエプロンをして掃除機を動かす自分の姿が映る。

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─ちょっと髪が伸びてきたかな?そろそろ、美容室でも行こうかな……

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私は掃除機の電源を切り、鏡台の正面に正座すると、肩まで伸びた茶髪の前髪の辺りをうつむきながら触りだした。

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そして何気なく、肩越しに見える真後ろの押し入れに、目線を動かしたときだ。

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さぁぁっ!と一気に冷たい何かが背中を走り、心臓の鼓動が一気に高まる。

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押し入れの襖に出来たわずかな隙間の奥の暗闇に、一瞬だけ二つの目が横切ったのが、見えたのだ。

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私は息苦しいくらいに心臓の鼓動を感じていたが、出来るだけ平静を装い髪をいじりながら、時々鏡に映る肩越しに、チラチラ目をやった。

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隙間は意外と大きく、十センチくらいだろうか。

暗くてよくは見えないのだが、それは白髪の老婆のようだ。

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老婆は死に装束のような白い着物を羽織り、押し入れの上段に四つん這いになりながら、襖の隙間から、皺だらけの顔の中に埋まる二つの目を物欲しそうに動かし、ただじっとこちらの様子をうかがっている。

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私はなるだけ後ろを振り向かないようにしながら、そろそろ部屋を出ると、ゆっくりドアを閉めてから、静かに階段を降りた。

降りたらすぐ玄関があるのだが、なんと入り口のドアが開けっ放しになっていた。

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─しまった!さっき、ゴミ出しから帰ったとき、ドアを開けっ放しにしていたんだ!

確かゴミ出して帰った後、そのまま二階に上がったのだけど……

ということは私が掃除機をかけている最中に、上がってきて押し入れの中に入り込んだということ?

いや、私は和室の入り口の方を向いて掃除機をかけていた。誰かが入ってきたら、絶対気付いたはず。

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だとすれば、老婆は、もっと前から押し入れの中にいた!?

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え?じゃあ、いったい、いつから?……

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考えれば考えるだけ、私の頭は混乱してきた。

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─警察に電話しようか……でも、もし私の錯覚だったら……

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だが私には、再び二階に上がり、確認する勇気はなかった。

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結局あれから私は、二階には上がることなく、主人が帰ってくるまで、一階の居間のテーブルに座っていた。

主人にこの話をすると、早速二階に上がってくれて、押し入れの中を確認してもらった。

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老婆はいなかったのだが、押し入れの上段の奥に、鼈甲の手グシと古びた手鏡があり、その周辺には、白い髪の毛が、ごっそり束で散らばっていたそうだ。

 

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