中編5
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「千代」人形

僕の両親は、九州の山の中で農業をしていて、家は昔ながらの藁葺き屋根の造りをしていた。

入り口を入ると、ひんやりした土間があり、そこを上がるとすぐにだだっ広い居間があって、その奥にある階段を昇って右側の部屋が、ばあちゃんの部屋だった。

薄汚れて穴だらけの襖をガラリと開けるとすぐに、かび臭い匂いが鼻をつく。

八畳くらいの畳部屋は窓なんかなくて、薄暗い。

一番奥に仏壇があり、いつも蝋燭が二本、青白い炎をゆらゆらとさせていて、紫色の座布団がひいてあり、その前には、真っ黒な猫が座っていて、昼間でもなんだか薄気味悪かった。

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僕が部屋に入ると、腰の曲がったばあちゃんはいつも割烹着姿で、皺だらけの顔をさらに皺だらけにして、さも嬉しそうに迎えてくれた。

部屋の真ん中にある座卓に座ると、欠けた湯飲みに、ぬるくて不味いお茶を入れてくれる。

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ばあちゃんはよく一人で、麓の駅まで歩き、隣町で旅館業を営むお兄さんの家に遊びに行ってた。

その帰りに、駅裏にある小さな古物商に立ち寄っては、いろんな古物を買って、家に持ち帰っていた。ただそれは、古物などという代物とは程遠くて、がらくたという言葉がぴったりな物ばかりだったのだが。

ばあちゃんはそうやって買ってきた物を、ただ部屋のあちこちに置いていた。

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畳の上に転がっている花瓶や欠けた茶碗は、ヒビが入ったり、欠けたりしている。

壁に飾られた掛け軸には、立派な水墨画が描かれているが、隅の方は破れている。

柱には、大昔に流行した「ダッコちゃん人形」がぶら下げられている。

……

とにかく、様々なものが脈絡なく置かれている。

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ただ、その中でとりわけ目を引くものがあった。

そして、それが怖いから、僕はばあちゃんの部屋には入りたくなかった。

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それは、日本人形だった。

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壁際にある古びた和箪笥の上や、開けられた引き出しの中に、いろんな和人形が、ぎっしりと並べられていた。そのほとんどは着物を着ていて、幼い女の子だった。

しかも、その人形は五体満足のものはほとんどなく、片腕、片足のないもの、髪の毛が半分無いもの、首のないものまであった。

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ばあちゃんは、その全部の人形に、「千代」という名前をつけていた。

なんでも、ばあちゃんは若い頃、三人の子を授かったそうなのだが、最後に産んだ女の子は重い障害を持っていたらしく、幼いうちに亡くなったそうだ。

その子の名前が「千代」だったそうだ。

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ばあちゃんはいつもその一つ一つに、まるで生きた人間を相手にするかのように、話しかけていた。

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「おう、おう、千代ちゃん、千代ちゃん、腹減ったか。今、ご飯にするからの……」

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「どうした?どうした?千代ちゃん。

そうか、そうか、寂しいのか?じゃあ、話を聞いてあげようか」

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そんな様子を見ていると、今にも「千代」が喋りだしそうで、僕は本当に怖かった。

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それはある日の晩の夕飯時のこと。

母に言われ、ばあちゃんを呼びに行った。

階段を昇り、襖を開けようとしたときだ。

中から、ひそひそと話し声が聞こえてくる。

よく聞くと、一人は、明らかにばあちゃんの声だが、もう一人は、聞いたこともない女の子の声だ。

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しばらくじっと聞いていると、会話の内容は、女の子が、どうして自分には顔がないのか?と尋ねていて、それを、ばあちゃんが一生懸命なだめている、というようなものだった。

僕はゾッとしながら、しばらくその場に立ち尽くしていたが、なんとか勇気を振り絞り声をかけた。

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「ばあちゃん!ご飯だよ。」

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すると、ピタリと話し声は止み、しばらく静寂が続くと、ゆっくり襖が開き、ニコニコしながらばあちゃんが現れた。

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また、こんなこともあった。

夕方、学校から帰ってくると、ばあちゃんが家の軒下を、何か懸命に覗きこんでいる。 

「どうしたの?」

と、聞くと、

「いや、千代がへそ曲げて、ここに入り込んでしまったんじゃ」

と、真顔で言う。

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ばあちゃんが探していたのは、一番可愛がっていた「千代」人形で、腰丈くらいある結構大きなものだったが、なぜだか服を着ておらず、体の半分以上はまるで火傷しているかのように、真っ黒だった。

しかも、首から上がなかった。

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僕も軒下の暗闇を覗き込んでみたが、千代の姿は見当たらない。

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「あいつは一回へそ曲げると、なかなか元に戻らんからの。困ったもんじゃ」

ばあちゃんは本当に困った様子をしていた。 

それから翌日も、ばあちゃんは軒下を探していたが、結局、千代は見つからなかったようだ。

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それから数日後、ばあちゃんが亡くなった。

隣町の駅近くの踏切で、電車に跳ねられて。

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目撃した人の話によると、遮断機が降りて警音機が鳴り響いている最中に、なぜだか、ばあちゃんがふらふらと歩きながら、線路の中に入ってきたらしく、近くの人たちが気付いたときにはもう遅くて、

あっという間のことだったそうだ。

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その日、両親は警察の人と一緒に、遺体の確認に行ったのだが、外観では判別がつかなかったらしい。というのは、損傷が激しかったということがあったのだが、首から上の部分がなかったことが大きな理由だったそうだ。

警察や消防の人たちが夜を徹して探したのだが、とうとう見つからなかったそうだ。

……

……

……

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それは、ばあちゃんが突然いなくなり、一週間が経ったくらいのことだ。

夏休み中だった僕は、家で一人、机に座り、宿題をやっていた。

広い家はシンとしていて、たまに聞こえてくるのは蝉の鳴き声くらいで、とても静かだ。

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何時くらいだっただろうか。ただ間違いなく昼は過ぎていたと思う。いや、夕暮れ時だったか。

僕の部屋は、二階に上がる階段の真下にあったのだけど、突然ギシリギシリと、階段の軋む音が聞こえてきた。

ドキリとして、じっと耳をひそめる。

しばらくすると軋む音は止み、今度は、カタカタという襖を開けるような音が続いた。

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─ばあちゃんだ!

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僕はなぜだか、そう直感した。

それから怖かったけど勇気を振り絞り立ち上がり、そろそろと二階に上がり、襖の前の踊り場に立つと、心臓の激しい拍動を感じながら、少しだけ隙間を開け、そっと中を覗いてみた。

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仏壇も座卓も、がらくたも、ばあちゃんの部屋は生前のままだった。

そして、あの入り口左手にある、古びた和箪笥に目を移したときだ。

いきなり背後から、声が聞こえた。

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「俊彦、わしは、ここじゃ」

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驚いて振り向くと、そこには、腰丈くらいの裸の人形が立っていた。

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ただ、首から上だけは、皺だらけのばあちゃんの顔だった。

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