中編6
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隣人

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築15年、

家賃45,000円、

セパレイトのワンルーム。

6畳と手狭ながらも、フローリングや壁などの内装がおしゃれなこのアパートを俺は気に入っていた。

アパート自体は二階建てで部屋は8部屋ほど、

こじんまりとした外観で、

大学正門側の騒がしい通りからは外れているものの大学の裏門が近く登校も早い。

静かで住み心地が良い。

そんな良い物件だ。

もともと部屋数がそんなにないことと、

俺自身今年大学三年生ということもあり俺はアパートの住人と“ほぼ”全員顔見知りだった。

ほぼ、

というのも実は二階の俺の部屋の隣の角部屋、

俺はそこに住んでいる人物だけは知らないのだ。

生活音は聞いたことがあるし、特に郵便物がたまっているわけでもない。

しかしいろいろな時間に部屋を出入りする俺が3年間このアパートで過ごして来て、

ただの一度もその隣人を見たことがないのである。

他の住居者の方に聞いても、

たしかにそう言われてみれば見たことがないとみな一様に同じ反応をしていただけである。

入居当時、

周りの部屋に挨拶回りに行ったときこの隣人だけ

俺の用意した粗品キレ◯キ◯イをついぞ受け取ってくれなかったことを思い出した。

「どんな人なんだ…?」

普段なら隣に住んでいる人がどんな人かなんて気になるはずもなく、

ましてや他人に興味がない俺からしたら明日のスーパーのタイムセールが何時からなのかという方がよほど重要なのだ。

しかしその隣人という人にもただ一つだけおかしな習慣があった。

毎週水曜日の深夜、

必ずアン◯ンマンのテーマソングを流すのである。

音量は普段の生活音のやや大きい程度で特別俺が騒音だと感じたことはない。

迷惑もしていない。

しかし毎週水曜日の深夜、

俺がベッドに潜り込み十数分が経ちちょうど瞼が重くなり始め頃に必ず聞こえてくるのである。

俺はそれを子守唄のように聴きながら静かに眠りにつくのだが、

この習慣が俺が下宿してから2年間と数ヶ月毎週続いているのだ。

一度も欠かすことなく。

いつも寝る直前にうっすら聞こえるため朝忘れしまうのと、

あまりに毎週同じことが続いていたことがありすっかり違和感を感じるタイミングを逃してしまっていたが、

客観的にこの話聞くと

どうも異常である。

人間一度気になりだすと、

その好奇心はどうにも止められないものであり、

俺は満を持してこの謎の隣人の正体を調べることにした。

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時刻は午前1時半、

いつも大体俺が寝る時間である。

夜になり涼しくはなったが、蒸し暑い8月の中旬、

なかなかに寝苦しそうな夜だ。

俺はいつもなら寝るこの時間には寝ず、隣人がアンパ◯マンのテーマソングを流し始めたらベランダから身を乗り出し部屋の中を覗いてやる作戦に出た。

眠気覚ましにコーヒーを飲みながらゲームをして、

隣人が音楽を流すのを待った。

そして30分ほど経ち、隣からなにやらガサガサと微かな物音がし始めた。

いつもは壁から離れた位置のベッドで寝ていたから気づかなかったが、

一度ゲームを消し、

壁に耳を当ててみるとよく聞こえる。

「何をしてるんだ…?」

耳を澄まして聞いているとふとその物音が止み、

数秒後例のパン顔ヒーローのメインテーマが流れ始めた。

「来たな…」

俺は物音を立てないよう慎重にベランダに出て、

ゆっくりと身を乗り出し隣の部屋のベランダの窓を覗いた、

その窓は…

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閉まっていた。

カーテンもきっちり。

やがて音楽は止み、

夏の夜ならごく当たり前だろうという感じの虫の声が微かに響く静かな夜に戻った。

まあ当たり前といえば当たり前なのだが、

大きい好奇心を抱いていたにもかかわらず隣の部屋が覗きみれなかったという事実にいくばかりのショックを受けながらその日は眠りについた。

その後何回か毎週同じことを繰り返してみたが、

いつ見てもカーテンは閉まっており、

もはや俺の大きい好奇心とやらは毎週夜更かしをする面倒くささに負け頭の片隅の方へ縮こまってしまった。

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それから数ヶ月が経ったある日、

いつものように隣の部屋から流れる某人気あんこ系ヒーローのメインテーマを聴きながら眠りにつこうとした時、

ふとある違和感に気づいた。

窓から見えるベランダに、

となりの部屋のベランダの隙間から微かな光がさしているのである。

それに加え今日は音楽の音が少し大きい。

急に頭が冴え、

好奇心が再びむくむくと大きくなった俺は忍び足でベランダに向かった。

光が漏れていることからカーテンは開いているものの、

部屋の中の光はごく少量のようである。

なんだか積年の謎が解けるワクワクから、ベランダから身を乗り出し隣の部屋を覗いてみると、

俺は好奇心なんかからは程遠い恐怖に襲われた。

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窓の向こうにはこちらをおかしいほど口角の上がった笑みと

めいいっぱいに開かれた虚ろな瞳で見つめ続ける

やせ細った老婆の姿があったのだ。

しかも部屋の中には小さいブラウン管のテレビが一台あるのみで、

そのテレビにはずっと砂嵐が映し出されいる。

しかしどういうわけかそのテレビからは

ずっと例の音楽が流れ続けていて、

砂嵐の僅かな光によって真っ暗な部屋の中に

その頭が狂った老婆の顔が照らされている。

俺は恐怖のあまり身体が動かなくなり、

口を半開きにしたまま

その老婆をただただ凝視することしかできなかった。

強い異臭に気づき、

かろうじて動かせる眼球をゆっくり下に見やると、

部屋の地面に見えていたものは無数の腐った何がで埋め尽くされてるようである。

老婆はこちらを見ながらあの笑みのまま腐ったそれを手ですくい取って、

指ごと口の中に入れジュパジュパと吸い咀嚼し始めた。

異臭と

アンパ◯マンの音楽

その老婆の虚ろな瞳

不快な咀嚼音

その異様な状況を感じ続けた俺の意識はついに限界を迎え

突然途切れ、

不安定な身の乗り出し方をしていた俺は

ベランダの下に落下した。

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病院で目を覚ました俺はしばらく呆然としていた。

俺が意識を取り戻したと気づき近寄って来たナースが優しく俺に声をかけた。

「気分はどう?大丈夫?」

俺は泣きながらそのナースにしがみつくことしかできなかった。

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後日聞いた話だと、

深夜に大きな物音に気づいた一階の人が地面に倒れている俺を見て通報したそうだ。

俺は意識を失ってはいたが、怪我自体は軽い打撲で、

なんなら数日ほど退院できるくらいの怪我だった。

しかし何故かひどい食中毒の症状があるらしく、

命に別状はないもののそちらの方は最低2週間は入院が必要だそうだ。

発見当時俺が口と胃の中にいっぱいに詰め込んでいたものが原因らしい。

検査の結果なんらかの腐ったパンらしきものだと聞いた。

俺はもはやあの夜のことを誰かに話そうとも思わないし、

話したとしても寝ぼけたとかで信じてもらえないだろうから話さない。

退院したらすぐに引っ越そうと思う、

部屋にも戻りたくないからあとは全て引越し業者と家族に任せる。

あいつがなんなのかとかはもう気になりもしない。

ただひたすら思い出したくないだけだ。

みんなも隣人が誰かなんて気にしない方がいい。

案外なんてことない普通の人で、

期待した分損した、

と徒労に終わるかもしれないし、

あるいはもっとロクでもない結果になるかもしれない。

俺も二度とあんなことはしない。

あの出来事を思い出させるように、

病院内では低年齢入院者向けのアニメで某アンパン系ヒーロー…

…パン?

あー、

いや

考えるのはやめよう。

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