中編3
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幽霊のさよなら

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記憶喪失の幽霊になってしまった。

自殺した、というのはおぼろげに覚えているし、

だから今さら何を求めるわけでもないが、

私は私が誰だったのか、少し知りたかった。

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テレビで観たことがある。

残留思念とか怨念とか執着心とか、おそらくそういったものが強く染み込んでいるせいで、

私の心は未だ此の世界を漂っている。

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ほんとうはこのまま“あの世”と呼ばれている場所に行くべきなのにすんなり成仏できなかったのは、

霊になってまで殺したいほどの相手がいたのでは?

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死者の呪いで金縛り、なんてよくある怪談だし、

そいつが原因で自殺したんなら、どうせなら怨霊役をやってみたい。

私を自殺に追い込んだやつがきっと、最初の公園の周囲に居るはずだ。

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霊体化2日目、

公園近くに銭湯を発見したので先ず女湯を覗いてみた。

特に何も感じないので次に男湯へ潜入。

べつに面白くもない……。

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最初に女湯を選んだということは、

おそらく私は生前、男性であった可能性が高い。

しかし女の裸体を眺めて興奮しないのはどういうわけだろう?

もしかしたらものすごい老人なのかもしれないし、

なんだか性的なことに飽きてしまった中年なのかもしれない。

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性別はどちらにしろ、少なくとも十代では無いはずだ。

というか、この判断が出来ている時点ですでにその事実は確定……

……いや?

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霊体となり外的刺激及び内部的欲求が消えたこともこの無反応と関連しているはずだ。

女湯を先に選んだのも普段の習慣に従ったからなのかもしれない。

そう、空腹感や眠気が消えたのだから、

ヒトの三大欲求は霊である私の自己判断基準にはならないのか……。

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霊体化3日目、

たしかに私には、夜明けの空の美しさが解る。

けれど何が欲しいのか判らない。

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……どこか上のほうから誰かの声が聞こえる。

なんだか体ぜんぶを引っ張られるようで苦しい。

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昼間、いろんな店に立ち寄ってみた。

ドトール、スタバ、ラーメン屋に蕎麦屋、定食を出す地元のお店、ロッテにマック、果てはコンビニ前でどん兵衛を啜ってるおっさんまで観察してみた。

やはり食欲は私から消え去っていた。

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懐かしくさえなかった。

忘れたのではない。

元から無かったものとして、消えたのだ。

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今の私の存在は、人間であった頃と別のモノになっている。

私はもう、ヒトでは無い。

命を捨てた瞬間に、

まったく違う何かになってしまったのだ。

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霊体化4日目、

なのになぜ、朝焼けがこんなにも苦しいんだろう?

無いはずの眼球から涙が溢れ、無いはずの心臓が深く脈打つ。

ないはずの五体から内蔵が溢れ、ないはずの脳がとてもゆれる。

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殺す殺す殺すころすころす……

誰を?

もうこのまま眠りたい。

……私はそろそろ私を失う。

誰だか思い出せないみんな、

ありがとう、さよなら。

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れーたい化5日目、

どこか遠くの、上のほうから、誰かが語りかけている。

神様だろうか?

今ただ感じているのは、この広い宇宙のてざわり。

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たしかじさつをしたらしい。

けれどだれが?

私が?

何のために?

わたしってどういういみ?

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れいたいかむいかめ、

うみがきれいだった。

そらがきれいだった

くもはながれて

あめはあまい

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……。

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「起きて」

だれ?

「待ってるから」

なにを?

「お願い」

誰だ?

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「いつまで待たせるんだよぅ!」

何だ?

「ずっと守るから」

あなたは誰?

「約束するから」

……思い出した。

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白い天井が眩しくて、

すぐに瞼をまた閉じて、

そのままひとこと呟いた。

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生還、初日。

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「ただいま」

「おかえり」

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