中編3
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危険な実験 その3

一瞬、室内が昼間のように明瞭になったか、と思うと、次の瞬間、腹の底に響くような凄まじい落雷の音が鳴り響いていた。

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「しばらくすると、目の前が真っ白くなってきて、意識が朦朧としてきた。

『ああ、俺……いよいよ死ぬのか……』

そんな想いがこみ上げてきた、その後だ」

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「俺はいつの間にか、天井の片隅に漂っていた」

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毛布にくるまった篠原が実験台の端に座りながら、とつとつと語り始めていた。

熱いコーヒーの入ったマグカップを持った手は小刻みに震えている。

その顔は憔悴仕切っており、10歳は老けたように見える。光の加減だろうか。真っ黒な髪のあちこちに、白いものも混じっているようだ。

篠原の前には、白衣の織田と沢田が立っている。

織田はスマホで、篠原の言葉を録音していた。

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「織田が懸命になって、俺に心臓マッサージを施しているのも、沢田が心電図モニターの前に立っているのも、はっきりと見えていた。

もちろん、二人の会話も聞こえていた。

俺の存在を伝えようと、何度か大きな声を出したんだが、ダメだった。

しばらく、そこでじっとしていると突然、天井の一ヶ所に大きな空洞がポッカリと現れ、俺はそこに、あっという間に吸い込まれた。

それから暗闇のトンネルを、まるで洪水に流されるように、どんどん進んでいった。

そしてしばらくすると、いきなり明るいところに放り出されたんだ」

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「明るいところ?」

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織田が聞き返す。

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「ああ……。

そこは……どう言ったらいいのか。

果てしなく広がる荒涼とした砂漠のようなところだ。その地平線に接している空は赤黒く染まっていて、まるで、夕暮れどきのように、周囲は朱色になっていた」

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「ごめん。ちょ、ちょっと待ってよ」

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突然沢田が、篠原の話を遮る。

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「織田さん、篠原さんが寝袋に入って蘇生するまで、何分だったっけ?」

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「およそ五分だ」

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「今、篠原さんが体験した内容は、五分なんかじゃ収まらないようなものだと思うんだけど……」

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「確かにそうかもしれないが、俺はただ、自分の体験したことを、そのまま話しているだけなんだ」

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「あちらの世界には、『時間』などという概念がないのかもな」

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織田が自分なりの考えを述べた。

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「面白いな。篠原、続けてくれ」

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「俺はフラフラと夢遊病者のように、歩いていた。

すると、

『ごぉぉぉぉん……ごぉぉぉぉん』と

厳かなガムランの音色のような音が聞こえてきたんだ。

すると忽然と、三人が現れたんだ。

俺は、その三人に、見覚えがあった。

というより、よく知っている人だった」

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「え!誰、誰?」

沢田が聞く。

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「一人は、幼なじみの藤田。

一人は、小さい時から俺を可愛がってくれた田舎のじいちゃん。

そしてもう一人は、一ヶ月ほど前に、大学近くのバス停で見かけた中年の女だ。

三人とも、この世の者じゃない。

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幼なじみの藤田は、高校一年の夏休みの後から引きこもりだった。

その一年後に自ら線路に飛び込んで、即死した。

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じいちゃんは去年、肺がんで亡くなった。

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そして中年の女は朝、大学近くのバス停でよく会う人だったんだが、一週間前、バス停で挨拶を交わした直後、アクセルとブレーキを踏み間違えた高齢者の運転する軽自動車が突然バス停に突っ込んできて……」

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篠原はそこまで語ると、一回大きくため息をつき、

一口コーヒーを飲んだ。

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「三人は、どんな格好をしていたんだ?」

織田が聞く。

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「何と言ったらいいのか。

全員そう、顔の部分だけ露出した全身黒タイツのような格好だったな。蜃気楼のように、ゆらゆらと揺れていたな」

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「その三人とは、何かしゃべったのか?」

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「いや、三人とも立ったまま、だだじっと、俺を見ていた。

そしたら、急に織田、お前の声が、頭の真上から聞こえてきたんだ。『くそ!くそ!』と。

次の瞬間には、この部屋の天井が見えた」

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そう言って篠原は、天井の方を指さした。

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篠原、織田、沢田の三人が大学の実験室を出る頃には雨は止んでいた。

立ち込めた雲の隙間からは、ところどころから青空が覗いていた。

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その日から……

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篠原に、恐ろしいことが起こり始めた。

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続きます。

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