中編5
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ラーメンは好きか?

※この噺はどう考えてもフィクションです。

 あと、ラーメン好きの方は読まないでくださいね。

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「よお、久しぶりに飯でも食いにいかないか」

「飯って言ったって、お前の場合はラーメン一択じゃないか」

学生時代の友人である小池からの電話に、とあきれ声で俺は返した。

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小池は大のラーメン好きで、それは学生の頃から社会人になった今でも変わらない。

高校で生物の教師となった小池だが、休日は全国を飛び回り、新たなラーメン屋の開拓に余念がないと聞く。

一方で俺はというと、「3食ラーメンでもかまわない」と豪語する彼につきあわされて、若い頃、ラーメン屋をハシゴしてまで食べ続けた結果、好きでも嫌いでもなかったラーメンが、いつしか嫌いな部類に入る食べ物になってしまった。

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それでも、たまに二人で会うときくらいは、渋々ラーメン屋に同行してやっている。

小池は下戸で酒が飲めないし、ラーメンを食べている時が、この友人が一番盛り上がるからだ。

「そんなだからお前は、昔から彼女のひとりもできないんだ」と俺がくさすと、

「俺はほら、メンクイだからさ」とつまらない冗談で返すのが、彼の常だった。

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週末、俺たちが出向いたのは、地元の駅前のとある個人店だった。

時刻はまだ11時を過ぎたばかりだというのに、さびれた駅前のシャッター街に似つかわしくないほどの行列が、店の前にできあがっていた。

俺はその店の看板を見て、疑問を抱いた。

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「あれ?この店、前からなかったっけか?

以前はこんなに繁盛してなかったように思うんだが……」

となりに並んだ小池が、真冬だというのに額の汗をぬぐいながら答えた。

ラーメンの食べ過ぎで形成されたラーメン腹は、常に熱を生み出すものらしい。

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「ふっふっふ。そうだ、この店は2年ほど前からあったんだ。

開店当初から閑古鳥でな。早晩潰れるかと思っていたら、ここに来ての大人気だ。

一度、食ってみる価値はあるぜ?お前のラーメン嫌いも治癒するはずだ」

「ラーメン嫌いを病気みたいに言うなよ。俺からしたらお前の方が病気みたいなもんなんだから。

だいたい、俺がラーメンが苦手になったのは、元はと言えば、お前が原因じゃないか」

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俺たちが並んでからも行列は伸び続けていた。

手持無沙汰な俺は、何の気なしに後ろに並ぶ客の顔を眺めた。

男子大学生のグループ、スーツを来た中年男性、若いカップル、5歳くらいの子供を連れた夫婦、杖を突いたかなり高齢者……。

老若男女さまざまな客がいるが、不思議なことに、皆一様に落ち着かない様子で待っている。

爪を噛む者、頭をかきむしる者、足を踏み鳴らすもの……。

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「……なんかちょっと、この連中おかしくないか?」

「そうか?」

そっけなく応える小池だったが、額から流れる汗の量は尋常でなく、その挙動は他の客同様、どこか切迫した様子を感じさせるものだった。

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しばらく待って店員に店内に招き入れられると、カウンターとテーブルが2卓しかない狭い空間は、話し声一つせず、麺とスープをすする音だけに満たされていた。

「ここにはメニューは2種類しかない。普通盛りと大盛りだ。

俺は大盛りにするがな。お前はまあ、最初は普通でいいだろう」

小池がこちらの意見も聞かず、すぐさまカウンターの奥に注文を出す。

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ややあって目の前に出された丼の中には、沼のように黒ずんだスープしか見えなかった。

スープの表面には油膜が張り、獣くさい臭いが立ち上って俺は思わずえづいた。

「……おい、これか?」

俺はやや恐れを抱いて小池に尋ねると、彼はすでに、もう然と箸を動かし漆黒のスープから麺を引きずりだすと、凄まじい勢いで口へと運んでいるところだった。

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そしてくちゃくちゃと咀嚼しながら、小池は「まずは一口、食ってからにしろ」と俺を促した。

仕方なしに麺をすくい上げる。やや太めの面はスープの油膜をまとってテラテラと不気味に光っていた。

ラーメン嫌いが悪化しそうな見た目だな、と思いながらも一口すする。

思ったよりもしつこい味ではなかった。

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「この店は店主が1年程前にメニューを変えてから急に繁盛し出したんだ。

味はそこそこなんだが、一度食べると3日と置かずにまた食べたくなる、って噂でな。

俺も初めは疑ってかかったんだが、実際その通りで今じゃ常連さ」

あっという間に大盛りを完食し、落ち着いた様子の小池が語りだす。

「中毒性のある麻薬でも入っていたりしてな」

shake

――ズルズル。

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「ははは。ところでな、俺は今高校で生物を教えているが、なんといっても面白いのは、極小の世界の住人たちだよ。つまり蟲だな。

彼らは様々な姿形をとってこの世界に存在している。

そして中には、変わった能力を持った奴らも存在しているんだ」

他の生物を操る能力だ――グラスの水をぐびりと喉の鳴らして飲み干す。

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「例えば蟻に寄生するある蟲は、宿主の腹を植物の実のように紅く変色させてしまう。

同時に目立つ動きもさせて、他の動物に食べられやすくしてしまうんだ。

また、例えばカマキリに寄生する蟲は、自らの出産に有利なように、宿主を水辺に移動させるんだ。

まったく、生物界の不思議だよな。誰がどうしてそんな能力を彼らに与えたのか……。神様の存在を想像したくなるよ」

食事中に蟲の話とは……せっかくの飯がまずくなるだろうが……。

shake

――ズルズル・ズルズル。

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「今言った寄生虫のどちらもが、線虫という、紐のような形状をしたやつらだ。

昆虫に寄生するような奴は小型のものが多いが、大型の哺乳類に寄生するような奴になると、何メートルにもなるそうだぜ。

そう、ちょうど、その麺くらいの長さと太さの――」

shake

ブッ!

俺は思わずむせてしまう。

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「馬鹿野郎、気色の悪い話をするな」

幸い、店員や他の客には聞こえていなかったようだが、袋叩きにされても仕方ない会話だ。

冗談だ、と小池は笑う。眼鏡がくもっていて、その眼は見えない。

不意に、

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shake

――チャプン。

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なにかが丼の中の真っ黒なスープの中に跳ねたような気がした。

「ところで、大島」

友人が俺の名を呼ぶ。

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「ラーメンは好きか?」

こいつはさっきから、何を馬鹿なことばかり言っているんだろう。

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「好きに決まってるだろ」

小池は満足そうに笑った。

―了―

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昔、人骨ラーメンを出しちまったラーメン屋があった事を思い出しました。
そんな噺を。

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オウフ・・・
今日はラ王焦がし醤油を食べたばかりですが・・・

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