中編3
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危険な実験 その1

「6月25日 

時刻は、今ちょうど深夜1時だ。

天候は、昨日から梅雨入りということで、朝から断続的に雨が降り続いている。

場所は、S 大学医学部第3号棟の実験室。

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私は、S 大学医学部医学科二回生 織田信夫。

立会人は、同大学文学部哲学科一回生 沢田美穂。 

被験者は、同大学医学部医学科二回生の、篠原明だ」

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白衣の織田の物々しい前置きの後、同じく白衣の沢田が、三脚で固定されたハンディビデオカメラの画面を調整する。

液晶の画面に、トランクス1枚だけで半裸姿の篠原が映しだされる。色白で細身だ。

画像の粒子の影響か、妙に生々しい。

広い実験台の上に仰向けに横たわっており、胸の辺りには、心電図を記録するための数十本のコードが張り付けられていて、実験台横にある機械に繋がっている。

機械の液晶画面には、篠原の心臓の動きを伝えるラインが規則的に上下に動いている。

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「覚悟は出来てるな?」

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織田が真剣な面持ちで、篠原に聞いた。

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「ああ、何時でも大丈夫だ」

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そう言って、篠原は親指を立てた。

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篠原の合図とともに、沢田が緊張した面持ちで、ビデオカメラの録画ボタンを押した。

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ことの発端は、昨日のことだ。

S 大学医学部在籍中の篠原と織田、そして沢田の三人は夜、大学近くにある居酒屋で、飲んでいた。

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「死んだら、『無』だよ。

脳細胞が活動停止するわけだから、意識は当然無くなって、以後は永遠に『無』が続くんだよ」

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そう言って織田は、ジョッキに入った生ビールを一口飲んだ。高校時代三年間、サッカー部に所属していた彼はガッチリとした上半身に、白のティーシャツがよく似合う。

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「そうだろうか。

これは、バイク事故で救急搬送された男の話だが、病院のベッドで横たわる、瀕死の状態の自分の姿を、真上から見下ろしていたそうだ。」

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アルコールを受け付けない体質の篠原は、ノンアルコールビールをグラスに注ぎながら、話す。

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「あ、その話、聞いたことある、ある!」

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篠原と織田の正面に座っている沢田美穂が、うれしそうに割って入った。

ちょっと太目の、笑顔が印象的な子だ。

「でもそれ、事故で弱っている脳の中で起こっていた単なる妄想じゃないの?」

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「いや、そうとも言えないんだ。というのは、意識を取り戻したその男は、運ばれた病室にいた人たちの人数や特徴を、ピタリと当てたらしい」

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「その男は微かに意識があって、耳に入ってくる音で、そこにいた人たちの人数を判断したんじゃないか」

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織田が冷静に分析する。

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「確かに、俺も同じことを考えた。でもな、その男、その時に立ち会っていた医師の、ある身体的特徴に気づいていたらしい」

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「え、何それ?」

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沢田が興味深々に上目遣いで、篠原に尋ねる。

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「十円ハゲ」

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「は?十円ハゲ?」

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「そう。その医師は頭のてっぺんに十円ハゲがあったんだよ。それを彼は、蘇生後、医師に指摘したそうだ」

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「……」

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「なるほど、真上にいたから、それに気づいた、ということか」

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「ああ。

こういう話もあるんだ。

これは世界対戦中に、ドイツで実際に行われた実験なんだけど、死期の明らかな兵士たちの、生前と死後の体重を厳密に計量したら、どうしても、数グラム、軽くなっていたというんだ」

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「その話、おもしろ~い

それが『魂』の重さってこと?」

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無邪気に沢田が微笑む。

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「つまり篠原、お前は、いわゆる『魂』というものを信じてるわけだ」

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「信じ……。というか、信じたいんだよ。

織田、お前は何とも思わないのか?

今こうしている間も、世界のどこかで数千、数万の人間が死んでいる。こんなにも『死』は日常的なのに、俺たちは、何も分かっていない。

俺たちはある日突然、地球上のある地域で生を受ける。そして様々な運命に翻弄されながら、あっという間に時は流れ去り、これまた、何の前置きもなく、この世を去っていく。

その後は……」

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「誰にも分からない、か」

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「そうだ」

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三人はしばらくの間、黙りこんでいた。

篠原は、飲みかけのノンアルコールビールを飲み干し、二人の顔を一通り見てから、きっぱりと言った。

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「誰も教えてくれないのなら、自ら試すしかない。そこで、明日なんだが、俺の実験に協力してほしいんだ」

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そう言って、篠原は、あっけにとられたような織田と沢田の顔を見た。

……その2に続きます。

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