中編3
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危険な実験 その5

「しつこいようですが、もう一度聞きます。

あの男性は、自分で線路に飛び込んだんですか?」

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シルバーグレーの髪をオールバックにした初老の刑事が尋ねる。

篠原は事故現場にいた一人として、駅の待合室で、刑事から質問を受けていた。

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「はい。間違いなく、自分で線路に飛び込みました」

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「しかも、家族の目の前で?」

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「はい」

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刑事は、信じられない、というような顔をしながら、首を振っている。

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「いや、しつこくお引き留めしまして、すみませんねぇ。というのは、あの男性は、とあるIT会社の社長でして、社会的にも経済的にも十分に成功されているんです。そして、美しい奥さんと、まだ小さな子供。

それが何故?……。本当に分からない。」

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「もう、いいでしょうか?

僕、今から、家に帰りたいんで……」

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「あ……。ご協力ありがとうございました。

もし、何か新たに思い出したことがあったら、こちらまでご連絡を」

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そう言って刑事は、篠原に、名刺を手渡し、相変わらず首を振りながら、立ち去った。

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スーツの男性は、やはり即死だったようだ。

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男性が突然、線路にダイブした後、篠原は、半狂乱になっていた奥さんを必死になだめながら、119と110に電話をした。

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それにしても事故直前に、向かいのプラットホームに立っていた若い男。

あれは間違いなく、高校のときに自殺した藤田だった。

臨死体験のときに、現れた三人の中の一人だ。

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─なぜ、あいつが現世に現れたんだろうか?

朝のあの事故は、あいつと何か関係があるのだろうか?

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篠原と藤田は幼なじみで、高校まで一緒だった。

藤田は一年の夏休みの後から学校に来なくなり、それから一年後に、線路に飛び込んで自殺した。

遺書もなく、自殺の原因は未だに分かっていない。

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だが篠原には、心当たりがあった。

藤田は色白で痩せていて、とてもナイーブなタイプで、ひどい屹音症だった。

高校一年の夏休みのとき、篠原は、藤田、それと、あと数人で、川遊びに行ったことがある。

釣りをしたり、泳いだり、ひとしきり遊んだ後、川辺に集まり、皆で他愛ないことをしゃべっているとき、どういう流れでそうなったのか、篠原が藤田の屹音のことをネタに笑いをとったのだ。

その時、藤田は耳たぶを赤くしながら、黙って下を向いていた。

肩が小刻みに震えていた光景は、今も篠原の脳裏に焼き付いている。

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夏休みが終わり、一週間、一ヶ月経っても、藤田が教室に姿を現すことはなかった。

そして、一年後に……。

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藤田の自殺と、あの川辺での一件に、因果関係があったのかどうか、は、今となっては、定かではないが、篠原は多少、藤田の「死」に、罪悪感を感じていた。

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篠原は駅前のバス停から市営バスに乗り、自宅マンションそばのバス停で降り、帰宅した。

篠原は、昨晩から今朝までの様々な体験から、疲れが極限にまできていた。

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─まずは、熱いシャワーを浴びたい。

それから、ゆっくり横になろう。

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いつもよりも長めにシャワーを浴び、脱衣場でスウェットを着ていたその時だ。

耳元で誰かの囁きが微かに聞こえた。

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「し……し……し……」

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「え?」

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「し……の……」

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ふと、姿見を見ると、ちょうど真後ろの上辺りに、何か見慣れないものが二つ並んでいるのに気づいた。

それが何か分かった瞬間、篠原の背中を冷たいものが走った。

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それは、人の足だった。

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─え?何で?

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咄嗟に振り返って見る。

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藤田が浮かんでいた。

今朝、駅のプラットホームで見たときと同じ姿で、

宙に浮かびながら、ただじっと、篠原を見下ろしている。

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「うわ!」

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篠原は恐怖のあまり、その場にしりもちをついた。

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続きます……

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