長編11
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首くくりの町 10

女は夫と子供の目の前で犯されて殺されました。

恐怖と苦痛で絶叫したら喉を潰されました。

口から溢れ出た血で息が詰まり、何度も血が混ざった嘔吐をするうちに、女を犯していた男は興が削がれたのか女から離れ、隣に横たわる少女に跨りました。

少女は村の娘で女とも仲良しの子でした。

まだ生娘だったはずです。

痛みと憎しみで女の思考が真っ赤に塗りつぶされました。

殺してやる!そう念じて男に手を伸ばしました。

「あぁあ……ぉぁぁ……」

女の口から出たのは声にならない呻きでした。

いつも私達が聞いていたのはこの女の声のようでした。

女が後ろから手を伸ばして男の肩を掴みました。

男が振り返り女の顔面を殴りつけました。

女の頭が後ろにのけ反り鼻から血が飛び散りました。

女はそれでも男に掴みかかりました。

「おぁア!おルルェエアァァ……!!」

男は女を殴りつけながら周りに何事かを怒鳴りました。

ガン!と音がして頭の後ろに衝撃を受けました。

続いて激痛。

体が動かなくなり前のめりに倒れました。

顔から地面に突っ伏した女の目線の先に少女に跨った男の尻が見えました。

おぞましい動きをするそれを見ながら、女は意識が暗闇に沈んでいくのを感じていました。

最後に子供の顔が頭に浮かんだ気がしました。

そして女は死にました。

はっと気が付くと現実に戻っていました。

女が死ぬ時の情景が瞬きする間に頭の中に浮かびました。

恐怖や恨みも全て追体験しました。

私は気が動転しましたがこれが怨霊の恨みそのものであると理解しました。

女の霊が私の顔へ手を伸ばしてきました。

ダメだ死ぬ。

そう思った直後、女の霊は動きを止めました。

そして逡巡するような仕草の後、立ち上がって皐月の方へヨタヨタと歩いて行きました。

そして恐怖に歪む皐月の顔を掴んで首を捻りました。

私の目の前で皐月の頭がゆっくりと90度以上回転し、皐月の体は人形のように崩折れました。

「う…あ…皐月…ちゃん」

私は皐月が死ぬところを見ていました。

普段は苦しむ姿しか見えず、皐月が殺されても気絶したようにしか見えていなかったのに、その時は皐月の首が捻り折られるのをはっきりと見ました。

そして女の霊の姿もしっかりと目視していました。

女の霊も私を見て襲いかかってきました。

しかしいよいよというところで私を殺さずに皐月の方へ向かっていったのです。

怨霊はシズ婆さんの祝詞に縛られて、神主さんや皐月以外の霊を殺すことができない。

そう気づいたのは少し経ってからのことです。

怨霊の一部である女の霊もまた、私を殺すことはできなかったのでしょう。

しかし私を認識して襲いかかってくる程度には、私と女の霊との間に繋がりがあったのだと思います。

怨霊の存在を認識して、実際に触れることさえし、皐月が殺されるのを目の当たりにしました。

この時私は皐月と同じ世界にいたのです。

「皐月!皐月!」

早紀江さんが皐月を抱いて声をかけています。

普段とは違う状況に早紀江さんも動揺していたのでしょう。

いつもなら倒れ込んだ皐月をいたわるように寝かせる早紀江さんが、その時は懸命に皐月に声をかけていました。

気がつくと女の霊は消えていました。

皐月の元に駆け寄ると皐月は眠っていました。

捻り折られたはずの首は前を向いていました。

やはり先ほどの光景は皐月だけが見ていた霊の世界での出来事だったのです。

「うっ……く……くぅぅぅ……!」

私はあまりのことに嗚咽しました。

自分の身に降りかかったことよりも、あんな恐怖を毎度味あわされている皐月の現実に心が引き裂かれて泣きました。

なんて恐ろしい、なんておぞましい、なんて救いのないことなのだろうと、あまりにも酷い過去と現在を思いました。

そして神様に対する怒りが湧いてきました。

神様は何をやっているのか。

皐月がこんな目にあっているのになぜ神様は助けてくれないのか。

シズ婆さんは死んだぞ!

皐月もこのまま死なせるつもりか!

私に皐月を守れと言ったあなたは今どこにいるのか!

『皐月は可哀想だ。お前が支えてやるのだよ』

不意にその声がまた聞こえた気がしました。

神様と思しき誰かは私に支えろと言いました。

神様ではなく、私が皐月を支える、助ける。

どのようにしろというのか。

皐月に代わってお役目を継げと、そう言っているのか。

私は涙を拭い皐月の頭に手を置きました。

額に浮かんだ汗を拭ってやります。

支えるとは、代わってやれということか。

違う気がする。

そうであれば代われとか守れと言っていたはずだ。

こんな目に遭っている皐月を支えるには、何をすれば良いのか。

痛みを分かち合うことができればいいのだけれど。

そう思って皐月の頭を撫でたら、皐月が目を覚ましました。

「ケイちゃん」

皐月が不思議そうに見つめてきます。

「さっき、見えてたの?」

「うん」

「なんでだろう」

「あの女の霊は、僕の足に痣をつけたやつなんだ」

そう言うと皐月は少し考えて、あっと言いました。

「そうか。ケイちゃんと霊的な繋がりができてるんだ」

「多分ね。でも祝詞の力で僕を襲うことができずに、代わりに皐月ちゃんが標的になったんだと思うよ」

「そう。あの人に関しては、ケイちゃんにも見えるのね」

私は頭の隅に芽生えた考えを、そのまま言葉に出しました。

「多分、もっと経験を積めば、もしかすると他の霊も見えるようになるかもしれない」

「えっ?」

「僕も皐月ちゃんと同じものを見たい。あいつらから皐月ちゃんを守りたいよ」

「ダメだよ…あの人達の無念が晴れないと呪いは終わらない。邪魔するとそれができなくなるかも」

「それでも…うん…それでも皐月ちゃんのそばで皐月ちゃんと同じ思いをして…」

それ以上うまく言葉が継げず、私は黙り込みました。

「ありがとう」

皐月はそう言いました。

それから私は、神主さんの指導のもとで一段と激しい修行を行いました。

昼夜を問わず禊と祈祷を行い、御神体に拝して瞑想し、神様との関わりを強く持てるように願いました。

神様が言ったんですよ、皐月ちゃんを支えろって。

どうかお願いします。

皐月ちゃんの苦しみを僕にも分かち合わせてください。

たとえ殺されても文句はありません。

皐月ちゃんが殺される回数が少しでも減るなら、僕をお役目に加えてください。

お願いします。お願いします。お願いします。

何日も何日も祈っていました。

季節は流れ翌年の春、皐月が目を覚まさなくなったのとほぼ同時に、私は皐月が殺されるのを夢で見るようになりました。

私は中学を卒業して皐月や兄と同じ高校に入学しました。

兄は高校三年生、皐月は留年して二年生でした。

起きていても寝ていても怨霊にいたぶられ続けた皐月は、だんだんと感情が表に出なくなっていきました。

物静かにソファやベッドに腰掛け、私達と会話している時も上の空になることが多く、心ここに在らずといった様子でした。

怨霊に痛めつけられているのを私達に悟らせることなく、突然糸が切れたように気絶することもありました。

皐月は怨霊との接触を精神のみで行い、私達が見ている現実世界から隠してしまう術を身につけていったのです。

皐月の心は徐々に霊的な世界にのみ向けられるようになり、現実の世界から興味を失っていったように見えました。

そうしてしばらくの間、人形のようにただそこにいるという様子だった皐月は、ある日突然、目を覚まさなくなりました。

いくら起こそうとしても皐月は目を覚ますことなく、米津医師に診てもらったところシズ婆さんと同じ状態だという診断が下されました。

肉体的には健康なのに精神的な問題で目を覚まさなくなったのだろうということでした。

早紀江さんは取り乱しました。

神主さんも頭を抱えていました。

私も初めは狼狽えましたが、ある予感に突き動かされて神社に向かいました。

そしていつもしているように本堂で祈り瞑想していると、不意に不自然なほどに強い眠気を覚えました。

誘われているとわかったのでそのまま眠りにつくと、皐月が目の前にいました。

私のすぐ近くで皐月が座り込んでいます。

皐月は怯え、震えていました。

キョロキョロと周囲を見渡しているのに、皐月のすぐ近くにいる私のことは見えないようでした。

私は皐月に駆け寄ろうとしましたが体が動きません。

首は動くのに手も足も金縛りにあったかのように微動だにせず、その場に立ち尽くすことしかできませんでした。

やがて皐月がひっと息を呑みました。

皐月の見ている方に顔を向けると1人の老人が立っていました。

老人は私を一瞥すると皐月の方に歩み寄っていきました。

そして手に持った鎌を皐月の肩に突き立てたのです。

「あああぁぁああ!!!」

皐月が苦痛に絶叫しました。

刺された肩を押さえて蹲っています。

老人はさらに皐月の背中に鎌を振り下ろしました。

「いやあ!……痛い!……痛い……うあ……ごめんなさい………ごめんなさい………」

皐月はうわ言のように謝罪の言葉を繰り返しています。

老人は躊躇うことなく何度も鎌を振り下ろしました。

これが怨霊に向き合うということなのか。

怨霊の無念を晴らすために彼らから痛めつけられ殺されなければならない。

彼らの無念が晴れるまで、彼らの気がすむまで痛めつけられるということ。

「皐月ちゃん!」

私は皐月の名を呼びました。

「…う……ケイ…ちゃん……?……」

声が聞こえたのでしょうか。

皐月はかすかに私の名を呼びました。

「痛い!……痛い!……ケイちゃん!……助けて……」

執拗に振り下ろされる鎌を身に受け皐月は絶叫していました。

そして老人は皐月の首に鎌を突き立て皐月を絶命させました。

それまでの狂乱が嘘のように一瞬にして静寂が訪れました。

私はあまりのことに絶叫しました。

何だこれは!

こんな酷いことが!

なんてことだ!

私は叫び続けました。

息が尽きて私はゼエゼエと呼吸を整えようとします。

気がつくと老人が私を見ていました。

血だまりに倒れ伏す皐月の傍に立ったまま顔だけを私に向けています。

そしてニイッと笑いました。

ぞぉっと全身の毛が逆立ち私は震えました。

老人の持つ底知れぬ悪意が見えた気がしたのです。

見えるはずのない悪意というものが、なにやら黒い霞のようなものとして見えた気がしました。

悪意。

その老人からは悪意しか感じられませんでした。

皐月に、私に、そしてこの町の全てに対する敵対心。

痛めつけ引き裂いてやるという意思が老人の笑みから伝わってきました。

私は恐怖に意識が遠のくのを感じました。

そして次の瞬間、神社の本堂で目を覚ましました。

全身にぐっしょりと汗をかき、冷え切った体がガタガタと震えていました。

あまりの悪夢に吐き気をもよおして本堂の中にもかかわらず私は胃の中身を吐き出しました。

ややもして落ち着くと神様に許しを請いながら吐き出した吐瀉物を綺麗に拭き取りました。

水拭きをして乾拭きをして、他に汚れているところがないか見て、大丈夫なのを確認してから、改めて顔を洗い鼻をかんで嘔吐した余韻を体から消しました。

洗面所から本堂に戻り、本堂の中にいつかの甘い香りが漂っているのを感じた時に、ああ、お役目を得たのだと感じました。

皐月はシズ婆さんのように眠りにつき、私は皐月の代わりに見届ける役目を与えられました。

そしてもし、皐月が死んでしまうことがあれば、次にお役目を継ぐのは私であると、そう確信しました。

私は御神体に拝して祈り、願いを聞いてくださったことを感謝しました。

それから私は病院に走りました。

病院を出てきたのが昼過ぎ、その時は西の空がうっすらと夕焼けに染まりつつある時間でした。

まだ早紀江さんも神主さんも病院にいるだろうと思いました。

病院に到着して神主さんに先ほどあったことを話しました。

これまでの経緯からしても次のお役目は私であると確信を持って説明すると、神主さんはがっくりと項垂れました。

「そんな……それじゃあ皐月はこのまま……」

早紀江さんが泣き出しました。

次のお役目が決まったということは、皐月はこのまま死ぬまで眠り続けるのかと考えたのでしょう。

無理もありません。

そう考えるのが当然です。

「わかりません。ただ、違う気もするんです」

私はなんとなく感じていた予感のようなものを話そうとしました。

ただうまく言葉に出来ず、しどろもどろになっていました。

「状況はどんどん変わってるし、シズ婆さんは寿命でなくなったのだし、皐月ちゃんがこのまま寿命まで眠り続けるということにはならないと思うんです。そこまで怨霊の気が晴れないということは流石にないですよ」

もしもそうなら違う手立てを講じないと何十年も続くお役目になりかねない。

あと何人の人柱が必要になるのか。

流石にそんなことはないだろうと思いました。

「そうだね。皐月はきっと疲れたんだ。起きて私達の相手をしながら、私達に怨霊の気配を悟らせないように静かに耐えることに」

神主さんの言葉にそうだと思いました。

「皐月はずっと現実と霊の両方を見ていた。その上で皐月の霊魂は痛めつけられている。それを現実の私達に隠し続けることはとても大変なことだったはずだ」

神様は私に皐月を支えろと言いました。

それは皐月がお役目に集中できるように観測者となることかもしれない。

ただでさえ辛すぎるお役目なのに、私達の心配までしなければならないのは皐月にとってかなりの負担になっていたのは間違いありません。

「そうです。だから皐月ちゃんがお役目に集中できるように、僕がそれを見る役を任されたんだと思うんです」

シズ婆さんの時の皐月の役目。

お役目を果たすということがどんなことなのかを全て見る役割。

そしてもしもお役目の代替わりがあった場合に次のお役目を担う定め。

それが私に与えられた役目でした。

皐月を支えろといった神様の御心は、私にそれを見届けさせること。

皐月が痛めつけられるのを減らしたいという願いは聞き届けられなかったのです。

そのことが残念ではありましたが、それでも皐月の心労を減らすことができるなら、私には是非もないことでした。

何より、あれを見続けた皐月が自らお役目を買って出たということ。

その皐月の勇気に私は畏敬の念を抱いていました。

あれほどの苦しみに自ら飛び込んだ皐月。

それはひとえに私達にお役目を継がせないための献身だったのです。

その気持ちに応えたい、そう思いました。

「皐月……」

早紀江さんが皐月の頭を撫でながら泣いています。

「必ず終わりが来る。それまで頑張るんだよ」

そう言って神主さんも皐月の頭に手を乗せて、「すまない」と言いました。

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