中編6
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拝み楠

木が神様になるなんてことがあると思いますか?

神社などに立っている大木がご神木として祀られていることがあります。

このお話はそんな大木にまつわる霊妙なお話です。

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それは私が会社の公用車で営業を終えて、事務所に戻っていたときのことです。

ふとある曲がり角で道路工事が止まったままになっているのを目にしました。

そこの工事は確か高速道路の出入り口と国道を繋ぐためのバイパス工事だったと思うのですが、もう何週間も中断しているようでした。

なぜ、私がその工事のことを気にしたかと言うとその道路の予定ルートにこの町の名所となっている大木があるからでした。

『拝み楠』と地元で呼ばれている大きなクスノキでそのクスノキは幹のこぶがちょうど天に向かってお祈りをささげている僧侶のように見えるのです。

その非常に珍しい外形のためにこの地域で昔から縁起の良い木とされてきました。

元々、その木が生えているのは私有地だったのですが、土地の持ち主もその木が妙々たるものとして祀られることには好意的だったようで隣接するお寺が管理することで地元の人々の信仰の対象となっていました。

その『拝み楠』が新道開通の工事で切り倒されるということでその地域では新道のルートに異論も出ているという話は聞いていました。

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「あの工事止まってますね、やっぱり地域で揉めてるんでしょうか?」

私はふっと独り言のように漏らしました。

「ああ、あれね」

助手席に座っていた先輩の黒川さんは少々気のない返事をしてきました。

彼女はいつもはこういう話題に乗ってくるタイプではなかったので、それでこの話題は終わりだと思っていたのですが、その時は思いがけず反応がありました。

「……まあ、聞いた話なんだけどね、元々予定してルートの土地の持ち主が土地を売らないようになったから計画は止まってるみたいよ」

「ああ、やっぱりそういうことなんですね、ということはあの『拝み楠』の土地のことですよね」

「そうね、噂ではあそこの土地のことを巡って傷害事件も起きたみたいだし」

「えっ、傷害って怪我人が出たってことですか?」

「まあ、元々あそこは拝み楠の土地を売ろうとしていた地主を地域の人が止めようとしていたからね」

「それで地主が襲われたんですか?」

「いや、襲われたのは地主の孫で小学生の女の子らしいよ」

「いやいやいや、なんで本人じゃなくて孫、しかも女の子が狙われるんですか、おかしいでしょう」

「そりゃ、誰を狙ったら地主が考えを変えるのに一番効果的か知ってたんでしょう、それに地主を襲った場合逆に問題にならないように本人が口をつぐむ場合があるよね。孫に危害を加えたからこそこうして地域に知れ渡っているわけだし」

「確かにそれはあるかもしれないですね」

「陰湿だよね、実際こうして噂が広まってるんだから、田舎の悪いところだよ」

「それで犯人は分かったんですか?」

「ああ、わかったみたいだよ、その女の子が危害を加えてきた人間のことを見知ってたらしくてね」

「えっ、その子が知ってたってことはやっぱり近所の人だったんですね」

「それがね、その地区の自治会長だったみたいだよ」

「何の悪い冗談ですか、自治会長が暴行って」

「どうも聞いた話によるとその人は奥さんにかなり前に先立たれて、子供たちも都会に出て一人暮らしだったんだけど、地域のことはよく面倒を見るし、特にあの拝み楠のことは本当に頻繁にお参りしていたようだよ」

「ああ、そういうことですか、経緯は理解しました。それでその自治会長のお爺さんが捕まったんですよね」

「いや、捕まってない」

「えっ、なんで、それってその自治会長を地域の皆が守ったってことですか? それってなんだか怖いですね、いかにも田舎的で」

「違う違う、そういうことじゃない、警察も動いたんだけど、捕まえられなかったんだよ」

「えっ、逃亡したってことですか?」

そこまで話して黒川さんの声のトーンが急に低くなりました。

「……実はね、その自治会長、事件の一年も前に亡くなってるのよね」

「ええっ、じゃあ、その女の子の記憶違いということじゃないですか?」

「……いや、それがそうとも限らないのよ」

「どういうことですか?」

「その女の子が襲われたのは夜に自室で寝てた時だったんだけど、真夜中にその死んだ自治会長に馬乗りになられて首を絞められたみたいなんだよね」

彼女の話はいつの間にか地域の噂話から怪談の色を帯びてきていました。

「それで木を切るなと鬼の形相で呪いの言葉を吐かれた女の子は恐怖のあまり気を失ったんだけど、よく朝起きるとその首にははっきりと絞められた赤黒い跡が残っていたようなの」

「……それって、もうほとんど悪霊の話じゃないですか」

「それでね、その女の子の首の絞められた赤黒い跡が何時まで経っても消えないものだから女の子は包帯を巻いたままにしなければならなくなったらしいのよ、戒めの意味もあったのかしらね」

「それからどうなったんです?」

「孫の女の子はすっかり怖がって、祖父である地主になんで拝み楠様を切ろうとしてるのよって罵ったみたい」

「それで地主は土地を売るのを撤回したんですか?」

「そう、孫娘が害されたことで元々土地を売らなくてもお金に不自由していない息子夫婦との折り合いも悪くなったみたいだからね」

「まあ、そうなるでしょうね」

「それでその地主がね、事件の後で近所の人達に向かって、何でもっと俺を止めなかったんだよって怒ったみたいなのよね」

「えっ、元から周りの人は止めてたのにですか?」

「そう、盛大な責任転嫁、傑作でしょう」

「……あの黒川さん、この話って噂ですよね」

「そうだよ、もちろんうわさうわさ」

彼女は噂と言い張りましたが、事件に関係のない人間にまで詳細が知れ渡っていることを考えると、田舎って怖いと思わざるを得ませんでした。

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「まあ、でも、女の子を襲った自治会長は女の子の話によるとお坊さんの袈裟を着てたって話だから」

「えっ」

「それに死んだ自治会長はすごく温厚な人で地域のもめごとがあっても決して怒るような人じゃなかったらしいんだよね」

「でも、今までの話では……」

ここに来てせっかくまとまろうとしていた話が根底からおかしくなってしまいそうでした。

そんな困惑する私をなぜか楽しそうな表情で眺めながら、彼女は続けました。

「よく寺社にご神木と祀られている大木があるけど、そんな木々はクスノキやスギが多いじゃない?」

「は、はあ……」

「そういうクスノキやスギは成長して大きくなるのが早いから、ただ単にその寺社の敷地内で大木になっただけとも考えられるでしょう」

「確かに、そんな風にも考えられるかもしれません」

「でもね、そんな木が人を祟ったんだよ、たかが木が」

「えっ、木が……自治会長の霊ではなくて?」

黒川さんの声には少々熱がこもっているように聞こえました。

「実は『拝み楠』自身がいつも信仰してくれていた自治会長の姿を借りて地主を戒めたって方がロマンがあるよなあ」

「木が自分で……」

「おっと、今のはちょっと不謹慎だったかしら、実際に被害者も出てるわけだしね」

「……大丈夫ですよ先輩、あくまで噂、なんでしょ」

「おっと、そうだよ、ふふん後輩君も言うようになったじゃない」

彼女は口元をゆるめて、満足げな表情を浮かべました。

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しかし、本当に「木」が地域の皆が興味をもって広めるであろう噂を考慮して、それを自分の身を守るために利用したなんてことがあるのでしょうか。

そこまで考えるなら、それは確かに幻想多き怪談と感じざるを得ません。

木にも魂は宿るのかもしれない、そんなお話でした。

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