中編5
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浮遊霊タシロ

どんな者にも、「死」は平等に訪れる。

ただ、その訪れ方は様々だ。

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不治の病で長らく臥して、病院のベッドで亡くなっていく者もいれば、

自分の産んだ愛する息子から刺されて、殺されてしまう者もいる。

また、クラスの全員からシカトされ、自ら命を断つ者もいるかもしれない。

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死に方は百人百様なのだが、「認識」という角度から考えると、すっぱりと二つに別れるだろう。

それは、

自らの死を認識しているのか、

いないのか、

ということだ。

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つまり、亡くなる直前までに、自分がなぜ死ぬのか、を認識している場合と、

認識していない場合、

ということだ。

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「自殺」というのは、まさに前者の場合であり、

これから話す、俺の友人の田代の場合は、

後者の場合だと思う。

そして、それは、とても厄介で恐ろしいことだった。

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田代は、大学のサークルの仲間であり、遊び友達でもあった。

週末深夜になると、一升瓶の焼酎を片手に私のボロアパートに訪れ、具にもつかない趣味や恋愛の話を、カーテンから朝陽が差し込むまで、グダグダと続けていた。

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土曜日の深夜零時きっかりになると、入り口のドアが三回叩かれる。

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ドン…………

ドン…………

ドン…………

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それから、低音のドスの効いた声が続く。

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「すーずき~~~」

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「鈴木」というのは、私の名前だ。

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ドアを開けると、田代が一升瓶を片手に、にやつきながら立っている。

いつも来るまでには既に飲んでおり、顔が紅潮していた。

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レゲエの人のように汚ならしく伸ばし放題の髪に、

無精髭。

着ているのは、いつも同じ黒のジャージの上下。

清潔感という言葉からは、対極にあるような風体だ。

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炬燵の上に準備していたコップに、焼酎がナミナミ注がれ、深夜のグダグダ談義はスタートする。

そして、それは、どちらかが酔いつぶれたら、ジ・エンド。

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そんな田代が亡くなった。

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それは、ある冬の土曜日。

いつものごとく俺はアパートに帰ると、シャワーを浴び部屋着に着替え、炬燵に入り、田代の訪問を待っていた。

だが、その日は、零時を三十分過ぎても、入り口のドアを叩く音は聞こえなかった。

その時、訳の分からない胸騒ぎのようなものを感じた俺は、なぜだか部屋着のまま、アパートの外に飛び出した。

東西に走る狭い道路の、西側四、五百メートルの辺りで、パトカーの赤いランプが点滅している。

そこは、一週間くらい前から、ビルの工事か行われている場所だった。

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─田代!田代、たしろ~!

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心の中で何度も叫びながら、なぜか俺は、そこに向かって全力で走った。

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やがて、黄色と黒の立ち入り禁止のテープと、

制服姿の警察官が数名、てきぱきと動いているのが、視界に入ってくる。

若い警察官は言った。

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「あなたと年格好が同じくらいの男性の頭に、鉄骨が二、三本落下してきて、直撃したようです。

発見されたときは、残念ながら既に息絶えていました。多分、本人は痛みも苦しみも感じることなく、亡くなった、と思います」

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「そ、その男性はどんな格好だったんですか?」

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「確か、黒のジャージの上下だった、と思います」

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「……」

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「お知り合いの方ですか?」

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田代が倒れていたであろうところには、割れた一升瓶の破片が散らばっており、仄かに焼酎の香りが漂っていた。

軽いめまいと吐き気を感じた俺は、思わずその場に倒れこんだ。

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「あ!危ないですよ!」

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警察官の声が遠くに聞こえる。

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……

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それは田代の突然の死から、一週間が経った土曜日のことだ。

これといった用事もなかった俺は、アパートの自室の炬燵に入り、テレビを見ていた。

そして、深夜零時のニュースが始まった、まさにそのときだ。

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ドン…………

ドン…………

ドン…………

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きっかりと三回、入り口のドアが叩かれた。

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心臓の心拍数が一気にはね上がる。

ゆっくり立ち上がり、そろそろと入り口ドアの前まで歩き、

「どなたですか?」

と、尋ねると、

信じられない声が返ってきた。

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「すーずき~~~」

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間違いなく田代の声だ。

混乱しながらも、俺は恐る恐る尋ねた。

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「田代、お前なのか?」

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「何を言ってんだ。当たり前じゃねえか。

寒いから、早くドアを開けてくれよ」

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俺は言われるがまま、鍵をはずして、ドアを開く。

目の前には、田代が立っていた。

ただ、それは、いつもの田代ではなかった。

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頭頂部がパカリと割れており、中から血にまみれた灰色の脳ミソが見え隠れしている。

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田代はいつものように、薄汚れたスニーカーを脱ぐと、ずかずかと奥の部屋に進み、炬燵に足を突っ込んだ。

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「すまんが、今晩は酒無しだ。ここに来る途中で転んでしまって、一升瓶を割ってしまったんだ」

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「転んだ?」

俺は田代の正面に座った。

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「ああ……この先で、ビル工事をやってるだろ。

あそこを通り過ぎるとき、何か石みたいな固いのが、上から落ちてきてな。その時、バランス崩してしまって、倒れたんだ。その時に割ってしまった。それから二、三分の間、気を失っていたようだ」

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田代はいつものごとく、好き勝手なことをしゃべりだした。

俺はただじっと、彼の様子を眺めていた。

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「ん?何だよ、お前、さっきから黙りこんで、俺の顔ばかり見やがって」

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田代が不審げに、俺の顔を覗きこむ。

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「いや、お前、その頭なんだけど……」

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「頭?今日の俺の髪型、そんなに変か?」

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「い……いや、いいんた」

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─おそらく、本人は全く普通だと思っているようだ

それにしても、今、目の前にいるのは、本当にあの田代なんだろうか?

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─いや、そんなはずはない。

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葬式にも出席した。火葬場にも行ったし、骨は、実家のご両親が骨壺に納めて、持ち帰られた。

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─じゃあ、ここにいるのは、いったい誰なんだ?

もしかして、幽霊?

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「田代……」

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「ん?何だ?」

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「もしも、お前が本当に俺の友人の田代なら、多分お前はもう、この世のものじゃない」

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「は?それ、どういう意味なんだ?」

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「俺の知っている田代は、一週間前に事故で亡くなった」

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「何言ってんだ、お前。そんなわけないだろう。

だって、ほら、俺はこの通り、元気だし……」

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「田代……。残念なんだが、お前はもう死んでいるんだよ」

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田代は目を白黒させながら、俺の顔をじっと見ていた。

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どれくらいの時間が経っただろう。

最後に彼は俺の目を見据えて、こう言った。

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「確かにその通りかもしれない。でも、お前の体も、だんだん透き通ってきているぞ」

Concrete
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@岩坂トオル 様
お久しぶりです。
また、執筆開始ですね。実は、まだ新作を読んでおりません。近いうちに読ませていただきます。
怖ポチ、コメント、ありがとうございます。

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