長編18
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ー縁結びー

鬱蒼とした森の中の小道を、穂奈美(ほなみ)は隣の歩夢(あゆむ)の腕にしがみ付く様に歩いていた。

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穂奈美と歩夢は付き合い始めて半年。

初めての2人だけの旅行だった。

[いつか彼氏が出来たら…]

穂奈美は以前、ネットで見付けたこの場所を選び、歩夢と共に訪れていた。

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森の中にある小さな池のほとりにある、古びた地蔵。

そこに、大事な人と自分の体の一部を供えると、その2人は一生離れる事なく添い遂げられると、ネットサーフィンをしている時に偶々見付けたブログにそう書いて有ったから。

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体の一部と言っても、髪の毛や切った爪などで良いらしく、それなら簡単に手に入る。

穂奈美は今朝、歩夢の枕に残された髪の毛を一本、ティシュペーパーで包んでポケットにつっこみ持って来ていた。

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「何だかさ…

不気味な所だよね…。」

穂奈美を腕にぶら下げる様に歩きながら、歩夢は薄暗い辺りの木々を見上げる。

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確かに、縁結びのパワースポットなら人に会っても良さそうなものだけど、この森に入ってから、人っ子一人いない。

誰ともすれ違う事もない。

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「未だ先に行く?」

穂奈美に強引に連れて来られた歩夢は、これ以上進みたくない様な感じで足を止める。

「うん!この先に綺麗な池が有るんだって!折角だもん。見て行きたいなぁ。」

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穂奈美は甘えた様に歩夢を上目遣いで見上げ、腕を一段と強く握り、しがみ付きながらも有無も言わさず引っ張って行く。

歩夢はその後、一言も発する事なく、穂奈美に引き摺られるまま暗い森の中の道を歩いて行った。

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暫く行くと道が途切れ、小さな池が現れた。

川でもなく、湖でもなく…

池なのか沼なのか分からない、鬱蒼とした森の中に突然現れた、流れのない濁った水を湛える池は、正直、縁結びとも恋愛とも結び付かない不気味さがあった。

歩夢は相変わらず何も言わずに困った表情を崩さずに池を見詰めている。

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穂奈美は歩夢の腕から離れると、1人で池の周りを歩き出す。

柵も何もない池の周りには、枯れた夏草や背の高いススキが茂り、目指す地蔵は目視出来なかった。

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池の畔を暫く歩くと、ススキの葉の隙間に隠れる様に小さな地蔵が目に入る。

[有った!]

穂奈美はススキをかき分けやっと見付けた地蔵の前にしゃがみ込むと、ポケットからティッシュに包まれた歩夢の髪の毛を置き、自分の髪も一本引き抜き、並べて地蔵の前に置くと、両手を合わせて歩夢との明るい未来をお願いした。

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[どうか歩夢と一生、ずっといられますように…。

私が歩夢のお嫁さんになれますように…。]

穂奈美は両眼を瞑り、何度も同じ事をお願いした。

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そして立ち上がり、離れた場所で池を眺めている歩夢に手を振り戻ろうとすると…

泥濘んだ土に足を取られ、バランスを崩したと思ったら、そのまま池に落ちてしまった。

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水音に驚いた歩夢が駆け付けてくれたが、どうにか自分で池から上がった穂奈美はびしょ濡れになってしまい、その日はその後行くはずだった観光も取り止め、宿に帰る羽目になってしまった。

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水の流れがない所為か、池の水は魚が腐った様な臭いがし、穂奈美自身も気持ち悪くなってしまう。

それなのに歩夢は、自分の着ていたジャケットを脱ぐと穂奈美の肩にかけてくれ、優しくそのまま肩を抱いて歩いてくれる。

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歩夢のそんな優しさが、穂奈美は大好きだった。

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だが…2泊の旅行から戻ると歩夢は忙しくなり、毎日でも会いたい穂奈美とも週に1日も会えれば良い程になってしまった。

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せめて毎日電話で声だけでも聞きたいのだけど、夜遅くなって穂奈美が電話をかけても

「今日も残業で、未だ上司もいるから」と、電話を切られてしまう。

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もう帰宅しているだろうと、深夜の1時や2時に電話をしても、寝ぼけた声で

「疲れてるんだ…。

明日も仕事だから、もう切るよ?」

歩夢はうんざりした様な眠そうな声で穂奈美の話しを聞いてくれない。

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[残業残業って…

もしかしたら、他に好きな人が出来たの?]

穂奈美はベッドに置いたクマのぬいぐるみを掴むと、思い切りドアに向かい投げ付けた。

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イライラが止まらず、深夜だが、大きな声で歩夢の事を責め立てる言葉を吐く。

「ふざけんなーっ!!

アタシがこんなに寂しがってるのに邪険にしやがって!!

お前なんて…殺してやるーっ!!」

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何度も何度も同じ言葉を吐いていると、少しだけ気持ちが落ち着いて来た。

「あはは♬

やっぱり思った事は口にしなきゃダメね♬

フラストレーションが溜まっちゃうのは、心身共に良くないものね♬」

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その日、穂奈美は久しぶりにぐっすりと眠る事が出来た。

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〜〜〜〜〜

翌日は歩夢とのデート❤️

穂奈美は指折りその日を待っていた。

旅行前から予約していたネズミーランドに、歩夢と行けるのだから。

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部屋には脱ぎ散らかした服が山になっているが、明日のデートの装いが未だ決まらずにいる。

その時穂奈美のスマホにLINEの音が響いた。

慌てて見ると、案の定歩夢から。

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急いでタップすると…

【ゴメン!

明日のネズミーなんだけど、どうしても仕事で休めない。休みが取れたら、穴埋めに、今度こそ絶対に連れて行くから、今回はキャンセルしてくれ!】

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続けて、汗を流しながら土下座をするネコのスタンプ。

穂奈美は黙ってスマホをギュッと握ると、力一杯、壁に叩き付けた。

ガラスで出来たスマホは、砕ける様に割れた。

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そして、又、狂った様に歩夢を罵った。

何時間叫んでいたかも定かではないが、叫び過ぎてお腹がぺこぺこになっていた。

夕食の支度なんて、勿論していない。

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穂奈美は財布だけを握り締めると、近くのコンビニに行き、弁当を3個、おにぎりを4個、カップラーメンを2個。

1.5ℓのコーラを1本と、1ℓのオレンジジュースを買って来て、それをむしゃむしゃ食べ、飲んだ。

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歩夢は穂奈美の人生初の彼氏だった。

小、中、高と、穂奈美は同性から疎まれ、異性からはまるで汚物の様に扱われていた。

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小さな頃からよく食べ、よく眠る穂奈美は、中学の頃で既に100kgを超える体躯だった。冬でも額に汗をかいている穂奈美は、常に汗をかいているからか、自身では全く気付いていなかったが、酷い体臭を放っていたらしい。

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ただ、大人しい性格ではなかった為、馬鹿にした同級生や先輩、後輩にも、必ず、復讐をした。

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その同級生の家を探し出し、飼っているペットに毒餌を与えて殺したり、学校の階段から突き落としたり、時には駅で電車を待っている同級生の背中を、電車がホームに入って来る寸前にそっと押した事もあった。

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[私を馬鹿にした奴が悪いの!]

穂奈美には、後悔なんて気持ちは欠片もなく、人を殺めたなんて意識も持ち合わせていなかった。

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そんな穂奈美が大学に入った頃、偶々行ったイタリアンのお店でウエイターのバイトをしていた歩夢に一目惚れし、一念発起してダイエットをしたのだ。

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目標を立てた体重になるまで一年近くかかってしまったが、歩夢が大学卒業でイタリアンのお店を辞める前には常連になっていて、歩夢がバイトを辞めるその日に告白し、見事、歩夢の彼女になれたのだった。

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真っ白のシャツに黒のギャルソンエプロンの歩夢は、少し困った顔をし、何かを言いかけたのだが、どれだけ歩夢を想っているか、どれだけ歩夢を愛しているか…

エンドレスの様に言い続けていたら、小さな溜息を漏らし

「ありがとう。

そんなに俺を想ってくれてたなんて考えた事もなかったよ。

俺で良ければ、宜しくお願いします。」

そう言いながら優しい笑みで片手を差し出して来た。

穂奈美は歩夢の手を両手で掴むと、泣きじゃくった。

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〜〜〜〜〜

[参ったなぁ…。]

歩夢は、まだまだ終わりそうもない書類の山を目の前に、溜息が漏れる。

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穂奈美との旅行前に、歩夢の部署全体で練って出した社運を賭けた企画が通ってしまい、今は一丸となり、成功の為に皆踏ん張っている。

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そんな中、未だ新人の歩夢が休む訳にも行かず、穂奈美の怒りも感じているが、今の仕事が片付いたら、今度こそゆっくり休みを取って、穂奈美を連れて何処かに遊びに行こう!

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歩夢はパソコンの画面を見ながら思う。

学生時代、バイト先のイタリアンレストランに毎日の様に通っていた穂奈美。

ちょっとポッチャリさんで、不器用なぎこちない笑顔の穂奈美の存在は、何故か癒された。

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注文を聞きに声をかけただけで真っ赤になって俯く姿も保護欲を掻き立てられ、子供を相手にする様に優しく接してしまう。

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まさか、自分に好意を寄せてくれているなんて思いもしなかったし、正直異性としてタイプではなかったので断ろうと言葉を選んでいると、泣きながら何度も何度も…

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歩夢をどれだけ想っているかを切々と訴える穂奈美の姿に、情が湧いたと言うか…

穂奈美のピュアさに心が動かされたと言うか…

結局、歩夢は穂奈美と付き合うと言う選択をした。

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付き合い始めて少しずつ見えて来る穂奈美の姿…。

毎日でも会いたがり、残業で会えないと何度も歩夢が謝っても不機嫌な顔で決して目を合わせない…。

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毎日、朝と昼と夜と、穂奈美から来る電話に出られない時も同じ。

文句は言わないものの、明らかに不機嫌になり、電話の向こうで息遣いは感じるものの、返事すらしない無言電話になってしまう。

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電車で隣に若い女性が座るだけでも怒る…。

歩夢に直接言う訳ではないが、歩夢を挟んでその隣の女性を、敵意を込めた目で、じっとりと睨み付ける。

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部屋で寛いでいる時に、宗教の勧誘の女性が来た時も、ヒステリックに怒鳴り散らし、その人達は慌てて謝り走り去ってしまった。

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もし、今の職場に穂奈美が来たら…

上司は女性だし、歩夢のデスクの隣は同僚の女性…。

大変な事になってしまうだろう…。

だけど…それも…愛情なのか?

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歩夢自身は淡白な方なので、穂奈美の同級生の男性と話していたって何とも思う事もないし、まして電車やバスで隣に座ったからと、怒る事すら頭にもない。

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そして、考えてみると、穂奈美の口から友達の名前を聞いた事がない。

だからか、歩夢が学生時代の友人と仕事帰りに会うと話すと、一気に不機嫌になり、以前、穂奈美が欲しがってプレゼントしたクマのぬいぐるみを両手でつねったり、耳を噛んだり…物に当たる。

結局、友人には尤もらしい理由を付けて断って初めて機嫌が直る。

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旅行も、本当は海や山の温泉にでも行きたかったのだが、穂奈美は頑として譲らず、歩夢も行った事もない観光する場所すら殆どない、あの地を選んだ。

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「どうしても行きたい所があるの❤️」

穂奈美に連れて行かれた所は、身震いするほど、気持ちの悪い場所だった。

ほんの少しある霊感で、そこは不浄な場所だと、守護霊が全力で早く立ち去れと歩夢に伝えて来ている様な、兎に角、不快な場所だった。

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池の水は濁り、魚の姿も見えない。

所々浮いた水草は黒ずみ、池自体が鼻をつく異臭を放っていた。

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早く帰りたかったのだが、穂奈美は嬉々として散策を始め、そして池に落ちた。

草の生い茂っている場所だったから良かったものの、もしあの池の深みにはまってしまっていたら、助け出すにも躊躇してしまうほど、歩夢はあの池にも、池の水にも触れたくはなかった。

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穂奈美は笑いながら池から出て来たが、髪の毛や腕に…

見た事もない小さな芋虫の様な物が数匹へばり付いていた。

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そんな事を言えば穂奈美がパニックになってしまうと思った歩夢は、何も言わずにその芋虫を払いのけた。

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変わってるんだよな…

上司に肩を叩かれるまで、ぼんやりとそんな事を考えていた。

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〜〜〜〜〜

ネズミーランドの一件以来、穂奈美からの連絡が途絶えていた。

何かあったのかもと心配はしつつも、最近の穂奈美からの電話はいつも

「どうして会えないの!?

私はこんなに歩夢に会いたいのに!!」

と、どうしようもならない状況なのに責め立てる言葉しか聞けない事が辛くなっている。

[時間があれば、俺だってゆっくり休みたいし、穂奈美に合わせてあげる余裕もあるんだけどな…。]

歩夢はそう思ったが、ふと気付いてしまう。

[穂奈美に合わせる…。

そう言えば、何処に行くにも何を食べるにしても、俺の意見はいつも悉く穂奈美に却下され、いつも穂奈美の行きたい場所、食べたい物、欲しい物…。

……

俺…

いつも穂奈美に合わせてただけじゃないか…。]

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どんなに忙しい合間に時間を作って会っても、それが当然の事の様に振る舞う穂奈美。

考えられない程の小さな事で嫉妬し、歩夢の母親が入院した時ですら、心配で駆け付けようとする歩夢を引き留め、結局、最後まで理解してもらえず、お見舞いにも行けなかった。

命に関わる程ではなかったから良かったものの…。

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歩夢の交友関係にも口を挟み、友人との久しぶりの親睦も決して許してくれなかった。

「他の人と会う時間があるなら私と一緒にいて!!」

そう叫ぶと手が付けられないほど暴れ、泣き、物にも当たるので、穂奈美の部屋のテレビやスマホも何台買い換えていた。

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冷静に考えてみると、空恐ろしくなって来る。

穂奈美からの連絡が途絶えた今。

[このまま自然消滅で別れられたら…。]

歩夢は、夢から醒めた様に穂奈美と会う事も、電話で話しをする事も嫌になってしまった。

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数週間経っても穂奈美からの電話はない。

[俺の忙しさに辟易して、他に好きな人でも出来ていたら良いんだけど…。]

歩夢は、切実に願っていた。

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やっと今の仕事の完成の目処も立ち、部署全体も安堵の色が浮かび始めたある日。

その日は久しぶりに1時間程の残業で会社を出る事が出来た。

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偶々、同じ部署の女性の先輩と同じ方面だった事もあり、途中まで同じ電車に乗り、世間話をしつつ帰った。

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この所の残業続きでまともな物を食べていなかった歩夢は、駅前のスーパーでトマトやモッツァレラチーズやバジルなどを買い込み、ワンルームの部屋に向かって歩いていた。

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「あ''ゆ"…む''?」

後ろからくぐもった声で名前を呼ばれた気がし、足を止めて後ろを振り向いた。

だが、家路を急ぐ人の中に、見知った顔はない。

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聞き間違いかと、又歩き出すと

「あ"ゆ''む''!!!」

今度はハッキリと名前を呼ばれた。

怒鳴る様に。

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聞き覚えのある声に、背筋に冷水をかけられた様にゾクッとし、歩夢は足を止め、その声に向かって一気に振り向いた。

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そこには…

夜だと言うのにサングラスをかけた穂奈美が両手で拳を握り締め、仁王立ちしていた。

その姿も、ポッチャリなんて物ではなく、穂奈美の声でなければ分からない程に太っていた。

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初秋だと言うのに冬用の分厚いウールのロングコートのボタンも首元から全てしっかり留め、両手には手袋、足元はブーツを履き、顔はサングラスと大きなマスク。

頭には大きな鍔の帽子を被っている。

明らかに怪しい人物に成り果てていた。

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「あ''ゆ"む''…?」

穂奈美はくぐもった声で甘えた様に言い歩夢に近付いて来るが、歩夢は2、3歩後退ると踵を返し、一目散に走り出した。

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怖かったのだ。

穂奈美から漂う異臭が…

尋常じゃない穂奈美の姿が…

もう愛情の欠片もなかった。

[捕まったら殺される!]歩夢は素直に危険を回避するべく、走って逃げた。

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だが、穂奈美は歩夢の住むアパートも知っている。

そこに逃げ込んだ所で、追い掛けて来た穂奈美に捕まってしまうかもしれない。

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[警察に…。]

そう考えたが、事件にもなっていない現状では、例え穂奈美がその場で捕まったとしてもすぐに野放しになってしまうだろう。

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頭の中でぐるぐると色々と考えてはいたが、歩夢の足は自然と通い慣れたアパートへの道を走り、気が付くと鍵を取り出して部屋の中に転がり込んでいた。

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穂奈美の奇襲を恐れ、生きた心地もしない時が流れた。

だが、穂奈美は現れなかった。

1時間程経った頃、スーパーで買って来た物が有った事を思い出し見たら、トマトは玄関に駆け込んだ時にぶつけてしまったのか、グチャグチャに潰れてしまい、袋の中は潰れたトマトの汁で塗れている。

[勿体ないよな…]

食事が喉を通る様な心境ではなかったが、歩夢は腹ペコになっていた。

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そして、1kg入りのパスタを全部茹でると、半分をトマトソースパスタに、もう半分をバジリコにして、全部を食べ尽くした。

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それでも未だ空腹を感じたが、その日はそれで我慢をして風呂に入ると、穂奈美の変わり果てた姿を見た事のショックと疲れから、いつの間にか眠りに落ちていた。

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〜〜〜〜〜

歩夢に会えない寂しさから、穂奈美の食欲は留まる事も知らず、日に日に加速して行った。一番太っていた高校の頃よりも太り、動く事もやっとの状態になり、学校にも行けなくなってしまった。

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[歩夢に会いたい!]

[歩夢に会いたい!]

穂奈美は泣きながら食べ続けた。

その日も穂奈美はコンビニで買って来たポテチやチョコレートをむしゃむしゃと食べながら眠ってしまった。

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「痒い!痒い!」

酷い痒みで目が覚め、頭から顔から腕からお腹からお尻から足から…。

全身を、黒ずんで長く伸びた爪で掻きむしった。

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掻いても掻いても、一向に痒みが止まらない。

歩夢にも会っていない今は、お風呂も、シャワーですら浴びていなかった。

そんな時間があるなら、寂しさを紛らわす為にも、何かを口に入れていたかった。

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不潔な人は苦手だと、いつか一緒にテレビを観ていた歩夢が零した事が有った。

だから、今の穂奈美は歩夢に会う事も出来ない。

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余りの痒さに、やっとの思いで浴室に行き、コックを捻り、頭からお湯を浴びた。

お湯は赤く染まり、シャワーのお湯の当たった掻きむしった箇所がヒリヒリと疼く。

ふと見ると、洗面器に溜まった赤く染まったお湯の中に、見慣れぬ物が浮かんでいた。

みると、ポトポトとシャワーの水圧で落ちて来るのか、洗面器に溜まるお湯にみるみる見慣れぬ物が溜まって来る。

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穂奈美はそれを一つ摘んで眺めた。

「キャーッ!!」

同時に悲鳴を上げる。

穂奈美の指には、モゾモゾと蠢く赤黒い芋虫がいた。

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ふと見た自分の腕にも、毛穴から同じ芋虫が這い出て来ている。

毛穴と言う毛穴から…。

お腹も、足も…。

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慌てて鏡を見ると、穂奈美の顔の毛穴からも数え切れない程の虫が這い出ている。

シャンプーを大量に出すと、頭をゴシゴシと洗い、流し、身体もボディタオルに大量のボディソープを出してゴシゴシと洗った。

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だが、流れるのは表面にいる虫だけで、次から次へと虫が這い出て来る。

数時間、皮膚がめくれるほどにゴシゴシ洗っていたが、お腹が減って我慢の限界になった穂奈美は、床を這いずる様に浴室を出ると冷蔵庫に向かった。

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使い掛けのバターからマヨネーズ、ケチャップ…

手当たり次第に口に入れ、飲み込んで行く。

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[こんなんじゃ…歩夢に会えない…。]

涙をポロポロ零し、だらしなく顎まで食べ物を垂らしながら穂奈美は呟き、それでも食べる事をやめられずにいつまでも食べ続けていた。

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白かったソファーは穂奈美の血に塗れ、無数の小さな虫が溢れ、蠢いている。

そこに座るのも横になるのも最初は抵抗が有ったが、それも慣れると気にならなくなり、穂奈美の生活の場はキッチンとリビングのソファーだけになり、

そして毎日の様に来るネットスーパーの配達の為に玄関に出るのみとなった。

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歩夢からプレゼントされたクマのぬいぐるみのあるベッドまで行く気も起きず、日に日に虫の数が増えて行っても、それすら気にならない。

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[沢山栄養を取らないと]

食べる事だけが、今の穂奈美の日課になっていた。

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だが、歩夢への想いも、会いたい気持ちも、食欲と共にMAXになったある日、一念発起し、肌が見えない様に厚手のロングコートとマスク、サングラスを着けて歩夢の会社に向かった。

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ショルダーバッグの中には沢山のお菓子を詰めた。

歩夢の仕事が終わるのが何時か分からないが、今日こそ歩夢に会えるまで待つつもりだった。

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ガラス張りの、会社の自社ビル正面玄関の横にある街路樹の陰に隠れる様に歩夢の姿を探していると、思いがけず早い時間に歩夢は裏口の社員通用口から出て来た。

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愛しい歩夢の姿を物陰から見詰め、走り出して行きたい衝動を必死に抑えていると…

歩夢の少し後に裏口から出て来た女が、歩夢の元へ駆け寄り、そのまま並んで駅に向かって行く。

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穂奈美は2人の後を追い、同じ電車に乗ると、同じ車両の2人が見える一つ隣のドアの前に立った。

歩夢は女と並んで吊革に掴まり、時々女が笑いながら歩夢の腕を叩く。

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やがて、女は乗換えなのか、途中の駅で降りて行った。

歩夢に笑顔で片手を振りながら…。

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その後歩夢は駅前のスーパーに入り、トマトを選び、ニンニクとバジルを籠に入れると乳製品のコーナーに行き、モッツァレラチーズを選ぶ。

穂奈美の大好きなパスタのメニュー。

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イタリアンレストランで働いていた頃の歩夢が穂奈美の瞼の裏に浮かぶ。

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[歩夢なら、今の私だって受け入れてくれる…。

だって、縁結びのお地蔵さんにお願いしたんだもん!

私の姿を見たら、きっと大喜びで美味しいパスタを作ってくれる!]

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穂奈美はスーパーを出て家路を急ぐ歩夢に声を掛けた。

だが、歩夢は……

「ヒッ!」

言葉にならない声を喉の奥から漏らすと、全力で走り去ってしまった。

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穂奈美だと気付かなかっただけなのだろうが、今の穂奈美には歩夢を追い掛けて走る事も無理だし、歩夢の家に行く事すら大変だ…。

お腹が空いて、眩暈がしそうだった…。

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家まで空腹を我慢出来ない穂奈美は、歩夢を追う事は諦め、駅前のファミレスに駆け込むと4人用のテーブル一杯に料理を注文し、ガツガツとそれを貪る様に食べ尽くして行った。

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幾ら食べても、まだまだ満腹にならない。

今の穂奈美なら、大食いチャンピオンになれるんじゃないかと思うほど、次から次へと空になる鉄板や皿…。

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未だ食べ足りないが、やっと一息吐くくらい食べると、店を出てタクシーを拾い家まで帰った。

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家に帰ると、又しても胃を締め付けられる様な空腹感に襲われる。

ショルダーバッグに詰め込んだ沢山のお菓子をバッグを逆さまにして出すと、バリバリと袋を開け、次々と口の中に放り込んで行く。

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「もっと…

もっと…

もっと…

まだまだ足りない…。」

穂奈美が呟くと

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ーーーー

ボトボト

ーーーー

穂奈美の頭から…

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顔から…

腕から…

指から…

全身から…

あの虫が溢れ落ちて来た。

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「あーっ!!!

痒い!痒い!痒い!

痛い!痛い!痛い!」

今までにない痒みと痛みで、穂奈美は両手でスナック菓子を握り締めたまま、床に転がる。

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ーーーー

ウゾウゾ…

ーーーー

全身の毛穴から、次々と虫が這い出て来た。

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穂奈美の皮膚を食い破り、穂奈美の身体の内側からたっぷりの栄養を蓄えてコロコロに肥えた虫が…。

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穂奈美の頬の肉を食い破り、口の中からもウゾウゾと小さな足を動かし、その度に身体を伸縮しながら。

穂奈美の全身の毛穴という毛穴は肥大し、その毛穴から穂奈美の肉を食い、大きく成長した芋虫が細かく蠢動しながら音も立てずに這い出る。

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やがて、穂奈美は動かなくなった。

いや…

初めて見た時には1cmに満たない小さかった虫が親指程に大きくなり、穂奈美の身体は細かく蠢いていたが、その身体も虫達に跡形も無く食い尽くされ、床には穂奈美が倒れた態勢そのままに衣服だけが残っていた。

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〜〜〜〜〜

穂奈美が忽然と姿を消し、連絡が付かないと遠方に住む穂奈美の両親が心配し、捜索願いを出したのだろう。

床にはまるで人が入っている様に、下着からコート、帽子も手袋もそのままの形で落ちていたが、それを身に付けていたと思われる穂奈美だけが居なくなっていた。

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穂奈美の新品の携帯には、実家の番号と歩夢の番号だけが登録されていた為、歩夢の元へも警察が聴き取りに来た。

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事件性が高いとの事で、最初

は歩夢が疑われたが、駅前で会ったのが最後だと話し、そこでも聴き取りをしたのだろう。

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帰宅途中の数人が、不気味な姿の女と、声を掛けられた男、その男が走って逃げて行った事を覚えていたらしく証言をしてくれた事と、穂奈美の母が娘に電話を掛けた時間は、歩夢の部屋の換気扇から美味しそうな香りが漂っていたことを同じアパートに住む隣人が、これ又証言してくれたお陰で、歩夢の嫌疑は晴れた。

だが…穂奈美はその日を境に、パタリと姿を消し、その後の行方は分からずじまいだった。

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〜〜〜〜〜

「最近、よく食べるねぇ…。」

パソコンを打ちながらチョコバーをむしゃむしゃ食べる歩夢に、上司は少し呆れた様に声をかける。

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だが、歩夢は返事も返さずにむしゃむしゃとチョコバーを食べ、食べ終わるとすぐに次のお菓子の封を開け、又してもむしゃむしゃと食べ出す。

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歩夢の机の上には空になったお菓子の空袋が山となり、キーボードの上までそれは広がっている。

上司は静かに溜息を吐くと、そのまま歩夢の側を離れて行った。

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毎晩、歩夢は悪夢にうなされていた。

眠る歩夢のベッドの横に静かに立つ穂奈美。

いや…

穂奈美なのだろうか?

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ニッコリと微笑み、ゆっくりと歩夢の顔に頬を寄せ、優しく唇を合わせる穂奈美。

歩夢は顔を背けたいのに動かす事も出来ず、嫌悪と恐怖の目で穂奈美の事を凝視する。

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穂奈美は静かに笑い声を上げると、ずんぐりとした身体を蠢動させながら、短く小さな…

幾つも有る手で歩夢を包み込んで行く。

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言葉にならない悲鳴を上げ、いつもそこで目が覚める。

最近、仕事のストレスからか、食欲が止まらない。

風呂に入る時間があるなら、その時間にも何かを口にしていたい。

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風呂に入っていないから、全身…

頭も顔も腹も腕も背中も尻も足も…

酷い痒みがある。

まるで、何かが皮膚の下で蠢く様に…

歩夢は右の頬を伸びた爪で引っ掻いた。

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そして、会議で使う書類が仕上がったので、それを上司の元へ持って行く。

歩夢の立った机の上に、一匹の1cmにも満たない虫が蠢いていた。

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〜〜〜〜〜

縁結び

パワースポット

若い女性が集う人気の場所。

だが、その様な場所だからこそ集まる負のエネルギーも大きく、その影響を、知らず知らずに受けている可能性もある。

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どんなに話題のスポットで有っても、居心地が悪い、落ち着かない、気持ちが悪いと感じたら…

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自身の為に避ける事も、そんな選択も必要なのかもしれませんね。

触らぬ神に祟りなし…。

ですから…。

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