中編6
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おじぎをする女

断っておくが、俺は霊感など全くない。

まぁ霊感がないことを証明しろと言っても難しいが、多分ないだろうと思う。今までも、これからも。

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数ヶ月前、おかしな女を見た。

時計は5時半、夕暮れ時、やや渋滞気味にテールランプが並ぶ。友人宅からの帰り道、その時間、その道はだいたい帰宅の車で混み合う。

ただし、およそ数百メートルの片側一車線を抜ければ解消されるため、そう気になるものでもない。俺はドリンクホルダーに置いたコーラを一口喉に流す。朝買って置いたままだったせいで少し気が抜けている。

20キロを超えないスピードメーターの上に、赤いランプが点滅しているのが見える。渋滞を抜ければ30分もかからず家に着く。気にせずゆるりとストップアンドゴーを繰り返していた。

友人は俺を見送る時「相変わらずだな」、と俺を窘めた。お互いとうに30も越えているが、年に一、二度は学生の時のように家でのんだりする。

年を経るにつれて変わったのは買う酒の質くらいなものだ。あいつは几帳面。俺はとことんズボラ。持って生まれた性格はそう簡単に変わりはしない。

久しぶりなのに久しぶり感の全くないひと時を思い返しながらぼんやりとブレーキを踏んだり離したりしていた。

たまたま止まった場所から50メートルほど先、ちょうど渋滞が切れるあたりにそいつはいた。

女と言ったが性別は定かではない。見た目からそう思っただけだ。

グレーっぽいツーピースの服、胸の下くらいまでの髪。やけに首が太く見える。

なぜかその時まで気づかなかったが、ほんの50メートルほど前の歩道に立っている。

立って…頭を振っている?横…じゃない、前後に…おじぎ?

そいつは車道に向かって何度もお辞儀をしていた。何度も何度も、かなりのスピードで。

おそらく毎秒一回以上。それも深々と90度以上しっかり腰を曲げながら。両手はピッタリと左右の腿に添えられている。ペコペコどころではない、ブンブンと言った感じ。

はじめはやたら激しい車の見送りかと思ったが、渋滞の列が進んでも一切向きを変えず、淡々と、いや「鬼気迫る」の方が正しいかもしれない、全くペースを落とすことなくお辞儀を繰り返していた。

ぞわりと悪寒が走る。

薄暗い道路に向かって長い髪を振り乱してお辞儀をする様子はおよそこの世のものとは思えない不気味さがあった。

何か身体が反応している。あれはやばいと。

ピッピッ!

後ろの車からクラクションを鳴らされた。驚いて前を見るとだいぶ間があいている。

慌ててブレーキから足をはなす。

お辞儀女を見ているうちに前の信号が青になったらしい。

ゆるりと女の前を通り過ぎる時、やはり見たくなくても目が女を追ってしまった。ただし絶対に目だけは合わすまいと、そこだけは気をつけて。

あまりにも髪を振り乱しているので気づかなかったが首が太く見えたのはコルセットだった。年の頃は2ー30代だろうか、少なくとも老婆などではない。

努めて左を見ないようにしながら、ノロノロとお辞儀女の前を通過する。願わくば目の前で止まってほしくはない。

そうこうしながら女の前を無事?通過しようとしたその時。

ざわり。

悪寒とは違う感じが俺の中に走る。ハンドルをギリギリと音がなるほど握りしめる。妙な感覚だった。だが生まれてから何度となく経験している馴染みのある感情。

ドアミラーに映る女は相変わらず一定のペースでブンブンとお辞儀を繰り返している。

なぜ?

いやいや、、、

妙な気分にモヤモヤする。

あいつはいったいなんなんだ?

俺には関係ないだろう?

ふざけるな。

よーく見たわけではないが、自分の知り合いではない。

なぜかそれだけは断言できる。

俺の頭の中で色々な思いが去来する。

いや、考えようとした。だがダメなのだ。

俺は…ゆるさない…

ビィーーーーーーーーー

クラクションが鳴った。

おっと、前の車との間が空いてしまった。進まなければ。

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時計は5時半を指している。

ちょうど友人宅を出たところだ。この道は混むんだよな。

まぁちょっと進めば渋滞は切れるからさほど気にするものでもない。

俺はドリンクホルダーに置いた少し気の抜けたコーラを一口あおった。

「相変わらずだな」

友人は車に乗り込む俺に苦笑いをした。

こいつのこの顔、すっかりクセのようだ。普通の顔をしていても苦笑いの表情に合わせてうっすらシワが刻まれている。

まぁ幼少の頃からの性格なんて、根っこのところではそうそう変わるわけもない。

俺に対していままで何回この表情を向けたんだろうか。

およそ1年ぶりでの再会にもかかわらず全く変わることのない親友との時間を思い返しながら渋滞の中をノロノロと進む。

突然、俺の目に妙な人影が映る。

ちょうど渋滞が切れる交差点のあたりにそいつはいた。

女だ。

いや多分。

女だ。

胸の下くらいの髪、グレーのツーピースの服。

首のところが妙に太い。

その女らしき人影は驚くべき高速で身体を振っている。おじぎだ。

毎秒一回を超えるであろうスピード、深々と折られる腰、片手は骨折しているであろうもう一方の腕を支えていた。

ざわり。

およそこの世のものとは思えない高速お辞儀女を目にして、ありもしない第六感が俺に告げる。

「許さない…」

ピッピッ!

後ろの車からクラクションを鳴らされた。

ハッと気づくと前の車と間が空いてしまっていた。

慌ててブレーキから足を離す。

このままゆるゆると女の前を通る。目を合わせてはヤバイと思い、視界では捉えつつも決して左は見なかった。

首が太く見えたのはコルセットをしていたからのようだ。まじまじと見たわけではないが意外にもそう年は変わらないのではなかろうかという女だった。だが知り合いなどではない。決して。

決して許さないのだ。

ビィーーーーーーーー

クラクションが鳴った。進まなければ。

ギリギリと音がなるほど握りしめたハンドルをグイッと切った。

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時刻は5時半。

友人宅の前の渋滞の中に俺はいる。

ブレーキランプが赤く並ぶ。

ちょうどスピードメーターの上に小さくランプが点滅する。

ドリンクホルダーのコーラを一口あおる。

この時間はいつもこむ。大丈夫、ちょっと待てば目的地だ。

「相変わらずだな」

友人がたしなめる。

そうだな、俺はあいかわらずだ。

左前方に不思議な人影がみえて許さない。

そいつは許さないが、体を深々と折るように何度もお辞儀?をしていた。

おそらく女だが許さない。

首にコルセット、三角巾で腕を許さない、松葉杖を許さない。

だめだ、考えられない。

許さないんだ。俺は許さない。

許せない。許すことができない。俺には、選べ許せない。

もうすぐ後ろからクラクションを鳴らされる。

その次のクラクションがちょうどのタイミングだ。

いいか、ハンドルを切るんだぞ。

オマエハアイツヲユルサナイ

ビィーーーーーーーーー

クラクションが鳴った。

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男の友人は男の葬式で涙した。

無理もない、最後に見送ったのは自分なのだ。

幼い頃からの知己を失う悲しみは察するにあまりある。

不運といえば不運な事故だった。

彼の乗った車の後続車がアクセルとブレーキを踏み間違えて追突。強かな衝撃に彼は社外へ放り出された。

そこへ前方から走ってきた車に跳ね飛ばされてしまう。

当時たまたま近くを通りかかった女性の話によると、その時点では彼は息があったそうだ。

あろうことか図らずも彼を直接轢いてしまった対向車はそのまま逃走。現在警察が捜索中とのこと。目撃者の多い現場だからすぐに見つかるだろう。

男にとっては何のことかわからないうちに死してしまったのだ。今際の際に一体何を思っていたのだろう。

男の友人は悔いていた。

そして焼香の際、涙を流しながら呟いた。

「シートベルトしないで乗るの、相変わらずだな」

死してなおその場に留まり続ける者は、一体どんな想いを抱くのでしょうか。

生きて残された者は、死んでいった命に一体何をしてあげられるのでしょうか。

想いに決まりごとなんてないのです。ヒトも。ヒトナラザルモノモ。

Concrete
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