中編3
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吹き溜まり

天候というものは、女心と似ている。

朝方、からりと青空だと油断していると、いつの間にか、空いっぱいに墨汁をこぼしたかのようになり、大粒の雨が降りだしたりする。

一張羅のスーツをずぶ濡れにしながら、オレが横断歩道を渡ろうとしたときだ。

目の前を猛スピードでパトカーが横切り、続いて、救急車がサイレンを鳴らしながら続く。

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─事故でもあったのかな、、、

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二台を見送りながら小走りに横断歩道を渡りきる。

すると正面に、古びた喫茶店が見えた。

何となく扉を開ける。

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カラカラカラーン、という、ドアの音と一緒に、何ともいえない臭いヤニの匂いが鼻を直撃する。

朝だというのに薄暗い店内は、そんなに広くはなく、どす黒いワインカラーのカーペットに、手垢のついた同色の椅子と、テーブルは二つほど。

奥には、五、六人が座れそうなカウンター。

その向こうには、蝶ネクタイをした白髪頭のマスターらしき男性が、仏頂面で立っている。

頭の上にはテレビがあり、天気予報をやっているようだ。

まるで、昭和の頃の「純喫茶」を彷彿させるかのような店だ。

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オレは特に考えず、奥のカウンターまで進み、左端に腰掛ける。

中央辺りには、ロングヘアの若い女性が一人。

白いタートルネックのセーターを着ている。

どうやら、唯一の客のようだ。

マスターが水とおしぼりを、目の前に置いたので、「アメリカン」を注文した。

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しばらくしてから目の前に置かれた、出来立てのコーヒーをすすっていると、右の方から微かに、鼻をすする音が聞こえてくる。

何気に首を動かすと、どうやら先客の若い女性が泣きじゃくっているみたいだ。そして、なにやら呟いている。

よく見ると、左側の頬に大きな青黒いアザがある。

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「許さない、許さない、許さない、許さない、、、、」

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女性は思い詰めたように、正面の一点を凝視しながら、呪文を唱えるかのように、同じ言葉をひたすら繰り返している。

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─許さない?一体どうしたんだろう?

あの様子はどう見ても、尋常ではない。すると、

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─ピンポーン、、、

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テレビからチャイム音が聞こえたので見上げると、

先ほどからのドラマから、ニューススタジオに切り替わった。

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若いアナウンサーが神妙な顔をしながら、ニュースを読み上げ始めた。

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「たった今入ったニュースです。

福岡県U 市M 町の駅近くの賃貸アパート前で、午後2時頃、30代の男性が、女性に出刃包丁で十数ヵ所メッタ刺しにされました。

男性は搬送先の病院で死亡が確認され、犯人と思われる女性も、その場で自らの首を切り、出血多量で死亡したようです。」

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─え!M 町の駅辺りと言ったら、この辺りじゃないか!

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画面は、現場の様子を映しだしている。

駅前に、人だかりが出来ており、パトカーや救急車が停まっている。

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そしてまた、画面は切り替わり、犯人と言われる女性の写真が写しだされた。

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オレはその写真を見て、愕然とした。

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長い黒髪に、頬の下の青アザ。

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間違いなく隣の女だ!

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オレは思わず、右側を見る。

だが、そこには、人の姿は無かった。

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「この世界にはね、お客さん。

普通のところよりも一段二段、場が低くなっている吹き溜まりのようなところがあるんですよ。」

呆然とするオレに向かってマスターが、ゆっくり話し始めた。

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「この場所も昔からそうみたいで、この世の者ではない者たちが、引き寄せられて来るようです」

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そう言ってマスターは、いかにも困ったように頭を掻くと、一つ大きくため息をついた。

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オレはマスターの話を聞きながら、ロープで出来た首筋の二本の青アザをさすっていた。

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カイト様
コメント、怖ポチ、ありがとうございます
語り手が着ていた一張羅に着目されましたか。
まあ、その辺は、いろいろと想像をされたら、と
思っております(笑)

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