中編5
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帰ってくル

新幹線を降りて単線の電車を2本乗り継ぎ、さらにそこから歩いて25分。水道も電気も無い森の中にポツンと建つ古びた家。そこはかつて私たち家族が4人で暮らした古い家でした。今その家に住んでいるのは私の4つ下の弟で、両親は事故で20年前に他界。私たちを育ててくれた祖母も8年前に亡くなりました。言ってみれば私にとって弟は、この世に残されたたった一人の家族だったのです。

「あぁ、誰やと思ったら姉ちゃんか!久しぶりじゃなあ。うんっと…4年ぶりか?とにかく久しぶりじゃぁ」

当時としてはとても革命的な和洋折衷のデザインで、中央にのびるかつての父の書斎があった高い塔が特徴的でした。遊び疲れて帰ってくる私達兄弟を、その塔の丸い窓から父は顔を出して迎えてくれたものでした。あれから弟の手によって何度か修復を重ねられたその姿は『革命的』とまではいかないものの、好きな人に言わせればきっと、なかなかなの雰囲気のはずです(笑)

「あんた髭くらい剃りなさいよ。キタナらしくてみっともない」

「げげぇっまた説教かぁー ええじゃん!どうせ誰も見てへんのじゃけ」

弟は未だにこんな所に住んでいるくらいですから、ファッション関係はとにかく無頓着。シャツなんてお父さんが生前に着ていたものをずっと着回す始末。いくらお父さんでも、亡くなった人のものを…という話を何度かしたのですが、本人はそういったことも全く気にしないみたいで、姉としては複雑な気持ちです。

「あら、どなたかいらしてるの?一人でぶつぶつ言ってるから頭が変になったのかと思って心配したじゃない…」

家の中から現れたのは、田舎の景色が似合わないほどに色白の女性。化粧っ気が無いからわからないものの、都会に居れば飢えた男達が放ってほかないだろうな…それくらいの美人。

「アホか!俺はまだ25やぞ ボケやせんわ。あんのー…そうや、冷たい茶でも入れてくれるかぁ?」

「はいはい、ボケる前に引っ越そうね。都会とは言わないからせめて駅前に」

「今その話するかぁ?まあええから茶ぁいれてくれ」

思いもしない第三者の存在に私は本当に驚きました。「さっき飲んだばかりじゃない…」とぶつぶつ言いながら家に入る彼女を見送った後、弟に聞いてみたんです。

「あの人だれ?もしかして…彼女…?同棲なんてアンタも意外とやるねー!」

「実は言ってなかったんやけど…俺、結婚したんや。子供…娘も1人おる」

「はぁ…!!??なんでそんなこと早く言わないの!!?」

さすがの私もこれには驚きました。たった一人の肉親である私に知らせずにそんな事になってるなんて。

「結婚したんは2、いや3年前かな。わかるかな?『あの日』のちょっと後に東京から越してきた子や」

「呆れた…今回ばっかりはホンマに…」

「 << お茶いらないのー?氷とけちゃうよー?>> 」

縁側から顔を出し、知らぬ間に『義妹』となっていた女性が言いました。そしてその声を真似る小さな女の子。田舎の子らしくいかにも活発そうで、よく日に焼けた女の子。

「自分で言うのもアレやけど…あの子…私の小さい頃にそっくりね(笑)」

もちろん内緒にしようと思って知らされていなかったワケでは無いのでしょうし、それに結婚して子供が出来たというのはもちろん悪い話ではなく、私は戸惑いながらも新しい家族との対面を楽しむことにし、夕食をご馳走して頂いたのでした。

「すいません、今日は買い物に行く時間が無くて、こんなものしか…」

「いえいえ、私も連絡せずに急にお邪魔してごめんなさい」

「ええんじゃ どうせ酒飲んで寝るだけじゃけぇ!」

お酒は好きなものの、遺伝的にアルコールには滅法弱い弟が大口を開けて笑います。

「はじめまして!お父さんの、お姉さんやでー」

「おとーた おちゃけ くちゃいー」

2人だけだった家族は4人に。1人暮らしが長かった私にとって、皆で囲む食卓は本当に楽しいものです。

「ねぇ、引越しの事考えてくれましたか?」

楽しそうだった弟の表情が一瞬固まり、冷たい表情でこう答えたのでした。

「今は、その話は、するな」

私がついつい口を挟みます。

「さっきもそんな話してたなぁ。アンタもついにこの家を出る気になったんかー」

「そりゃ、あなたがこの家にこだわる気持ちもわかるけど、あの子も来年には幼稚園なんですよ?出来ればその前に…」

「うるさい!!!!…もう…その話は、やめてくれ。頼む」

「…ちょ、アンタそんな言い方しなくても」

私がそう言い掛けた所で『義妹』は部屋を出て行ってしまいました。普段は温厚な弟が声を荒げる事は珍しいはずです。私は彼女の事が少し心配になりました。

この家を手放す事は感慨深いものがありましたが、弟夫婦とまだ小さな子供を思えばその方が良いはずでした。もちろん私も反対する理由はなく、弟がなぜそんな態度をとるのかがわかりませんでした。

「姉ちゃんの部屋はそのままじゃけ…布団の場所は…わかるじゃろ?」

そう言って弟も部屋を出て行ってしまったのです。

「せっかく帰ってきたのに何なのよその態度は…」

私はブツブツ言いながらも長旅の疲れと少しの酔いで、部屋に入るとすぐにウトウトしてしまいました。次に気がついたのは夜中の1時を少し回ったところ。誰かの話し声に目が覚めました。

「……けど…………い…?」

「わ……………………………こも………だ…………」

その声に引き寄せられるように私は懐かしい扉の前に居ました。『姉ちゃんのバカ』と釘で傷を付けられた扉。『1987年 124せんち』日付と共に競い合うように伸びる2本の傷。

「さっきの話なんやけどな…怒鳴ったりしてすまんかったな」

「…理由は何なの?ワケを教えてよ。いつまでここに暮らさなきゃいけないの?いい加減教えてくれたっていいじゃない」

「いや…それは…」

「いつもそう…私達って夫婦じゃないの?これからもずっと暮らしていくんだよ?それなのに…そんな…」

涙で震える声。私も気になりました。どうして弟はこの家にこだわるのか。どうして温厚な弟があんな態度をとってしまうのか。

「この家にはな…」

「…?」

「この家には、帰ってくる人がおるんや。帰ってくる人がいる限り、俺はこの家を離れられん」

「何の、話?」

驚きでした。まさか普段は何も考えてないような弟が、そこまで亡くなった両親の事を想っているなんて。でも下手な怪談話じゃあるまいし『帰ってくる』って?

「去年まではアナタも乗り気だったじゃない!それを今更そんな訳のわからない理由で…」

「…すまん。でも俺はここから離れるわけにはいかなくなった…」

「勘弁してよ…あなたがいつまでも20年前の事件を吹っ切れないでいたら、亡くなったお父さんもお母さんも、そしてあなたを守ってくれた鈴子さんも…みんな安心して眠れないじゃない!お願い…前に進んでよ!」

『その日』を境に2本の傷は1本になり、やがて傷が付けられることは無くなった。空が、見える。星が、見える。楽しかった日々が、永遠と駆け巡る。

熱い…アつい…イたイ…痛イ…あツい…いタイ…赤イ…アカい…まぶシい…モえる…燃えル…熱い…イタイ…イタイ…苦しい…くる…しい…

 た す ケ て 

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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