中編6
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歌が聞こえる(中編)

Mさんの髪は長く月の光を集めては、水面に反射し輝いていて

歌う声をいつまでも聞いていたくて、彼は絵をなかなか仕上げなかったほど彼女は人を引き付ける魅了を放っていたのだという。

「彼女とのラブラブ自慢すか?」

俺はチョケて話の腰を折ったが

「素敵な人だったんですね」とNは話に聞き惚れてしまっていた。

ははっ、と笑った彼は

「ちょっと話ずれてたね」と改めて話し始めた

不思議なことは、この後起こったんだと前置きをしてから彼は泉を眺め呟いた。

「彼女、Mさんは消えたんだ。」

え??

2人して飲み残していたアルコールをグイッとあけて缶を置いた。

消えたというより、元からいなかった、彼には今となってはわからないらしい。

なぜかというと彼女を知る者は誰もいなかったのだ、確かに彼には彼女と過ごした記憶がある、なのに学校は勿論この村の人々もそう、誰も彼女を知らないのだという。

Nと俺は顔を見合わせ

タイムリープ?違うなぁ、狐に化かされた?なんか違うなぁ、神隠し?いや、タイムリープと一緒じゃんか……と、ブツブツ言いあった

「消えた瞬間はどうだったんです?」

またシンクロする

2人とも仲いいなぁと彼は笑った。

彼が言うにはこの村の人魚伝説はちゃんと昔からあって

村おこしで最近になってネタにはなっているけどちゃんと歌とかもあるぐらいなんだということだった。

彼女は絵のモデルになっている時にその歌を歌っていた

彼が絵を描き終える時、彼女は彼の知らないその歌の二番を歌い

歌い終わると

ザブン!!と泉に飛び込んだ、それから彼女の存在は消えたのだと説明してくれた。

きっと彼は彼女に惹かれていたんだなと思うのは、彼に聞かなくてもわかった。

「その後、私は彼女を探し回り村中に聞いて回ったが誰も彼女を知らなかったんだ。それでも探し続けたもんだから変人扱いになってしまったよ」

儚く笑う彼の横顔はすごく寂しそうだった。

「絵描きなんて元々変人と相場は決まってるだろ、俺がその人魚姫の存在を探しだしたるから、Yさんはどうしたらその身長を俺に分けられるか考えといてくれ」

と、兄貴だったら言いそうなことを口にしてみた、クスクスとNが笑いながら

「それでオチビさん、作戦は??」と聞いてきたので、

「チビ言うな!今から考える!!」と答えておいた。

晩夏の夜、過ごしやすい泉のほとりで俺たちは酒を飲み語り明かした。

俺とNはYさんに別れを告げ、昼からその村の寺だったり、神社を回った人魚歌と題された歌は見つけられたのだけれど2番にあたる、歌詞を見つけられずにいた。

泉のほとりにある一福亭で昨日も買った人魚寿司を買い、食べながら人魚歌の一番を解読してみていた。

(古文歌詞)

月が水面に映る頃

らうたきなんぢを思ふ

結ばるることのなき愛ならばと

わかりてはけども

初めより出会はずはなど

え思はず

月が水面に映る頃

らうたき我を迎へに来て

(現代訳歌詞)

月が水面に映る頃

愛しいあなたを思います

結ばれることのない愛ならばと

わかってはいても

初めから出会わなければなんて

思えない

月が水面に映る頃

愛しい私を迎えに来て

「なんと、ロマンチックな!!」

と解読してツッコミを入れた。

「人魚伝説ってだけあって、結ばれない悲運の物語なのね」とNはキュンキュンしていた。

そこへ村民、やはり2日も新顔がいたら珍しいらしく話しかけてきた。

「珍しいの、古文の勉強かえ?人魚歌を調べとるなんて」

齢80をゆうに超えているだろう、お婆だった。

「そうなんです、古文の勉強で」

と話をすかさず合わせたのはNだった。

「この人魚歌の2番を知りたいのですが」

と言うとそのお婆は嬉しそうに教えてくれた。

(古文歌詞)

月が水面に映る頃

らうたきなんぢを拐うだらむ

結ばれぬ愛なりと

わかれれば

いま他には何もいらずと

思へど

月が水面より消ゆる頃

我はなんぢの早くきえむ

(現代訳歌詞)

月が水面に映る頃

愛しいあなたを拐うだろう

結ばれない愛なのだと

わかったのだから

もう他には何もいらないのだと

思うけど

月が水面から消える頃

私はあなたの前からきえるでしょう

「え、なんか急に怖くなるじゃんか!!」

俺はなぜ昔の歌は大半がこうなるんだろうと嘆いた。

Nは「違うよ、これは怖く聞こえるかもしれないけれど、相手を思っての歌だよ」

と意味ありげに納得していた。

お婆に礼を言うと、

「その歌は好きな男の前では歌っちゃダメだよ消えちゃうからね」

と民謡の子供に教える教訓のように教えてくれたのだった。

「でもこれ何の教訓で使ったんだろうね?」

というNに俺は

「泉の近くで子供だけで遊ぶと危ないってことなんじゃない?」と答えた。

かくして、俺たちは次の実験へとうつる。

月が水面に映る頃、要は夜の泉にまた何かを探しに来たのだった、思い立ったら即行動の俺達は試さなければならないのだ。

そう数多く存在する、好奇心旺盛な怖がりの一角なのだから。

やるべきことは決まっていた月は泉に映り込んでいるし、Nは俺が好きなはずだ、だけど、泉の前に立ったままNは歌おうとしない

「大丈夫だって、消えたりしないから!」

何の根拠もないのにやらせようとしていた俺がいた、我ながらポンコツだなと思うがあまり気にはしない。

「バカ、そうじゃない、私歌はちょっと……」

そういうNの左手には携帯が握られていた。

あっやべぇ、Sが出てくる、怒られる。

そう思うや否やNは左耳に携帯を当て、さっきまでのキラキラした瞳から

"こらぁ、A”とギラギラした瞳に変わっていた。

「んで、大体の事は分かった。」

タバコをフーと吐きながらSは言った。

2、3発と言わず盛大にタコ殴りにされた俺は

「Nに危ないことさせるな」と怒られた、SはNを守るためにNが幼い頃に産んだ存在だ。

じゃあNの体でタバコ吸わないで……ください。」と言うと

「あ?」と睨まれたが、火を消した、「それに」とSは続けた

「Nは人前で歌えるような子じゃない、おまえといるようになってから活発にはなったけどな」

と付け加えた後、右の唇の端だけをクイッと上げてみせた

「にしても、久しぶりに呼ばれたと思ったら、また危ないことしようとしている、お前も止めろよ!」

と、俺を指した指は、きっと兄貴を指していたと思う、俺は聞こえてもいないのに「うるせぇ」と聞こえた気がしてクスクスと笑う。

「さてと、エス……さん...ちゃん?」

と確認をしながら、ちゃん付けで呼べば良いことが分かり、作戦を立て直すことにしたが、結局歌ってみないことには始まらないということになったので歌わせてみようとしたところ、Sは歌わない。「ちょっ、Sちゃんまで人前で歌うのは……とか言うんじゃないよね?」

俺は聞くとSは冷静に

「アホ、これどんな音程だよ?」と聞いてきた。

当たり前だ、俺たちはこの歌を聞いたことがないのだから。

とりあえず泉で読み上げてみたら?とSに読み上げてもらったものの、やはり何も起こらずなんだか恥ずかしくなったと思われるSはまた俺を殴るのであった。

Yさんのアトリエを覗き込み、他にお客さんがいないことを確認すると中へと入っていった

「やぁいらっしゃい♩︎」Yさんは快く俺たちを出迎えてくれたのだが、Sをみると

「あれ?Nちゃんちょっと不機嫌??」

と俺にコソコソと言うので

「そんなところです」と答えておいた。

そして今日一日の流れや手に入れた歌詞の話などをひとしきりしたあとに、この歌の音程を教えてもらいたいと頼んだ。

彼はアトリエの壁にかけてあった、古弦楽器を持ってくると、その心地良い音色を響かせながらその歌を歌って聞かせてくれた、なんとも胸を締め付けるような綺麗な歌だった、Yさんは歌い終わった後「はっ!!」となり

「まさか、泉の前で歌うつもりじゃないよね!?」と言った時には既に時遅し。

ニヤニヤしている2人がいるだけだったのだ。

Yさんは「自分もついていく。」というのを条件に2人の実験を許してくれた。

Sは泉の前に立ち、その後ろには俺とYさんがいる形になった

Sは歌い出す、ずっとNの代わりを務めてきただけはある、とても綺麗な声で、時々感じる胸の痛みを洗い流すようなそんな感覚に俺は目を閉じ聞き入った。

2番の歌詞が終わる時、月は水面にゆれSと共に消えていた。

Concrete
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