中編4
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夢が現実

今日の面接も手ごたえがなかった。

俺を面接してくれたあの人の表情でわかる。後日、今回は御縁が無かったということで…とかなんとか断りの電話を入れてくる筈だ。

浪人してなんとか大学は出たものの、次は就職に手こずっている。もう何社落ちたかも思い出せない。

俺の人生はいつもこうだ。必ずなんらかの壁にぶち当たる。うまくいった試しなんて一度もない。

勉強苦手、運動音痴、こんな俺だからモテるはずもなく、22年間彼女もいない。

反対の上り線のホームに可愛い女の子がたっていた。あんな子と付き合いたいな…せめて俺の顔がイケメンだったらなぁ…

「んっ?」

ふと、昨日みた夢を思い出した。そうだ、俺は夢の中だと最強なんだ。

俺には子供の頃からずっと見続けている夢がある。夢の中にだけ存在する街。不思議な事にいつだって俺の夢は必ずその街の中で繰り広げられる。

その街での俺は有名だ。ケンカが強くて女の子にはモテモテ。頭も良いし、友達も沢山いる。家は金持ちでフワフワの小型犬を三匹も飼っている。

みんな俺を見付けるとかけ寄ってきてチヤホヤする。でもそんな最高の気分で目を覚ますと、またこんな冴えない誰からも干渉も期待もされない現実が待っているのだ。その繰り返し…

「ああ…夢の世界が現実だったらな」

ボソっと無意識に漏らしたそんな言葉だけど、夢の世界が現実の世界だったらどんなに幸せだろう。本気でそう思った。

ホームに電車が滑りこんできてあの可愛い子を乗せて走り去ると、誰もいなくなったホームに黒ずくめの男が一人立っていた。

男はベンチに腰掛けている俺をジッと見つめている。間違いなく俺を見ている。だって今この駅には俺とあの男しかいないのだから。

「本当にそれで良い?それを本当に望むのなら一度だけ願いを叶えてあげてもいいけど…」

男はあろう事か直接、俺の心に話しかけてきた。これは明らかに人間ではないし死神かもしれない。下手したら殺されるかもしれない。

だが、俺は答える。

「ああ、こんなクソみたいな世界に未練なんて一つもないよ… 俺はあの世界へ行きたい…皆んなに注目されてチヤホヤされる最高な街、俺は死ぬまであそこでハッピーな人生を送りたいんだ!」

男は頷いた。

「よろしい。ではもうこっちの世界には戻って来れないけどそれでも良い?」

躊躇なく頷くと、周りの景色がグラっと揺らぎ、次に目を開けた時にはなんと、夢の中でしか見たことのない見慣れたあの街に来ていた。

「こ、ここは?!」

夢?

ホッペをつねるとめちゃくちゃ痛い。目の前にはやはりいつも夢で見ているあの街が広がっている。

ただ、いつもと少し違うのは寒さを感じる事だ。気温なんて今まで一度も感じた事がない。風の音、鳥の声、車の走る音、妙にリアリティーがある。

テナントのウインドウに映り込む自分を確認すると、そこには今までの冴えない自分ではない、精悍な男が立っていた。

「それでは私はこれで…」

姿なき黒ずくめの男の声が直接心に響く。

「ああ、ありがとう!でも、直接心に話しかけないでくれ、怖いから…」

兎にも角にも本当に夢が現実世界になりやがった?やった!これで俺は最強だ!もう就職に悩まなくてもいいし、彼女だって選び放題。みんな俺を見ると近寄ってきてチヤホヤしてくれる!

早速、近くを歩いていた女子高生二人組が俺を見るなり近づいてきた。かっこいいだの、うらやましいだのとヒソヒソ話しているのが聞こえてくる。

「えっ…うらやましい?」

思わず彼女達の方を見て俺は仰天した。彼女達の顔は目も鼻も口もついていない、いわゆる能面だったのだ。

「その目、めちゃくちゃかっこいいよね。私に頂戴?」

女の子が俺の顔に手を伸ばしてきた。俺は怖くなりとっさにそれを払いのけて走りだした。

「な、なんだよアイツら?!」

すれ違う人間はみな俺を見ると追いかけてきた。その口をよこせ!その鼻が欲しい!いくつものそんな声が叫びのように後ろから迫ってくる。

そして俺はついにそいつらに取り囲まれてしまった。老若男女、誰の顔も能面のようにツルツルで表情なんてものはない。

「その目が欲しい…」

「その口があれば…」

「その鼻をくれ…」

何十、何百の手がうにょうにょと俺に近づいてくる。たまらず俺は塞ぎ込みながら叫んだ。

「いやだー!お前らに奪われてたまるかー!!!」

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目が覚めて気づいた。俺はホームのベンチでうたた寝をしていたようだ。何かものすごく怖い夢を見ていた気がする…

向かいの上り線のホームには俺と同い年くらいの可愛い女の子が電車を待っていた。

女の子は俺の視線に気づいたのか、一瞬だけ俺と目が合うとあからさまに嫌な顔をして目を背けた。

普段の俺なら軽いショックを受けるところだけど、なぜか今の俺にはそれがむしろ嬉しかった。

周りにいる人間もまるで俺なんかここに存在していないかのように自分の事に必死で、そもそも他人の事なんて眼中にない様子。

心地よい…

これでいいんだ。

ふと、さっきまで女の子が立っていた場所に目をやると、全身黒ずくめの冴えない男が立っていた。

男はなぜか反対側のホームに座っている俺を凝視している。俺はそいつと目があった瞬間、すぐに気持ち悪くなって目をそらせた。あの男、笑ってた。

俺は昔から人に干渉されたりチヤホヤされるのが大嫌いなんだ。頼むからこっちを見ないでくれ…

タイミングよくやってきた電車に飛び乗り、駅を出てからしばらくしてようやく落ち着いた。

「それにしてもあの男、俺にそっくりだったな…」

トンネルに入った電車の窓ガラスに、俺の姿は写っていなかった。

Concrete
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皆さま、たくさんの怖いをベリーサンクスです。

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