中編4
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小さな踏切

私がその道を使ったのには、それなりの理由があった。ただそれが、全ての間違いの始まりだった。

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 いつもなら会社を出ると、マイカーで国道を走り、県道を走り、およそ30分ほどで、マンションに無事に到着するのだが、年の瀬も近づいたその日は決算期ということもあり、会計課の私が会社を出たときは既に午後10時は過ぎていた。

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連日の疲れもあって、出来る限り最短でマンションにたどり着きたかったから、国道を通らず、信号の少ない農道を走るようにした。

初めての道筋であったから、ナビの地図で現在地の方向を確認しながら、田んぼに囲まれた暗い砂利道をひたすら走っていると、突然

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「この先、踏切があります」

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という無機質なアナウンスが鳴った。

─こんなところに、踏切があるのか?

訝しげに前方を見ると突然、

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「カン!カン!カン!、、、」

と、警報器か鳴りだした。

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50メートルほど前方で、赤いランプがチカチカと明滅している。

私は舌打ちしながら、遮断機の手前で停止した。

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そこは、向こう側の遮断機まで5メートルもなく、しかも、コンクリートで舗装もされていないような、小さな踏切だった。

何気なく前の方を見ると、遮断機の向こう側に人が立っている。

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白いレジ袋をさげた、黄色いエプロンにサンダル姿の中年の女性。

そしてその真後ろには、山高帽を被りグレーの背広を着た、長身の男。

サンダルをつっかけた女性は恐らく、この辺りに住む農家の奥さんだろう。

男は、仕事帰りのサラリーマンだろうか。

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女性の方は警報器の灯りで、ある程度顔の表情まで分かるのだが、後ろの男については、顔の部分だけが能面を付けているかのように、なぜか白くぼやけていて、分からなかった。

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やがて電車の接近を知らせる、車輪の音が聞こえてきた。

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「カタン、カタン、カタン、、、」

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その音は初めは小さく、それから徐々に大きくなってきて、右手の方から電車がその巨大な金属の全容を見せ始めて、いよいよ、目前を通過しようか、という時のことだ。

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私ははっきり見た。

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いきなり前方の女性が、山高帽の男に押されて、遮断機の上を越えて、頭から倒れ込むように線路上に転がりこんだのだ。

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─危ない!

そう思ったときは、もう遅かった。

耳をつんざくような警笛とブレーキ音がすると、

続けて、

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─ドスン!という鈍い衝撃音が、聞こえた。

電車は女性の体を前方数十メートル先まで跳ね飛ばし、金属の軋むような不快な音を響かせながら、30秒くらいかけて、ようやく停車した。

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遮断機が上がったときには、なぜか、山高帽の男の姿はどこにもなかった。

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…………翌日、私は朝刊紙を購入し、地方欄に目を通した。

昨晩のことは紙面の下の方に載せられていて、単なる人身事故として扱われていた。

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だがあれは事故などではなく、れっきとした殺人事件だったと思うのだが、あのような小さな踏切には、防犯カメラも設置されてないだろうから、私が警察に話を持っていったとしても、今さら証明することは難しいだろうし、いろいろと面倒なことが続くであろうことが嫌で、黙殺することにした。

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それからあっという間に年が明けて、正月休みを終えて、初出勤の日のこと。

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その日は朝から曇りがちで、午後には、ポツポツと雨が振りだしていた。

仕事始めということもあり、私はいつもより早めに仕事を終えて、7時頃には会社を出た。

その頃には、雨は本降りになっていた。

いつもの国道を通り、帰ろうとしていると、会社前の国道が道路工事中で、一部区画が封鎖されていて、しょうがないから迂回することにした。

迂回路である農道をしばらく走っていると、

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「この先、踏切があります」

という、聞き覚えのあるメッセージ。

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私はドキリとして、忙しく動くワイパーの隙間から前方に目を凝らす。

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─カン!カン!カン!、、、

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運の悪いことに、警報器が赤いランプを明滅しながら、遮断機を下ろし始めていた。

同時に私の脳裏には、あの時の忌まわしい光景がフラッシュバックする。

私はゆっくりと、遮断機の手前で車を停止した。

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なぜか緊張した面持ちで前方に目をやると、

遮断機の向こう側に、塾帰りらしき黄色い帽子を被った小学生くらいの女の子が、傘をさして立っている。

そして、その後ろには、フロントガラスの雨粒でよく見えないのだが、長身の男が、まるで陽炎のように、ゆらゆらと立っていた。

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あのときの山高帽の男だ!

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─ガタン!ガタン!ガタン!、、、

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いつの間にか電車は右手の方から、はっきりと車輪の音が聞こえるくらいに近づいてきていた。

前を見ると、女の子はただじっと、電車の通り過ぎるのを待っているようだ。

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─ダメだ!早く逃げろ!でないと、、、

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気のせいか、山高帽の男が、女の子の方に近づいてきているように見える。

そしていよいよ、電車が通過しようとした時、私はドアを開けて車から飛び出すと、遮断機を飛び越えて、無心に女の子の方に走った。

私は濡れた線路の上で足を滑らせてしまい、前のめりに倒れ込んだ。

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その時は既に遅かった。

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鼓膜が破れるくらいの警笛音と強烈なライトの光の後、体中を、雷に打たれたかのような凄まじい痛みが走った。

その後は、

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その後は、、、

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永遠に続く漆黒のトンネルを、ひたすら歩いていた。

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