長編11
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ゴーストポリス3(その9)

イギリス国内 某所──。

 何処だか全く見当もつかない薄暗いラボの実験台の上で、えだまめ1号は目を覚ました。

 「やれやれ……やっと着いたか」

 ムクリと体を起こし、二足歩行のえだまめンZ形態になったえだまめ1号は、台から降りて部屋の周囲を見回す。

 窓がないことを考えると、何処かの地下施設であると推察できる。

 様々な機械類と毒々しい色の薬品、見たこともない生き物らしきものが漬け込まれている透明な筒がズラリと並ぶ棚など、何だかよくわからないが、イケないモノであることだけは察しがついた。

 「とりま、ぶっ壊しとくか!」

 爽やかに物騒なことを呟いて、えだまめ1号がそこら中の機械類の機能を停止させ、怪しげな薬品類は備え付けのシンクに流してやった。

 人知れず行われていた如何わしい実験を躊躇なく無に還していくえだまめ1号の頭上で、スピーカー越しに渋い男の声がする。

 『プロフェッサーアマノ、手荒な歓迎は心から詫びるが、それは少々やり過ぎではないかね?』

 「フン!クソみたいな実験を無かったことにしてやってるんだ……わたしに泣いて感謝した上で、わたしを讃え、現人神と崇め奉るんだな」

 減らず口を100倍に増やしたアマノの言葉に憤慨することなく、スピーカー越しの声は静かに笑った。

 『本当に面白いな……』

 スピーカー越しの声の余裕を含んだ物言いに、作業を止めることなくアマノが返す。

 「そんなスピーカー越しで会話するなんて、わたしに失礼じゃないのか?それとも、お前は世界がドン引くほどのトゥーシャイシャイボーイなのか?」

 人をおちょくることにかけてはユキザワを超えるアマノは、全ての機械を沈黙させ終わると、クルリと監視カメラに向かい、右前足を突き出した。

 「さて……やることはやったし、わたしは帰るつもりだが、何か用はあるかね?Mr.ストレンジャー」

 アマノの挑発を笑い飛ばし、スピーカー越しの声が答える。

 『何のお構いもしないのは心苦しい……こちらまでご足労願えるかな?プロフェッサー』

 「はぁん?用があるならお前が来い!!……と、言いたいところだが、まぁいいだろう……」

 えだまめ1号がラボを出ると、左右に細く延びる廊下の片側だけ明かりが点いていた。

 明かりのある方に歩き始めたえだまめ1号は、何度も曲がり角を曲がり、進むこと数十分──。

 「遠いなぁ!!おいっ!!」

 代わり映えしない景色に根を上げたアマノだったが、ここまで来た以上、今さら引き返すわけにもいかず、文句をタラタラ言いながらも歩き続けた。

 ようやくたどり着いた部屋に入ると、広めの部屋の奥に鎮座する重厚なデスクの向こうには、60手前の男が高そうな黒革張りの椅子に座っている。

 「ようこそプロフェッサー」

 「歩かせ過ぎなんだよ!同じ所をぐるぐると歩かせやがって!ハゲが!!」

 不満をぶちまけながら地団駄を踏みまくるえだまめ1号を、男はあやすようになだめた。

 「場所が場所なのでね……そのことはお許し願いたい」

 「フン!……それで?人類史上最高の天才科学者のわたしに何の用だね?Mr.ヒール」

 相手を見据えたまま名前を呼ぶロボ犬に、ヒールは一瞬眉をヒクつかせる。

 「お見知りおきとは光栄だよ。プロフェッサーアマノ」

 「情報は世界を制するのだよ?そんなことくらいは、頭をハゲ散らかしていてもご存知だろう?MI6の長官ならな」

 相手から冷静さを奪う作戦なのか、それとも、ただ口が悪いだけなのか、アマノが発する言葉の一言一言には神経を逆撫でするトゲがあからさまに仕込まれていた。

 「……率直に話そう!プロフェッサーアマノ、君のテクノロジーを我々に提」

 「断るッ!!」

 ヒールの話を途中で遮り、アマノが続ける。

 「わたしの発明は全ての人類のため、そして、わたし個人の富のために使われるべきモノだ……お前のような人類の生命を脅かすような輩には死んでも渡さん!!ヅラをかぶって出直すんだな!!」

 話の中に利己的なモノが入っていた気はするが、概ねイイコトを言ったアマノに、ヒールが食い下がった。

 「その、富については此方にも用意がある。提供してもらえるのなら、キャッシュで数億ユーロ……即金で振り込むつもりだ」

 「たった数億ユーロで、わたしに大量殺戮の片棒を担げと?冗談は頭皮だけにしろよ?頭がい骨から引き剥がすぞ?」

 何度も淋しい頭皮をイジられたからか、ヒールは椅子から立ち上がり、ドンッ!!とデスクを力一杯叩く。

 「どうやら、交渉は決裂のようだな……」

 「交渉のテーブルに乗せる条件が安すぎるんだよハゲ……あまり、わたしをナメないことだ」

 頭皮は寒そうでもイギリス諜報組織の頂点に君臨する男に対して一歩も引かないアマノに、ヒールは何とも言えないイヤらしい顔で言った。

 「此方には検体があることをお忘れか?その犬型ロボをバラして解析することだって出来るんだ」

 「やってみろよ、えだまめ1号を無理に解体しようとすれば、半径2キロが一瞬で更地になるがな」

 「そんな脅しに……」

 「脅してるのはどっちだ?わたしは事実しか言わない……それとも、今からコイツをバラして見せようか?お前の墓には空の棺が入ることになるがな……」

 アマノがえだまめ1号を操り、胸の辺りに右前足をあてがう。

 「仕方がないな……入れ」

 ヒールの号令と共に、黒ずくめの男達がゾロゾロと部屋の中に入って来た。

 男達はあっという間にえだまめ1号を囲み、えだまめ1号の四肢を取り押さえる。

 「解体は場所を変えて行うことにするよ……ありがとう、貴重な検体を提供してくれたプロフェッサーには感謝する」

 「礼には及ばんよ」

 アマノの言葉の直後、えだまめ1号の口から1枚の紙切れが吐き出された。

 それを黒ずくめの男の一人が拾い上げてチラ見すると、即座にえだまめ1号の拘束は解かれ、瞬く間にヒールを組み伏せた。

 「ジェームズ・ヒール!女王陛下の勅令により、現時刻をもってMI6長官を解任し、国家反逆の罪で貴様を拘束する!!」

 黒ずくめの一人が紙を読み上げると、組み伏せたヒールを立たせて速やかに連行する。

 「礼には及ばんと言っただろう?……間抜けなフィクサー?」

 男達に連れていかれるヒールの背中にそう言うと、ヒールは忌々しげに歯噛みしながらえだまめ1号を睨みつけていた。

 こうして、イギリス国内における不可解な連続殺人事件は幕を下ろした。

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イギリス国内 女王謁見の間──。

 今回の一件により、ユキザワとアマノ(えだまめ1号)は、民間人は一生入れないであろう場所に招かれた。

 「そなた達が日本から来たゴーストバスターですか?」

 かくしゃくとした気品しかない女王陛下が、ユキザワとアマノを見て申されると、ユキザワが頭を掻きながら返答する。

 「ちょっとちゃうなぁ……ウチらはゴーストポリスやで?女王はん」

 一国の主に対しても態度を変えない上司にヒヤヒヤしながら、慌ててアマノがフォローに入った。

 「ゴホンッ!……我々は日本国内における怪異事案を捜査する特別公安組織でございます」

 アマノの言葉を聴いて、女王陛下は目線をえだまめ1号に移して発言される。

 「ミスアマノ、話は聞きましたが、あなたの発明でゴーストが退治出来ると言うのは本当ですか?」

 女王陛下からのご質問に、アマノは快活に答える。

 「はい!ゴーストの主成分を発見、解析し、それを消滅させることに成功しました。これにより、日本国内に蔓延るゴーストからの脅威に対抗する機関が生まれました。それが我々、怪異事案特別捜査室なのです」

 アマノの言葉を興味深そうにお聞きになった女王陛下は、アマノにお尋ねになった。

 「その組織をイギリス国内にも発足することは出来ませんか?」

 女王陛下からのご質問に、アマノは間髪開けずに答える。

 「テクノロジーは使い方を誤れば、世界を……いえ、万物の生命を脅かすことにもなりかねません。ですから、このテクノロジーを正しく使える人材の確保と、それに準じた法整備が確立されたならば、その時はお役に立てるかと思います」

 アマノの強い信念がこもった返事をお聞きになった女王陛下は、ニッコリと微笑まれて返された。

 「よくわかりました。その時が来たら、是非ともお力添えを願います」

 「御意!」

 女王陛下は満足そうに頷かれると、ユキザワに視線を戻して申された。

 「ミセスユキザワ、この度は我が国を…いいえ、我が国民をお救いくださり、誠にありがとうございました」

 女王陛下がわざわざ立ち上がり、ユキザワに頭を垂れて謝辞を示されると、ユキザワは豪快に笑いながら言う。

 「そんなんエェって!それよか、ウチらも世界遺産に傷つけてもうて、ホンマにゴメンな」

 「室長!このやろぅ!!陛下に対してくらいちゃんとしろ!戦争でも始めるつもりか!!」

 流石のアマノも業を煮やしたらしく、自由すぎるユキザワにキレた。

 「ミスアマノ、いいのですよ?そなた達は恩人です……それに、ミセスユキザワ、過去の遺物よりも国民の未来を守れたことの方が重要です。どうか、そのことはお気になさらずにいてください」

 女王陛下にお気を使わせる大物ユキザワは、陛下のありがたいお言葉に安堵のため息を漏らした。

 「いやぁ~よかったわ……弁償せぇって言われたら、何年タダ働きせなアカンか考えてもうたわ」

 「何年じゃ済みませんよ……来世分までタダ働きしても足りるかどうか……」

 小声で突っ込むアマノを他所に、女王陛下が申された。

 「お礼をせねばなりませんね……何か望みはありませんか?」

 女王陛下からのご提案に、ユキザワが答えた。

 「ウチらは何も要らんよ……言うても、秘密裏に来てるわけやし」

 「そうですね、勲章とかゲンナマとか博物館にある稀少なお宝とか、そういうのはアレです!陛下」

 「オマエ、めちゃめちゃねだっとるやないか……この犬のは気にせんとってな?女王はん」

 目の前の日本人と犬っぽい何かの茶番に、何とも言えない顔をされ、女王陛下もお困りのご様子だ。

 「それやったら、その分はリダにやってや」

 「リダに?」

 満面の笑みのユキザワの意外な提案に、女王陛下はいささか驚かれたが、優しく微笑まれて快諾された。

 「わかりました、約束しましょう」

 かくして、ばけものがかりの海外出張は終わった。

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数日後──。

 警察庁の地下四階にある怪異事案特別捜査室は、今日も暇そうだった。

 「ハトムラせんぱ~い!この傷まだ治らないんですよぉ~」

 痛々しい包帯の腕を見せながら泣きつくチカゲをハトムラが優しくなだめる。

 「やっぱり、特殊な菌とかがあるのかしらね」

 眉をしかめるハトムラの後ろのカーテンからは、スピーカー越しのアマノの声が響く。

 『どれ、その腕をもいでやろう!腕をこちらに出してみろ!チカゲ』

 茶化したような声ではあったが、無垢なチカゲは青くなって腕を引っ込めた。

 「ヌコせんぱいまで、あたしをイジめないでくださいよぉ!」

 キャッキャしている女子達の背後から、一つの人影が近寄り、ケガをしているチカゲの腕をフワリと両手で包み込む。

 あまりの唐突なことに唖然としているチカゲとハトムラは、黙ってそれを見つめていた。

 「もう大丈夫よ?イタドリ巡……いえ、チカゲ」

 長身の金髪碧眼美女の微笑みで、チカゲとハトムラの時間が再び動き出す。

 「リ…リダさぁ~ん♪」

 数日ぶりの意外な人との再会に、チカゲはリダのふくよかな胸に顔をめり込ませて喜んだ。

 「うぃーッス……おぇ?!何でいんの?!」

 寝ぼけ頭で部屋に入ってきたムトウも、リダの突然の訪問に驚いて、思わず転びそうになった。

 「お?揃いよったな!やろう共」

 「室長!野郎はムトウさんだけです!」

 入室早々の自分のボケに、素早く反応するハトムラの肩をポンと叩いて、ユキザワが奥の席の前に立つ。

 「よーし!オマエら!!全員席に着いてこっち向け!」

 ユキザワの号令で慌ただしく席に着き、姿勢を正す一同とは別に、リダはユキザワの横に立って敬礼した。

 「本日より警察庁怪異事案特別捜査室に出向になりました、ロンドン警視庁のリダ=クルタナ警部です!!ヨロシクお願いしますっ!!」

 流暢な日本語で自己紹介したリダは、チカゲと目を合わせて小さくウィンクしてみせた。

 「イタドリ、その包帯取ってみぃ」

 半笑いのユキザワに言われて、チカゲは恐る恐る包帯を外す。

 乾いた血のガーゼを剥がしてみると、そこには健康的な小麦色のツルンツルンの肌があるだけで、あの生々しい傷はキレイサッパリ消え失せていた。

 「おぉう!なんと!!」

 ついさっきまであった鈍痛さえ、すっかり治ってしまったことがあまりにも衝撃的すぎて、おかしなリアクションをするチカゲにアマノが言った。

 「リダは世界で五人しか確認されていない本物のヒーラーだ」

 「ひぃらぁ?」

 聞き慣れない単語に首をかしげるチカゲに、ハトムラが優しく解説する。

 「要するに、超能力者なのよ。強いて言えば、魔法で治すお医者さんみたいな感じね」

 「おぉぅふっ!!エスパーさんですか!!」

 テンションが爆アガりしているチカゲをジト目で見ているムトウの前に、リダは歩み寄って右手を差し出した。

 「ミスタームトウ、これからもヨロシクお願いしますね」

 「お……おぅ」

 リダの真っ直ぐな碧眼に見つめられて、ムトウの顔が思わず赤くなる。

 「お?ムトウ、顔がタコみたいに赤なっとんで?コイツ、ホンマにホレよったな!?」

 『ヒューヒュー♪ついにオッサンにも春が来たか!この面食いゴリラめ!!』

 小学生のように冷やかす上司達に、ムトウは別の意味で顔を赤くして叫んだ。

 「室長!やめてくださいよ!!ガキじゃあるまいし!それと、アマノ!今、ゴリラっつったか?」

 「でも、えぇ女やろ?なかなか揉み応えのあるチチしとったで?」

 うっかり口を滑らせたユキザワに、リダが反応した。

 「ボス!私の胸を揉んだんですか?!」

 リダの侮蔑を孕んだ瞳に、ユキザワが慌てて弁解する。

 「……いや、生存確認やで?同じ女やもん、流石に下心なんてあれへんよ?……ちょっとしか」

 「ちょっとはあったんだ……室長」

 自ら墓穴を掘るユキザワに、ハトムラまで冷淡な目を向けた。

 「いくらなんでもヒドイですよ!あたしも揉んでみたいです!」

 チカゲの別ベクトルの一言に、ムトウが突っ込む。

 「何でそうなるんだ!」

 「ムトウせんぱい、変な想像しないでくださいよ!山があったら登る……つまり、そう言うことです!!」

 「……どういうことだよ?意味を成してねぇよ」

 ガヤガヤと賑やかな所で、タイミングよく緊急出動の入電が入った。

 『じゃれ合いを楽しんでるところスマンが仕事だ皆の衆……場所は港区、お台場海浜公園!直ちに現場へ急行せよ』

 「オマエら!気張って来いっ!!」

 「「「「了解!!」」」」

 ユキザワのゲキを背に受けて、ムトウ、ハトムラ、チカゲ、リダの四名は勢いよく部屋を飛び出していった。

Concrete
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