中編5
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ベランダ

何年か前に転勤で、都内から、とある片田舎に引っ越したことがあった。

転勤先には独身寮もあったけど、色々制約があってめんどくさかったから、通い易そうな物件探して、マンションの一室に住むことにした。

片田舎とはいっても、都内から電車で2時間位のとこで、近くには複合スーパーとかもあったから特に不便も無かったし、転勤生活楽しもうって思ってた。

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転勤して3週間位経って、定時で上がったある夜の事だった。まっすぐ帰宅して、録り溜めてたテレビ番組を半分位見終わって、そろそろ夕飯作るか、って台所に向かう途中、ベランダの方に何かが見えたんだ。

俺の住んでるマンションは、すぐ近くに別のマンションが建ってて、ちょうどお互いのベランダが向かい合う形になっていた。多分5メートル位の距離だったから、見ようと思えばお互いの部屋の様子を見れる感じだ。

気にしない人もいるだろうけど、俺は部屋の中とか、もし見られたらと思うと嫌だったから、引っ越した時からほとんどカーテン開けてなくて、ベランダにも出なかった。鳥のフンとか土埃とかで汚かったし、洗濯物もみんな部屋干しにしてた。

けど、その時は何故か、そのぼんやりした気配が気になった。それで、カーテンの隙間から窓越しにベランダを覗いたら、向かいのベランダに人が居たんだ。

部屋の明かりが逆光になってて、シルエットしか確認出来なかったけど、背格好からして男っぽかった。

まあベランダに人が居るのはなんらおかしくはない。じーっと突っ立ってたから、一服してるのか、携帯でもいじってるのか、もしや喧嘩かなんかして閉め出されてるのか、ぐらいに思ったんだ。

だけど、夕飯食べて風呂行って、録画の残りを見ようとリビングに戻ったら、まだ何か気配がして、ベランダ見たらまだ居るんだよ。その人。

閉め出されてるとしたら不憫だが、ただ、こっちとしてはあんまし良い気分じゃない。気味悪いけど、ここは思い切って声かけてみるか、ってベランダを開けようとした瞬間、目の前の光景にひどく違和感を感じた。

動いてないんだよ。その人。

最初見たときと同じように、直立不動で突っ立ってるんだ。しかもマネキンみたいで、生気を感じない。

え、どういうこと?って思ってると、急に向かいの部屋の明かりが、茶色と黄色とオレンジ色を混ぜたような色になって、ゆっくり渦を巻くみたいに、ぐにゃぐにゃ~って歪み始めた。

気がついたら、窓の戸に手をかけたまま動けなくなってた。一気に寒気がして、ダラダラ汗が流れた。恐怖で体が固まるって感覚に、この時初めてなったと思う。声が全然出ないのな。

このまま目を逸らしたら、目を閉じたらどうなるんだろう?

というか、あれはほんとに「人」なのか?

こっちに向かってきたらどうしよう…

頭の中でそんな考えだけがぐるぐる回ってた。

目の前の景色のせいで、段々俺の視界もぐにゃ~っとしてきて、ヤバい、詰んだかも…と思い始めた。

でも次の瞬間、凄い大音量で何かが鳴った。寝間着のジャージのポケットに入れてた携帯だった。

そんで我に返って、一気に体の力が抜けて動けるようになった。その勢いで尻餅ついてしまって、痛ってぇ…と尻押さえながら携帯を見ると、父親からだった。

父親は俺が電話に出るなり「今住んでるとこすぐ引っ越せ」って言ってきたんだ。

そんで、やっぱり…?って、俺は確信した。

普通だったら「いきなり何なんだ」ってキレてもおかしくないだろうけど、俺の父親は昔から勘が働く人で、それが不思議と当たるんだ。

親戚とか知人とかに「何か」が起こる前に、必ず「虫の知らせ」的な事があって、遠方に住んでるじいちゃんが、心筋梗塞で倒れたけど一命をとりとめた時もそうだった。

とりあえず、今起きてる事を説明しようとベランダを見ると、人影もぐにゃぐにゃっとした明かりも無くなってた。父はその後、明日(もう今日だが)休日だから早速そっちに行くと言ってすぐ電話を切ってしまった。

電話が切れて、外もいつの間にか真っ暗で、部屋もシーン静まり返ってる。一気に堪えてた恐怖がおそってきて、なんか気がおかしくなりそうだった。

テレビをつけて電気も消さずに寝てみたけど、一睡も出来なかった。

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その後、俺は2日後には別の住居に移った。父親と、父親が連れてきた知人が引っ越しを手伝ってくれて、おおかた荷物が片付いた後、俺は父親に連れられて神社でお祓いまで受けた。

何かを感じやすい父親は、こういうとこ心配性っていうか、信心深かったからまあ良いけど。

けど、俺は半年後に仕事を辞めて、また都内に戻って今は別の仕事してる。

新居では、別に変なことも起きなかったし、仕事もまあまあ支障なく出来てたけど、俺は少し思うところが色々あってね。

あと、父親から電話があって、やっぱり…って確信したって言ったろ?

実は、あのマンションに引っ越した時に、ちょっとした違和感はあったんだ。

マンションのある地域は、いわゆる新興住宅地ってやつで、築5年位の真新しい建物がほとんどだった。俺の住んでたマンションも、家賃は特別高くは無いけど、オートロック付きで、表面だけはヤケに高級感を醸してる感じだった。他のマンションも分譲の戸建てもそんな感じ。片田舎の一角だけ、別空間って感じでなんか変だったな。今思うと。

けど、向かいのマンションだけは、周りの建物に比べて、凄く古かった。多分築30年は経ってるんじゃないかってくらい。

最初は、部屋の中をリノベーションして住めるようにしてんのかな、って思ってたんだけど、違った。

これは後から知ったことなんだけど、向かいのマンションは、もうだいぶ前に全ての住人が出ていって、廃マンションになってた。更に、あの新興住宅地も、売り出してるものの住人があんま寄りつかない、というか住んでも1年以上住んでる人をあまり見なかったらしい。俺もそうだが。

結局、俺があの夜見た、謎の人影と変な明かりは何だったのか、未だに分からずじまいだ。

あと、父親からの着信。俺、携帯はバイブ設定にして、着信鳴らないようにしてたんだよ。

だから、大音量で携帯が鳴るなんてこと、絶対有り得ないんだ。

ただ、あの夜父親は、俺に電話する前、うとうとして夢を見たそうだ。

バーーッと、オレンジ色の光が見えたと思ったら、「ギャー」「熱い」「アアアアア!」という悲鳴が聞こえて、中に俺の声があったんだと。それで「これはマズイ」と、急いで俺に連絡したそうだ。

それ聞いて、父親には敵わない、っていうか、ちょっと恐ろしくなったよ。

あのマンション、向かいのマンション共々、こないだ火事で全焼したんだ。

Concrete
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