中編4
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長い夜

祖母がまだ十代前半の頃

地元の集落では

一年に一度、ある風習が行われていたそうだ。

それは、ある年代の少女二人が選ばれて、村外れの海岸にある小屋で一晩明かすというものだった。

ある年、祖母と祖母の三つ下の妹が選ばれることになった。

夕刻、二人にはまず酒が入った盃を手渡され、それを飲み干すように促された。

祖母は問題なく飲み干したが、まだ幼さが残る妹はなかなか飲むことができずにいた。

愚図る妹に埒が明かないと思ってか、周りの大人が

「お姉ちゃんが代わりに呑んであげぇ」

と助け船をだし、祖母が代わりに酒を飲み干した。

そして二人は小屋まで先導され、小屋の中央に座るよう命じられた。

小屋は六畳くらいの広さで窓の一つもなく、今にも崩れそうなぼろぼろの木造で、あるものといえば真ん中に敷いてある呉座くらいなものだった。

二人がその呉座の上に座ると、外に居た大人達が唯一の出入口である引き戸に釘を打ち付け始めた。

そして最後に声を掛けてきた

「明日の朝迎えにくるから、それまで誰も入れちゃならんで」

そう言って複数の足音が遠ざかっていった。

祖母は "誰も入れるなと言っても、誰も入れないじゃないか" と思いつつも、なにか得体の知れない恐怖を感じざるを得なかった。

ただ今にも泣き出しそうな妹をさらに不安にさせてしまってはならないと、必死に気丈に振る舞い、励まし続けていた。

どれくらい時間がたったのだろうか

うっすら見えていた屋内も、今ではほとんど視界にとらえることができない。

時折壁の板と板の隙間からビューと流れる風の音に怯えながら、二人はただひたすら時が過ぎるのを待ち続けていた。

ポツポツと屋根に当たる音

雨が降り始めた。

次第に雨足は強くなり、会話するのも困難なほど強く打ち付ける雨音が二人を包み、眠ることもできない状況がしばらく続いていた。

古い屋根からは雨水が漏れ始め、祖母は妹を抱え込むように抱き締めて、敷いていた呉座を頭から被り滴り落ちる水滴から身を守っていた。

すると、こんな雨音の中でもハッキリわかる、異様な音が聞こえてきた。

ザーッ…

ザーッ…

ザーッ…

地面を引きずるような、波打ち際のようなそんな音が遠くから聴こえてくる。

そしてその音は徐々に近づいてきて、小屋の前でピタリと止まった。

ごくりと息をのみ、音がした方を向いて伺っていると

ドンドンドン‼️

ドンドンドンドンドン‼️

引き戸を叩く音が鳴り響いた。

ぼろぼろの扉は衝撃と共に波をうち、今にも壊れてしまいそうだ。

だが祖母には何も出来るはずもなく、妹をさらにギュッと強く抱き締めて、ただ扉をじっと見つめるだけだった。

ドンドンドン‼️

ドンドンドンドンドン‼️

屋根に打ち付ける大雨と、扉を叩く轟音が重なり、もう泣き叫びたい衝動を必死で堪えていると

妹がすっと巻き付いた祖母の腕を払いのけ、扉へ向かって歩き始めた。

とっさに腕を掴もうと手を伸ばすが、スルリとすり抜けてしまう。

立ち上がろうとするも、足が震えて力が入らない。

どうにか這いつくばって後を追おうとしたその時

妹はすでに扉の前に立ち、そしてこちらを振り返って言った。

「#※◯&@×が呼んでる」

そう呟くと扉に手を掛けた。

釘で打ち付けてあるはずの扉が

ギギッ!と音をたて開こうとしていた。

「◯◯!◯◯!いっちゃいけん‼️」

祖母は必死で妹の名前を叫び

なんとか妹の足下までたどり着くと

妹の身体を這い上がるようにして両腕を押さえた。

そして微かに開いた扉の向こうから

おびただしいほどのいくつもの手が扉の隙間から見えた。

その手は

男性のようなゴツゴツとした手

女性のようなしなやかな手

子供や赤ちゃんのような小さな手

それぞれの手たちが隙間に向かって今にも入り込もうとしている。

祖母は力を振り絞り扉を閉めると

うわ言を呟くを妹を引きづるようにまた中央へ戻り

さらに呉座を深く被って

ただひたすら震えた身体で妹を包み込んだ。

どれだけの時間が過ぎたのか、ふと気付くと雨はだいぶ落ち着いていて、ポトポトと屋根から落ちる水滴の音だけが小屋中に響いていた。

祖母の腕の中の妹も、いつのまにか静かに寝息をたてている。

そっと呉座を取ると、壁の隙間からやわらかな光が差し込み、夜があけたことを知らせてくれた。

妹を起こし、しばし無言で辺りを見回す。

すると遠くからいくつかの足音が聞こえてくる。

ややあって扉が開けられると、見知った声が聞こえてきた。母だ。

二人は泣きじゃくりながら母親に抱きつき、

この長い夜を乗り切れたことを実感した。

…数年後、その場所にはいくつかの石像と石で模した骨董品が置かれ、中央には慰霊碑が建てられた。

なんでも若い世代の集落の人達が、

これ以上この風習を残すわけにはいかないと

どこからか仕入れた知識でこのような措置がとられたらしい。

この風習がなんの為に行われていたのか、

なぜ妹だけが誘い出されたのか、祖母が見たものはいったい何だったのか…今では知ることはできない。

ただその慰霊碑が建つその場所は

未だに存在する。

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