長編7
  • 表示切替
  • 使い方

夢で逢いましょう(10部)

【もう一人の私】…ソイツは人間の、生物としての欲求に忠実な、自己中心的考えの持ち主だ。

人間には三大欲求という物が備わっている。

・食欲

・睡眠欲

・性欲

nextpage

これら全ては、人間の生存本能に携わっている。人間が死ぬまで付き合い続ける欲望達だ。

これなくしては人類は滅んでしまう。

そういった、義務付けされた本能だと私はとらえている…

nextpage

しかし、それらを制御する事なく奔放に生きる事は人間社会において許される事ではない。その為に人間には【理性】という枷が備わっているのだ。

だが恐ろしい事に【もう一人の私】は、理性など微塵も持ち合わせていない…

私にとって、ソイツの思考は【悪魔の囁き】でしかない…

nextpage

私はこれ迄にも【ソイツ】と対峙した事が幾度もあり、その都度、虚しいまでに敗北してきた…だから私はソイツが大嫌いだ。

私は【ソイツ】が人生において現れない事を、強く…強く願い続けてやまない。なのにソイツは私の事を好いている様で、度々現れては私を誑かす。

そして、今夜も現れた…私は完膚なきまでに、ねじ伏せられた。

nextpage

Tと二人っきりになった空間で私は、そんな言い訳がましい事を悶々としながら頭に描いていた。一種の逃避行為なのだろう…

それと共に、私はTに身を任せる準備を着実に整えていた。

浅ましい程に、愚かな自分に目を背けながら…

nextpage

( 人間、誰しも目先の欲に弱いもんだって…だから仕様がない事なんだって…もうここまで来たらいい加減、諦めろよ… )ソイツが誘惑する…私の意思に浸食し始めた…

【ソイツ】の発言が脳内で反響し続ける。それは洗脳の様で…というのは逃げ口上だろう。自分で自分に都合良く、言い聞かせていただけだ…これから行う事に少しでも罪悪感を抱かずに済むように…

nextpage

私は人間として、【世間一般】という枠からはみ出ている。本来は淘汰されるべき存在なのだろう…だが、社会とは異なる存在があってこそ成り立つところもある。だから、奇異なるものは存在を許されているのかもしれない…

それが私なのか…?

nextpage

なんだか頭の中で、低俗なりに哲学チックな事を説いている。馬鹿な私には難しい話でしかない。いや、私が始めた話なのだが…

さて、そんな現実逃避に陶酔する事を永くは許されない状況だ。私の眼前にはTが居座っているのだから…

nextpage

Tの視線は、まるで獲物を仕留めようとする獣の様に鋭くギラついていた。私はその眼差しから逃れる術を持ち合わせてはおらず、ただ怯えている。違う。怯えながらにも求めている…

その全てをTは見透かしているかの様に、私をじっくりと辱めた。

( もうダメだな…諦めよう… )私の心が折れた。

nextpage

静寂が蔓延した空間は居心地が悪い。だが、私はその状況を抜け出す事はしなかった。先に口を開いてしまっては、自分が誘った事になってしまうから…私はTの言う通り、あざとい…

突然Tが小さく哂う。そしてゆっくりとにじり寄り、私との距離を縮めた。壁にもたれ掛っていた私に退路はない。Tの瞳を直視出来ず、目線を逸らす。Tは私の頬に自身の頬を添え、耳元で囁きかける。〖ホンマお前のそういうトコ、好きやわ…〗生暖かい熱を帯びたTの声が私の五感を犯す。

nextpage

「うっさい…」羞恥に満ちた私は、敢えて反抗的な言葉を吐く。またTの艶めかしい吐息が私の耳を虜にした。そしてTが頬を離し、ソッと首筋に唇をあてがう。

【ソイツ】が待ち望んでいた感覚を与えられた私は、グラスを落としかける。それ程までに私は飢えていたのだろう…

Tが手から零れ落ちる寸前にグラスを支え、〖大きい音たてたら2人が起きてまうで?〗妖しい口元で私を諭す。

nextpage

モラルとは何だろう?

【倫理。道徳。習俗。また、生き方に対する真剣な反省。】とある。

では、モラルに反するとは?

【非道徳的。反社会的。倫理にもとる。外道な。人の道を外れる。】だそうだ。

nextpage

所謂、背徳的な事である。

人間は道を踏み外す際、引き留める為に【罪悪感】を抱く。

しかし、中には【背徳感】に酔いしれる、好き者も混在する。

私がそうだから…

nextpage

この現状は私にとって最高のシチュエーションに仕上がった。全てが整い尽くした。

隣の部屋には恋人と友人が寝ている。壁を挟んで私は恋人と仲の良い男と睦言にうつつを抜かす…バレれば全てが終わる。悟られてはいけない。ネジがぶっ飛んでいる私にとって大好物のスリルが待ち構えている…

自分の人生を掛けた性戯が始まる…!

nextpage

この時には自覚していた。私が【ソイツ】と入れ替わっている事に…私は傍観者として自身の殻に籠っていた。

自己保身…防衛本能…言い訳…責任逃れ…自己正当化…言葉は色々ある。

だか私の行為は解かり易いほど、自身の欲望を満たすだけの為に行われていた。

人間の醜悪で、利己的な愚行でしかない。

nextpage

Tが妖しく、手を差し伸べる。私の背徳感を助長する為に…私の無言の承諾を求めた。

私はいざなわれる様に、その手を握り返す。

先ほど恋人が敷いてくれた布団に入り、私はTに後ろから抱き締められていた。

心臓の鼓動が張り裂けんばかりに脈打つ。全身の血液がほとばしる。

nextpage

背後から私を包み込むTの腕が、安らぎを与えてくれる。同時に色情的な刺激を生みだしながら、私の本能を呼び覚ます。

私はTに全てを委ねた…

nextpage

あれからどれ位の時間が経ったのだろう?

私はTの腕の中で、今か今かと恋焦がれている。しかし、その期待とは裏腹にTは私に抱き着く以上の事はしてこない…私は焦りを感じていた。

するとTが小刻みに揺れ動く。私は恐る恐る、後ろに顔を向けようと試みた。顔が見える前にTが囁く。〖俺は何もしないよ? 今夜はこうして抱き締めて寝るだけ。〗

nextpage

私は茫然とした。

言葉を理解し、飲み込むまでに時間を要する程の衝撃だった…

( ここまで期待させて、何もしない?! 馬鹿じゃないの!!? )私はTに怒りを向ける。だが、その怒りは次第に自身がのぼせあがっていた事を再認識させられたのだ。

情けないまでに弄ばれた…Tが…自分が恨めしい…

nextpage

私は赤っ恥をかいた事が悔しくて、Tの腕を振りほどき、ほんの少し離れて布団にくるまった。それが精一杯の自尊心を守る行為だった…

後ろからTが嘲笑っているのが解かる。悔しい…憎らしい…

そして何より、期待に胸膨らませてTを受け入れる準備をしていた自身の肉体が惨めで仕方なかった…

nextpage

私はベソをかきそうになっている。だが、悔しいから流す事を必死にこらえていた。気を紛らわす為に、壁の時計に目をやると時刻は午前3時になる頃だった。

眠気はない。でもこのモヤモヤをどうにかしないと、治まりがつかない…

私は静かに洗面所へと足を運んだ。

nextpage

皆に気づかれないように、ソッと洗面所の扉を閉める。蛇口をゆっくりとひねり、氷の様に冷たい水を手ですくい、顔に浴びせた。これで多少は冷静を取り戻せるはず…

顔を拭き終え、私は部屋に戻ろうとした。だが、Tの所に戻る事に気が引ける…悩んだ挙句、洗面所に隣接しているトイレに私は逃げ込んだ。

nextpage

項垂れる様に便座に腰を下ろし、私は大きく溜息をつく。これは自己嫌悪からくる溜息なのだろう…

Tに翻弄された…Tを求めたのにあしらわれ…私の女としてのプライドは、ズタズタにされた。

( あ…ヤバ…気抜いたら涙出そう… )私は慌てて上を向く。

すると異変に気づいた。扉の向こうで微かに音がしたような…耳を澄ませる。……気のせいか?

nextpage

安堵した私は重い腰をあげた。用を足した訳ではないが、習慣で便座の方に振り返る。するといきなり扉が開かれた。鍵をかけ忘れていたのだ。

驚く私はまごつきながら振り返る。そこにはTが立っていた。

意味が解らなく、私は声を上げそうになる。が、Tに強く掌で口を押え込まれ、身動きが取れない様に抱き締められた。〖2人に気づかれたら言い訳出来ん状況やで? ええん?w〗再び私を愚弄し、嘲る。

nextpage

狭い空間で私は抵抗が許されない状態にあった。大きな音をたてる事も出来ないので尚更だ。

本当は暴れて2人に助けを乞う事も出来た。しかし、私は先程までTと交わる事を決意していた。その罪悪感と腹黒い性格が仇となって、助けを求める事が出来ない…

私はこの状況と相まって、Tに今迄とは違った恐怖を感じる。男性の…弱者としての立場の戦慄…私の体がガタガタと震えだす。

nextpage

お構いなしにTは私に力を籠める。あの夢の様に、強引に…

〖ずっと欲しかったんやろ?与えてやるよ…〗背後から嬲りかけるTの声が、何とも言い表せない感情を私に強いる。

そして、その感情は私に問いかけてきた。多分【ソイツ】なのだろう…

nextpage

( 状況は違えど、これもこれでアリなんじゃね?w ヤリたかったんやろ?願ったり叶ったりじゃん。こっちの方が無理やり感でて、言い訳しやすいっしょ? 私は悪くないんです~!って言えるやんwww )

( 五月蠅い五月蠅い五月蠅いっ…! )

nextpage

私はTにだけでなく、自分にも小馬鹿にされていた。【ソイツ】は私の中で腹を抱えて笑っているのだ。だが解かっていた…【ソイツ】は私でしかないと…私が作りあげた【私を都合良く守ってくれる私】だと…

その事に蓋をし続けていたが、Tの行為によってそちらもこじ開けられてしまった…

露わにされた私の心が崩れ落ちる。

nextpage

私はこの状況で放心した。無抵抗だった。

そしてこれ見よがしに、Tの自身がねじ込まれた事を体感していた。

最深にTが届く…

【もう後には引き返せないね…】薄れる意識の中で、そう聞こえた。

nextpage

それは【夢の彼】の声色だった…

Normal
コメント怖い
00
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ