中編6
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放送禁止用語録

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春の陽の香る雨上がり、水を跳ねて去る自動車の、その轍へ虹が舞っていた。

掠れた筆で描かれた雲の、行方を尋ねる散歩道。

国道を抜けて小川沿いを歩いてみる。

梅の木を飾るメジロの羽音、鯉と光の泳ぐせせらぎ。

何か書いてみようと、ようやく思えた。

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とりあえず勘を戻したいので、久しぶりの古書店を訪れる。

昔はよく戦前の新聞や雑誌なんかをここで入手していた。

なんと昭和23年の椎名麟三の初版本を新しく2冊も見つけたので購入。

もう一年以上も来ていなかったのに、店のおじさんは私を覚えていてくれた。

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さて戦前・戦後の小説などでは頻繁に、現在では不適切とされる表現が多用されています。

「きちがい」あたりは基本として「めくら」「つんぼ」「おし」などは代表例ですね。

けれど昨今とは違う理由でじつは「土人」という言葉が太平洋戦争の只中にも禁止されていたようです。

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差別バリバリの時代に何故それが封じられたかというと「敵国の文章の和訳で生まれた言葉だから」。

そもそも欧米の言語にほとんど触れられなかったはずの古来から「土人」という言葉は日本に存在しており事実関係は確かではありませんが、

“敵性語”なので使用するな、という御触れが昭和18年に新聞記事として掲載されています。

とはいえ実際のところ、さほど厳密に市民がそれらを守っていたわけではないみたいですね。

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敵性語関係をさらにネットで調べてみると、

「サクソフォン」は「金属性先曲がり音響出し機」に、

「コントラバス」に至っては「妖怪的四弦」という不思議な言い換えになっていたようです。

というわけで今回は“怖い話”というより“言葉の不思議”。

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敵性語の関係から放送禁止用語一覧のサイトに辿り着いたので、

なんだかわくわくしながら読んでみる。

不謹慎かもしれないけれど、勝手知ったるはずの日本語なのに知らないワードばかりでとても楽しい。

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私の世代になると左側の言葉狩りも教育現場に浸透していて、テレビ番組でも差別用語と捉えられかねないものは駆逐されていく過程だった。

インターネットの普及に比例して公の場での言葉遣いは厳しく監視されていくことになる。

上沼○美子の悪口を言うとなんだか大変なことになるらしい。

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意外なものとしては「エチゼンクラゲ」。

福井県からマスコミに対して「大型クラゲ」と呼称するように要請が出ている。

この生物の大量発生による漁業への被害が問題視されているため越前の風評を守るためだと考えられる。

なんと現場海域の漁船には「クラゲクラッシャー」という大型クラゲをバラバラにカットしてしまう装備がある。

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さらに一覧を眺めると

「南部の鮭の鼻まがり」

という完全に意味のわからない言葉が出現。

調べてみるとまぁ「なるほどね」くらいの感想が漏れますのでお任せします。

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「植物人間」や「精神分裂病」などは比較的新しく自粛が広まった印象。

円形脱毛症は「台湾ハゲ」と呼ばれていたらしいが事情としては「トルコ風呂」と同じ理由で使われなくなったに違いない。

そういえばチャンプルーズの『ハイサイおじさん』にも「みみじカンパチ 台湾ハギ」というフレーズが出てくる。

若者がおじさんのハゲを「ミミズみてえなハゲだけど台湾ハゲって言うんだっけ」とからかって軽く喧嘩みたいになるというややユーモラスな部分。

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沖縄県では本州に居住する者を「ナイチャー」とか「ヤマトンチュ」と呼ぶことが多い。

“内地の人”とか“ヤマトの人”という意味合いでごく当たり前に遣われるが、旅行での滞在中に何度もこの言葉を聞いて疎外感に凹んでいた。

育った土地は違うけれど私は両親からウチナンチュの遺伝子情報を細胞核へ100%で継いでいる。

この意識すらも人種主義的だと言われたらもう言い返しようもないけれど、やっぱり私は少し寂しい。

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かつて琉球王国であった島が、17世紀初頭に薩摩の侵攻を受け、明治に大日本帝国の沖縄県となる。

太平洋戦争では苛烈な地上戦が展開され、敗戦後はアメリカが統治、北爆の際にも拠点とされ、ようやく日本に返還されたのは1972年。

あの空色の海と海色の空にはずうっと、歴史に振り回されてきた悲しみが吹き渡りそして沈殿している。

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現在は永田町と沖縄県とが近隣の外国勢力をも巻き込んで複雑に争う事態になっている。

気軽に基地を認めることも、無闇に敵を作るような振る舞いも、やっぱり私は少し寂しい。

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さて“方言札”なるものが沖縄県の教育史には登場してきます。

明治後期から昭和前期にかけて学校内に存在していた制度で、なんと方言そのものが禁止用語。

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初代沖縄県令は以下の如く定めています。

「言語風俗ヲシテ本州ト同一ナラシムルハ 当県施政上ノ最モ急務ニシテ、其法固ヨリ教育二外ナラス」

つまり標準語(共通語)を普及させるための教育の一環でした。

扱える言葉の種類を増やす、という方針は理解できるけれど、ルールに不条理な点があります。

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まず、ウチナーグチを遣うと方言札(または罰札)と呼ばれる札を首から提げられる。

これが溜まると格好悪くて不名誉だし、放課後に残されて体罰を受けたりしてしまう。

それを免れる方法として方言札の押しつけが横行。

誰かが方言を使っているのを指摘すると、

自分の方言札を相手の首に提げることが出来た。

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生徒のほうも黙り込むばかりではなかった。

とある中学校では“方言取締令”を出した山口沢之助校長について、

「大和口 札取る毎に思うかな 方言の札はやめ沢之助」

と茶化したような歌が校門に貼られるという珍事も起きたらしい。

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方言札については沖縄だけでなく日本各地で確認されているようですが、

当時を実際に経験した人々は今では貴重になっています。

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さて話は変わりますが、

放送禁止関連で驚いたのが、

「インド人のクロンボ」という遊び。

おもに西日本、特に九州に存在しているらしいのですが、

私は00年代に数年ほど九州に住んでいたのに目撃していません。

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「だるまさんがころんだ」のバリエーションとして、

同じ遊び方でワードだけ「インド人のクロンボ」に置き換わっているらしいです。

バリエーションとして関西では「ぼんさんが屁をこいた」、

地方は限定されませんが「兵隊さんが通る」「インデアンのふんどし」などがあるようです。

「インデアンのふんどし」は知りませんでしたが、今の(おそらく)50代あたりにはややメジャーなようです。

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共通するのはすべて発音が10文字。

気になってさらに調べてみると面白いページを発見しました。

「だるまさんがころんだ」の全国のバリエーションを調べているサイト(気になる人は検索してみてください)。

そこに衝撃の書き込みがありました。

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権利的なアレもありそうなのでコピペはしませんが、

内容としては

「“インデアンのふんどし”は私が子供の頃に考えて、

ごく近所だけで広めていた遊びです」

なんと東京の幼い女の子が適当に作ったものが全国的に有名になるほど伝染。

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この証言自体が15年以上前のものなので確かめようも無いのですが、

書き込みが確かならば「インデアンのふんどし」は、

東京都の女性が(推定)70年代に創作した遊びということになります。

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が、問題はここからで、

“そう思い込んでいるだけの人”による書き込み、

あるいは“単に嘘”の可能性も高い。

ネット情報は確認の方法が非常に乏しいのです。

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私が今ここに書いている内容さえ、ほんの一部分だけであれ、

私自身にもその真偽を完全に証明することは困難です。

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そもそも長く沈黙していた投稿者が何のきっかけもなくいきなり復活するなんて、おかしいと思いませんか?

これを書いている私は本当に肩コリ酷太郎なのでしょうか?

彼は今、生きているのでしょうか?

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おひさしブリーフ!
辛味入汁掛飯(カレーライス)に油揚げ肉饅頭(コロッケ)を乗せて食べたい今日この頃。
戦時の映画でさえ英語を使ってるし実際にはここまで面倒な会話はしていなかったようですが、こういう無理矢理な和訳は読んでると楽しいですねw

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